第22話 捕虜
水深???m。巨大生物体内。上咽頭。
出血が止まり、喉に流れ込む濁流は収まった。
鬼並みの再生能力。その体積は恐らく、数百倍以上。
体内だからまだマシだけど、正面から戦えば、苦戦は必須。
どうやって勝つかなんて想像もつかないし、考えたくもなかった。
「さて、じゃあ先に進もうか」
そう考えていると、ベズドナが声をかけてくる。
隣には白軍に所属するジーナがいて、両手には手錠。
小銃は没収されていて、表面上は一応、無力化していた。
「……」
ジーナは黙って追従するものの、目つきは鋭い。
ベズドナの本性を暴く。彼は確かにそう言っていた。
詳しい関係性は不明だけど、今は大人しく従ってる様子。
「手錠なんて意味ないと思うけど、言うだけ無駄かしらね」
ジーナの後方に位置付けるのは、バグジーだった。
舐め回すように人質となる彼を見ながら、感想を語る。
先の一連のやり取りでジーナは、銃にセンスを込めていた。
素人ならまだしも、意思能力を使えるなら、簡単に壊せるはず。
そこらにある並みの手錠だったら、拘束力が十分とは言えなかった。
「形式的なものであろうな。手錠を付ける間は人質として扱うが……」
その後方にいるボルドは、起こり得る展開を予想し、
「引きちぎれば、問答無用で殺す。そうだろ、ベズドナ」
当の本人であるジーナが結論を導き出していた。
話し方から察するに、敵味方以上の関係のように思える。
「そうとも言えるし、そうじゃないとも言える。全ては君次第だね」
肩をすくめながら、ベズドナは答えをはぐらかす。
飼い主とペットの関係。手錠と数の有利が均衡を保っている。
「…………」
その一連の光景を、アザミは最も後方で見ていた。
会話に参加することなく、ジーナの観察に意識を割く。
彼の存在が、攻略の鍵を握ると、この時点で確信していた。
(やっぱり……ジェノさんの存在は隠して正解だった)
アザミのさらに後方に隠れるのは、広島とジェノだった。
この一行の弱点であり、ジーナからすれば形勢逆転の切り札。
仮にジェノを人質にでも取られてしまえば、均衡は容易に崩れる。
広島に任せたのは、外に放り出されても、生存できる確率が高いから。
ここにいる面々は、身体能力の強化が得意じゃない芸術系か感覚系が多い。
――肉体系の彼女なら、水深1700mからでも生還できる。
身体に纏える顕在センス量は、努力と才能と系統に比例する。
優れた使い手でも、肉体系でなければ水圧に耐えられないらしい。
詳しい実数値は、試してみないと分からないけど、人の生死に関わる。
気軽に実験できるものでもなく、能力抜きなら肉体系の広島が適任だった。
「そ、それで……喉を抜けた後は、どっちを目指すのでしょうか」
一連の思考を整理し終えたアザミは、会話に参加する。
下咽頭の先には人間基準なら、気管か食道に枝分かれする。
ゴールがどこか知らされておらず、どちらの可能性もあり得た。
「それは、行ってからのお楽しみだね」
しかし、ベズドナは味方にも手の内を隠し、行進を続ける。
自分で選んだことだけど、完全に主導権を握られてしまっていた。
◇◇◇
巨大生物体内。気管支。肺に差し掛かるための通り道。
木の枝のように分かれる、天然の迷路が目の前に広がっていた。
「避難は完了。死傷者はなし。行方不明は一名。次はどうされます、大尉」
背後に広がる気管を気にしつつ、アレクセイは指示を仰ぐ。
好き勝手に動けるフェイズではなく、上官の命令は必須だった。
動くにしてもどれほどの人を割くか、いつまで避難を続けておくか。
駐在地に待機した数百名の行動指針は、セルゲイ大尉に一任されていた。
「恐らく、敵の狙いは最深部攻略。気管ではなく、食道のルートを通るはず。そのための水責めと考えれば、合理的な作戦と言える。だからこそ、今は上手くいったと思い込ませてやればいい。慢心し、警戒が解け、天狗になり、順調に見えた矢先。心の贅肉を十分に肥えさせ、動きを鈍らせてから、一手で絡め取る」
セルゲイは右手を強く握り締め、作戦を告げる。
やや抽象的ではあったものの、やりたいことは明確。
発言を汲み取り、補佐するのが後継としての務めだった。
「少数精鋭での奇襲。人選は任せてもらってもよろしいですか?」
「あぁ、一任する。必要な物資と人員をまとめておけ。十分後に出撃する」
必要最低限の会話でやり取りを済ませる。
作戦で起きる手柄と責任は全てセルゲイのもの。
今は目立たずに、捨て駒という役に徹するだけだった。
◇◇◇
もぬけの殻になった中咽頭を、ベズドナ一行は前進を続ける。
辺りは青い血の濁流に飲まれた、キャンプの残骸が散らかっていた。
残り物を物色しつつ、見張りがいなくなった通りを悠々自適に歩いている。
「……」
その先頭にいたベズドナは、足を止めていた。
目の前には、食道と気管。二つの分かれ道が見える。
さっきは流されたけど、ここまできたら判断せざるを得ない。
「どうせ、食道だろ。さっさと行けよ」
決めかかったジーナは、行動を急がせた。
人間の体内と類似するなら、たぶん食道が順路。
排泄される場所をゴールとするなら、絶対的に正しい。
一方、気管は肺に繋がってるけど、そこで行き止まりになる。
常人の思考なら合ってそうだけど、ベズドナの場合は違う気がする。
「もちろんそのつもりだよ。だけど、旅の醍醐味は寄り道にあるんだよね」
何を思ったのか、ベズドナはジーナの手錠を外し、自分につけた。
自らが作り上げたはずの均衡。上下関係。その崩壊と破綻を意味している。
「は? お前、何を……」
「君は憎き赤軍の指揮官を捕まえた英雄だ。居住区の牢屋まで案内してもらうよ」
混乱するジーナをよそに告げられたのは、作戦のほんの一部。
ある意味予想通りだけど、ここからどうなるかは想像もできなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます