第19話 地雷系
トルクメニスタン。首都アシガバート。和食レストラン内。
突き破られた壁越しに、赤い三日月が鑑賞できるテーブル席。
壁の残骸を丁寧にどかしながら、隣の席に腰かける女性がいた。
金髪の縦ロールヘアで、長い耳、黒のゴスロリ服を着た小柄な人。
「わたくしは、ミーナと申します。どうぞ、お見知りおきを」
彼女は右手を差し出し、端的な自己紹介を済ます。
目的も素性も一切不明。初対面だと断言できる間柄だ。
ただ相手はイギリス王室の起源、ご先祖様の可能性が高い。
髪に隠れて見えにくいが、その特徴である長い耳を有している。
もしそうなら、敬意を払う対象だが、現段階で信用するのは危うい。
「申し訳ないが、握手は遠慮する……。気を悪くしないでくれ……」
ベクターは能力発動を考慮し、丁寧にあしらう。
敵じゃないのが分かれば、後で弁明すればいいだろう。
「…………理由をお聞かせ願ってもよろしくって?」
流されると思いきや、ミーナは話を掘り下げる。
畏まった口調だが、どこか毒気がある反応を見せている。
場は不穏な空気に満ち、ただ者ではない雰囲気を醸し出していた。
(これが本物の地雷系か……。返答を誤ったら……)
ジワリと嫌な汗が滲むのを感じながら、頭を回す。
とにかく相手の機嫌を損ねないこと。それが必須条件。
戦闘に発展することも考慮し、エミリアにも目配せをする。
「あらぁ? 質問の最中によそ見でございますか?」
その一瞬の隙に、ミーナはこちらの右手を握り込んでいた。
それも恋人繋ぎのように掴まれ、簡単には振りほどけない状態。
強く握られた感じはないが、べったりと張り付いていて、離れない。
瞬間接着剤が手のひらに付着し、くっついているような妙な感覚だった。
(意思能力か……? だったら……)
戦闘のスイッチを入れ、頭を大きく後ろに振りかぶった。
不敬かもしれないが、断った上で仕掛けてきたのは向こうだ。
殺すのは禁じられているが、正当防衛まで禁じられた覚えはない。
「「――――」」
ミーナに放たれるのは、頭突きと足刀だった。
目配せした通り、エミリアが合わせてくれている。
正面と背後の挟撃。片手が塞がった状態で対処は困難。
恐らく、定石通りなら、手を放して、回避に徹するだろう。
「困りますね。頂けませんね。今はわたくしだけを見ていただかないと」
しかしミーナは、定石という枠にハマらない。
空いたこちらの左手を握り込んで、ワルツを踊る。
同時に小粋なジャズの演奏が始まり、足刀が空振った。
(こいつ……。闘いを愉しんでやがる……)
分からなくはない感情だが、当事者になれば不快極まる。
完全に相手のペース。刻まれる音色にリズムが乱されていた。
直球ではなく変化球。戦闘ではなく舞闘。武道の対極にいる存在。
型にハマった直線的な動きは得意だが、こういった変人は苦手だった。
興味のないゲームを強要された感じに近く、付け入る隙がまるで見えない。
「何が狙いだ……。答えろ、ミーナ……」
両手を塞がれ、身動きが取れないベクターは、対話に意識を割く。
機嫌を損ねた原因は強引に解消されたが、恐らく、その先があるはず。
成す術もなく踊りをリードされ、攻撃が躱されるのを見つつ、返事を待つ。
「不純異性交遊。わたしくと子作りしていただけませんか? 第三王子」
そこで返ってきたのは、枠にハマらない斜め上の回答だった。
◇◇◇
独創世界『海宴廻鮨』。船内にある台所。
二つのまな板には、一匹ずつ魚が乗っている。
どちらも平べったい見た目で楕円形、身体は茶色。
同一の個体に見えるものの、目の位置が異なっている。
店員曰く、リーチェの方はヒラメで、ラウラの方はカレイ。
似て非なる、海洋生物。前者が高級魚で、後者が大衆魚らしい。
包丁で鱗を取り、水洗いをして、二人は次なる指示を待っていった。
「複雑に思えるかもしれんが、一つずつ丁寧に積み上げれば終わる」
店員は後方で腕組みをして、そう前置きを挟む。
見て覚えろ、なんていう横暴な教え方じゃなかった。
徹頭徹尾、丁寧。初心者に上手く取り入ろうとしている。
独創世界の主人だからか、
ただどちらにしても、彼が唸る『鮨』を用意しないと、帰れない。
「次は頭を切り落とせ。さぁ、遠慮なくやれい!」
次なる工程が指示され、二人は包丁を握り込む。
そして、揃ったタイミングで刃を勢いよく振り下ろした。
「「――」」
ストンという音と共に、ヒラメとカレイの頭部は切り落とされる。
それだけでは留まらず、包丁はまな板を切り裂き、甲板をやや割いた。
その事実は、独創世界におけるルールの例外を認めたことを意味している。
「工程通りなら、攻撃は通るって寸法か。だったら――っ!!!」
目を怪しく輝かせるラウラは、まな板とカレイを放り投げる。
そして、その放物線上にいる店員に向かって、包丁を突き立てた。
独創世界の主人を殺せば、元の世界に戻れる。ある意味だと、合理的。
――だけど。
「させない。この人だけは、なんとしても殺させないから」
リーチェは、包丁の腹で刃を受け止め、冷たい口調で言い放つ。
王道か、邪道か。型通りか、型破りか。意見は真っ二つに割れていた。
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