第24話 表と裏


 セルゲイ率いる部隊が、気管を通過する5分前。


 樹々のように生い茂る体毛にアザミたちは隠れていた。


 範囲は広く、ジーナに気付かれず、広島とジェノも身を潜めた。


 ――問題はここから。


「さてさて、もうすぐ憲兵がやってくるだろう。やることは分かるね?」


 拘束された立場で主導権を握るベズドナは、指示を飛ばす。


 詳細な説明はなく、こちらの頭と腕を試すような発言をしている。


「追い剥ぎが常套手段ね。白軍の衣を纏えば、怪しまれない」


「戦時の憲兵と想定すれば、現れるのは最低でも4名。数は足りるな」


 バグジーとボルドは、前提となりそうな条件を言い合う。


 何も間違ってないし、恐らく、ベズドナの思い描いた通りの回答。


 ――だけど。


「何か言いたいことがありそうだね。君はどう考えるんだい?」


 表情の機微を察したのか、ベズドナはこちらに視線を向ける。


 答えをすでに把握しているのに、あえて聞いてきたような反応。


 掌の上で踊らされてる感があるけど、黙ってるわけにはいかない。


「け、憲兵は絶対に殺さないこと。それが前提条件です」


 アザミは真っ先に頭に浮かんだことを口にする。


 恐らくだけど、武闘派の二人は理由に気付いていない。


「……なぜ?」


 目を細めたベズドナは、声音を低くして尋ねる。


 今までの気の抜けた態度と違い、至って真剣に見えた。


 たぶん、品定め。駒として、どこまで動けるかを試している。


「け、結論から言えば、ジーナさんが反転アンチになるかと」


「言い得て妙な言葉を使うね。もう少し詳しく聞かせてもらえるかな?」


「せ、赤軍のベズドナさんと白軍のジーナさんは、敵対する組織の人間。い、今の関係は危うく、脆い。薄い氷の上を歩いているようなもの。踏む場所を間違えれば、壊れる。そのラインが白軍の人間が殺害された場合と判断しました」


 アザミは与えられた情報だけで、想像を膨らませ、説明する。


 両者の目的は分からないけど、ジーナが指示に従ってるのは事実。

 

 その主な原因は、ベズドナを突き出せば、出世してしまうからだった。


 ――逆説的に、ジーナは『出世したくない』理由がある。


 そのおかげで今の関係が成り立ってるけど、たぶん拘束力は弱い。

 

 少しでも亀裂が入れば、ジーナが白軍に傾く展開は容易に想像がついた。


「なるほど。そう口にした以上は、不殺を貫くんだね。少なくとも君は」


 するとベズドナは、嫌味ったらしい口調で責任を押し付ける。


 その言葉の意味を理解できないほど、駆け引きに疎いつもりはない。


(やられた……)


 気付いた頃には遅かった。一連の会話は言質を取るのが目的。


 悪辣とも言える、張り巡らされた罠にまんまとかかってしまった。


 答え合わせをするつもりはなくて、行動を強制させるためのやり取り。


 自らは責任を負わず、労力も割かず、他人を操ることに快楽を覚える人種。


 腐敗した政治家と同じ手法であり、数ある人間の中で最も嫌いなタイプだった。


(このままじゃ駄目だ……。あの人に飼い殺される……)


 敗北感に打ちひしがれ、己の無力さを痛感する。


 地理的に不利とは言っても、ベズドナが上なのは明白。


 何も変わらなければ、駒として使い潰されるのがオチだった。


 ――だからこそ。

 

(頭脳で勝ってみせる。この道中で……なんとしてでも……っ!)


 旅での目標が明確になり、アザミは野心を胸に抱く。


 今後のことを考えても、キャリアアップの良い機会だった。


「おや? 聞こえてなかったのかな? 確認したつもりだったんだけど」


 沈黙を見かねたのか、ベズドナは首を傾げて尋ねてくる。

 

 上手く頭を捻らせば、ここからでも修正できるかもしれない。


 でも、それだとベズドナと同じ。卑怯な手口が染みついてしまう。


 それも望んでない。自分らしいやり方で、彼に勝たないと意味がない。


「や、やります。自分で言った以上は、公約として掲げさせてもらいます」


 アザミは拳をギュッと握り、思いの丈の一部を言語化する。


 まずは目の前の問題を正攻法で片付ける。話はそれからだった。


「……いいね。ちょうど憲兵のご到着のようだ。お手並み拝見といこうか」


 会話を重ねていると、体毛の奥の気管側には5名の憲兵の姿が見えた。


 白い軍服はジーナと同じだけど、ヘルメットを被り、左腕には腕章がある。


 アザミは腰にある刀を抜き放ち、赤黒い刀身を露わにして、去り際に言い放つ。


「任せてください。ここは一人で切り抜けます」


 ◇◇◇

 

 数分後。気絶した憲兵は、気管の体毛で縛り上げられていた。


 内訳は、男性4名で女性1名。全員が下着姿で、追い剥ぎ済みだった。


 体毛の物陰で着替えは完了し、余っている衣服はひっそりと隠されている。


「……服が必要なのは三人だろ? 全員脱がす必要があったか?」


 一通りの作業が終わると、ジーナは疑問を口にした。


 彼目線だと、外部の侵入者はバグジー、ボルド、アザミの3名。


 ジーナは着替える必要はなく、ベズドナは赤軍の捕虜という役割があった。


 ――2名の追い剥ぎは余分のように見える。


 ただ、本音を言えば、ジェノと広島の分を用意しただけ。


 でも、馬鹿正直に言えないし、言い訳を考える必要があった。


「わ、わたしには、サイズが合わなかったので、仕方なくです……」


 アザミは機転を利かせ、豊満な女性憲兵に目を向けながら、嘘をつく。


 とはいえ、半分は事実。気絶した彼女と比べれば、貧相な身体をしている。


 広島にはちょうど良さそうなサイズだったけど、正直複雑な気持ちではあった。

 

「まぁ、そういうことにしといてやる。俺にも都合がいいしな」


 するとジーナは、余った1名のヘルメットと腕章を装備。


 白軍の兵士としてじゃなく、憲兵になりすまそうとしていた。


 恐らく、ベズドナを引き渡すという手柄で、出世したくないからだ。


 それに、ヘルメットを深く被れば、身内とすれ違っても、誤魔化せるはず。


「準備は万端のようだね。早速だけど、居住区を目指そうか」


 見計らったように、ベズドナは体毛から出ようとする。


 着替え終わった他の四人は、見通しのいい気管側に立っていた。


「……待て。誰か来る」


 しかし、ジーナは静止させるハンドジェスチャーを見せ、奥を警戒する。


「「「…………」」」


 三人は遅れて気配に気付き、表情を引き締め、視線を落とした。


 バグジーはメイクを落とし、ボルドは辮髪をヘルメット内に入れた。


 それでも完全とは言い切れず、会話が発生すれば、たぶん終わりだった。


「セルゲイ大尉に、ターニャ中尉に、オレグ少尉。おまけにアレクセイ……」


 すると、一人だけ顔を上げているジーナは目を見張っていた。


 大半は初対面だったけど、長い銀髪をした青年には見覚えがあった。


(駐在地にジーナさんと一緒にいた人だ。声をかけられれば、最悪……)


 悪い妄想が膨らみ、嫌な汗が滲み出てくる。


 身内なのは確実で、裏切られれば、戦闘に発展する。


 足運びから見ても、相当の手練れで、出来れば戦いたくない。


「…………」


 しかし、ジーナはすぐに視線を落とし、沈黙を貫いた。


 声をかけることも、声がかけられることもなく部隊とすれ違う。


 薄氷。目に見えないほどの薄い壁があったおかげで助かったような展開。


「今のが吉と出るのか、凶と出るのか。楽しみだね、ジーナ」


 勝手知ったる仲なのか、ベズドナは安全圏で煽るように語る。


 それ以降、ジーナが口を開くことはなく、黙々と気管内を歩き続けた。

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