第21話 縁の下


 社会主義派の赤軍と民主主義派の白軍の内戦時。


 分水嶺となったのは、ロシア中南部の都市オムスク。


 川沿いと鉄道沿いの好立地で、経済と交通の要衝だった。


 白軍の活動拠点として機能し、反革命を掲げて占領していた。


 しかし、赤軍に補給路を断たれ、主要拠点を叩かれて、崩壊した。


 ――前線の指揮を執っていたのが、赤軍のベズドナ。


 十代後半ながら、知略が評価されて、指揮官に抜擢された。


 元々は幼馴染であり、少しばかり頭が切れる農民のはずだった。


 ある日を境に変わった。白教の怪しい老婆と関わって人が変わった。


 赤軍の立ち上げに携わり、平等を掲げて、ロシア国内で革命を起こした。


 ――結果、白軍50万人と亡命者75万人が逃亡。


 氷点下20度以下の道のりを東へ8000キロほど行進した。


 期間は三か月にも及んで、道中で約100万人が餓死か凍死。


 残りの25万人は、バイカル湖を横断中に巨大生物に襲われた。


 奴の計算通りだったのか、偶然の産物だったのかは分からない。

 

 ――その真意をここで確かめる。


「どこまでがお前の術中だ、ベズドナぁ!!!!!」


 白いセンスを薬室に込め、ジーナは引き金に手をかける。


 撃つかどうかは、返答次第。情状酌量の余地があるかを試す。


 今まで煙にまかれていたが、対峙した以上、言い逃れはさせない。


「相変わらず暑苦しいね、ジーナ。何の利得もなく、僕が答えると思うか?」


 ベズドナは短剣を握る右手を振り上げ、合図を見せた。


 すると、肉壁の影から現れたのは、見覚えのない三人だった。


 日本刀の女、ククリ刀のオカマ、徒手空拳の男。多様性のある面々。


(引き金を引けば、襲われる。時間をかければ、血の氾濫に飲まれる)


 青い血で足場が奪われるのを感じつつ、ジーナは考える。


 場も人数も不利で、援軍は考えられず、状況はすこぶる悪い。


 残っている手札で状況を打開するのなら、あの手しか残ってない。


「だったら、俺を人質にしろ! その間にお前の本性を暴いてやる!!」


 ジーナは迷うことなく、身を捧げる意思を示した。


 ここに足を踏み入れた時点で、死ぬ覚悟は出来ている。


「へぇ……いいね。その厚かましさは、嫌いじゃないよ」


 ベズドナは満足げな笑みを浮かべ、快く提案を受け入れていた。


 ◇◇◇


 バイカル湖。深海???m。巨大生物体内。下咽頭。


 流れ込む青い血液を背景に、声を荒げる男の姿があった。


「血の洪水だ! へ避難しろ!!」


 持てる荷物と物資を出来るだけ抱え、アレクセイは号令を飛ばす。


 階級を考えれば不敬極まりないが、緊急時に悠長なことは言ってられん。


「今のは誠か、アレクセイ」


 すると、年季の入った渋い声音で並走する人物がいた。


 白の軍服に身を包み、体格は熊のようで重厚な筋肉の鎧を纏う。


 黒色の髪はオールバック。左右に伸びた口髭を生やし、右頬には十字傷。


「間違いありません、セルゲイ大尉。ジーナが断言しました」


 咽頭内の野営地を指揮する直属の上官に、アレクセイは説明する。


「ふむ。信用に足る情報だな。後方は私に任せて、先に避難するがよい」


 口髭を手でいじりながら、セルゲイは指示を飛ばす。


 彼はジーナを正当に評価する、数少ない理解者の一人。


 恐らく、最後まで野営地に残り、回収するつもりだろう。


「お言葉ですが、その必要はありません……」


「まさか、殉職したのか?」


「いいえ。あいつのことなら、敵の捕虜になったはずです」


 ただ、ジーナの思考回路を一番理解しているのはこちら。


 死ぬ覚悟を決めたあいつなら、簡単にはくたばったりしない。


「……やはり、は使えるな。一般兵に留めておくには惜しい人材よ」


 目を細め、感心したようにセルゲイは語る。


 ジーナだけでなく、こちらも評価対象のようだ。


 直属の上司に褒められるのは、悪い気はしなかった。


 ――ただ。


「あいつも私も出世に興味ありませんよ。いつも通り最低評価でお願いします」


 底辺にいないと見えてこないものがある。


 白軍を支えるには、今の位置がちょうど良かった。

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