第23話 すれ違い


 深海???m。巨大生物体内。気管。


 人間基準なら、気管支と肺に繋がるルート。


 空気を取り込むためには必要不可欠な存在だった。


 喉よりは狭く、地面には毛が生え、小刻みに動いている。


 今のところ害はなく、足裏がくすぐったいだけで問題なかった。


「……やはり、臓器はいいね。実に合理的で、全てに意味がある」


 手錠に繋がれながら、ベズドナは感心している。


 言ってることは理解できるけど、あまりに悠長過ぎる。

 

 ここには観光に来たわけじゃないし、雑談してる余裕はない。


「そ、そんなの、どうでもいいです。それより……」


 アザミは会話の流れを切り、本題を切り出そうとする。


 後方には、病状が悪化し続けるジェノと広島が控えている。


 事前の説明もなかったし、進む気がないのなら、手を切りたい。


 いっそ全てを明かして、ジーナを取り込んだ方がいい気がしていた。


「目的に必要ない会話は不要か。君もなかなか合理的だね。軍人に向いてるよ」


 しかし、途中で遮られ、嬉しくもない褒め言葉が添えられる。


 こちらの意図は伝わっているはずなのに、答えになってなかった。


「そ、そうじゃなくて!」


 アザミは声を荒げ、ジェノの件が喉元まで出かかる。


 上下関係が逆転した以上、隠しておく必要性はなかった。


 それに、言われたくないなら、何かしらの反応を見せるはず。


 ベズドナの胸の内を探るためにも、絶対に必要な工程だと言えた。


「やめておけ。感情的になれば、こいつの思う壺だ」

  

 すると、肩に手を置き、仲裁してきたのはジーナだった。


 止めてきた事実はどうでもよくて、他に気になる点があった。


「い……」

 

 ゾワゾワッと全身に鳥肌が立ち、寒気が走る。


 力が抜けて、立てなくなり、その場に屈みこんだ。


「……い?」


 きょとんとした顔で、ジーナは覗き込んでくる。


 その姿が、過去の光景と重なり、トラウマを刺激した。


「いやぁぁぁぁぁあああああああああっっ!!!」


 気管内に響き渡ったのは、アザミの悲鳴。


 まるで改善の兆しがない男性恐怖症のせいだった。


「わぁ……大変だ。このままだと居住区の憲兵が押し寄せてくるね」


 わざとらしい棒読み口調で、ベズドナは語る。


 一連の流れが、作戦の一部であったかのような反応。


 男性恐怖症の件は、握手ができなかった時に知られている。


 その情報を元にして、今の流れに誘導することは一応可能だった。


 ――ただ、狙いが分からない。


 白軍を突破するのが目的なら、血の洪水だけで十分だったはず。


 それ以上の何かを求めているのかもしれないけど、先が読めない。


 前提条件となる赤軍と白軍、それに巨大生物のことを何も知らない。


 体内に居住区があったのも初耳だし、どんな場所かも想像ができない。


 どうあがいても受け身になるしかなく、流れに身を任せるしかなかった。


「このまま憲兵を待って僕を突き出せば、出世は間違いなしだね。一般兵ジーナ」


 思考の迷路にハマっていると、ベズドナは話を進める。


 主導権はジーナにあるものの、それすらも織り込み済み。


 彼の弱みを刺激し、意図した方向に操る。そんな気がした。


「…………隠れるぞ。体毛が多い場所を知ってる。そこならやり過ごせるはずだ」


 ジーナは知ってか知らずか、ベズドナに都合が良さそうな方向へ舵を切る。


 乗るしかなかったのか、乗ったフリをしているのか。今は何も分からなかった。


 ◇◇◇

 

 セルゲイ大尉が下した命令から、十分後。


 居住区から食道に向かう道中。気管内でのこと。


「大尉ぃ、少数精鋭なんですよね? どうしてこの出来損ないがいるんです?」


 白い軍服に身を包み、白い髪をツーサイドアップにした少女が口を開く。


 黒い熊のぬいぐるみをバックパックのように背負い、先頭を突っ走っている。


 ――ターニャ中尉。


 子供のような可愛らしい見た目の割に、階級は高い。


 名目と肩書き上では、セルゲイ大尉の副官に位置している。


「こいつの同僚が捕虜にされた可能性がある。交渉には必須と踏んだ。不満か?」


 質問に対しセルゲイは、もっともそうな建前を並べている。


 実力不足であることを表面的に認めつつ、必要な点を列挙する。


 虚実を上手く織り交ぜ、作戦の目的上、納得せざるを得ない回答だ。


「あぁ……そういうことなら我慢しますよぉ。足、引っ張らないでよね」


 すぐに納得し、ターニャは会話を切り上げ、速度を上げた。

 

 ついてこれないなら置いていくような態度。完全に舐められている。


「散々な言われようだね。だけど安心しなよ。何かあれば僕が守ってあげるから」


 そこで会話に参加したのは、黒髪をポニーテールにした男性。


 目は細く、眼鏡をかけ、身体は細いものの、白い大盾を持っている。


 ――オレグ少尉。


 ターニャが攻めなら、オレグは守り。


 それぞれの役割を考慮して、選定した人材。


 まさか選ばれたとは知らず、先輩風を吹かしている。


「……その時はぜひ、頼らせてもらいます」


 アレクセイは真意を胸に秘め、足取りを速めた。


 部隊は自分を含めた四人。これ以上も以下もなかった。


 しばらく気管を進んでいると、奥の方では憲兵の姿が見えた。


「何かあったようだが、首を突っ込みたいか?」


 すぐに気付いたセルゲイは、試すように尋ねてくる。


 どちらでも構わないが、隊の判断を委ねられている状態。


 首を縦に振れば、足を止め、情報収集に徹してくれるだろう。


 ――ただ。


「いいえ。ここは先を急ぎましょう」


 貴重な時間を浪費することはできない。


 アレクセイは自身の直感を信じ、前を向いた。

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