第18話 独創世界『海宴廻鮨』


 目の前に広がるのは、どこぞの大海原だった。


 生憎、天候には恵まれず、雨がザーザー降っている。


 時刻は恐らく深夜。視界は悪く、波は荒れ、足元は不安定。


 中型の漁船に揺られ、最悪の光景を眺めているのは、二人の女性。


「これはまた……面倒なことになりそうね」


「あぁ……。認めたくねぇが、事実だろうな」


 リーチェとラウラは、船首で不穏な気配を感じ取る。


 これはきっと単純な戦闘じゃない。害意がないゆえに厄介。


 一定のイベントをクリアしないと出られない、条件達成型の空間。


「どがいな教育を受けてきたか知らんが、ここで根性を叩き直す。ええな?」


 二本の釣り竿を持って現れたのは、角刈りの店員だった。


 ◇◇◇


 レストラン内に取り残されたのは、二人の客と従業員と演奏者。


 ジャズの演奏は今も続いており、店の営業に滞りはなさそうだった。


 明らかに慣れている。この場にいる者は、意思能力者と見てよさそうだ。


 仮に罠だとすれば、主戦力の二人が消えた今、かなり危うい状況だと言えた。


「いいのか……? 大事なお客様を危険に晒して……」


 平静を装うベクターは、視線を横に向け、雑談に興じる。


 動じない素振りを見せつつ、確認しておきたいことを消化する。


 正解になるかは不明だが、あたふたして取り乱すよりは有意義だった。


「お客様に死の危険が伴わなければ、緊急事態エマージェンシー扱いになりません。敵意のない独創世界や、取るに足らない襲撃者の場合は、効力を発揮しない模様です。以前はそのようなことはなかったのですが、能力の利便性を上げた代償に、危険度の判定が厳しくなったのやも知れません」


 移動系能力者のエミリアは、畏まった口調で推論を語った。


 一度覚えた意思能力をリセットするのは難しいが、改善は可能。


 恐らく、移動できる可動域を増やした結果、迎撃能力が落ちたんだ。


「あり得るな……。仮に事実とするなら、二人が自力で戻ってくるまでは……」


 行き着くのは、わざわざ口にしなくてもいい不利な条件。


 余計なことを口走ったと後悔していると、ヒールの足音が響いた。


「…………」


 音の方に目を向けると、一人のジャズ奏者が歩いてくる。


 金髪の両側を縦ロールにした、黒色のゴスロリ服を着る女性。


 体躯は小柄で、容姿だけ見れば、十代前半と言っても遜色がない。


 ただよく見てみれば、耳が長く、純血異世界人の特徴と一致している。


 イギリス王室の血統にも恐らく関係があり、決して他人とは言えない存在。


「――相席してもよろしくって?」


 名も知れない『ご先祖様』は、お嬢様口調で問いかける。


 立場と歴史を考えれば、NOと突っぱねることはできなかった。


 ◇◇◇


 釣竿を受け取り、一通りの操作説明を受けた後のこと。


 雨と波で髪と衣服をズブ濡れにしながら、三人は船首にいた。


「使い方は分かったけど、何を釣ればゴールなの?」


 リーチェは不服そうな眼差しを店員に向け、尋ねる。


 条件達成型の空間であれば、終わりが用意されているはず。


 どんな思惑にせよ、早く帰りたいし、ルールの把握は必須だった。


「そいつは――」


「決まってらぁ。こいつで命を釣り上げちまったらいいんだよ!!!」


 快く答えようとした店員に、ラウラは釣竿を振るった。


 リールが回転し、白いセンスを纏う釣り針を迫らせている。


 恐らく、意のままに針を操り、回避した方向に追尾させるはず。


 基礎修行の延長線で、意思形成の『行』と対象認識の『識』の複合。


 ――『操』。


 意思を纏い、対象を認識し、意のままに操る。


 能力でも何でもなく、イメージ力で精度が変わる。


 釣り針のように、想像力が及ぶなら物にも適用できる。


 得意系統の出力差はあれど、技量差の方が表面化しやすい。


 例えば、センスの総量が多い肉体系が釣り針を飛ばしたとする。


 当たれば威力はデカくても、『操』の熟練度が低ければ、当たらない。


 逆に、センスの総量が少ない芸術系でも、『操』が上手いと、当てられる。


 ――果たして、彼女はどちらなのか。


 リーチェは傍観を決め込み、ラウラの腕を観察する。


 すると釣り針は、店員の心臓部分に到達しようとしていた。


「……っと、乱暴なこって」


 案の定、店員は回避を選択し、大きく跳躍していた。


 それに伴い、勢いよく放たれた釣り針は空を切っている。


「甘ぇんだよ!!!」


 ラウラは予想通り、釣り針を巧みに操り、回避した店員に迫らせる。


 精度は高く、一連の動作に無駄がなく、センスの配分やバランスもいい。


 この攻防を見れただけでも、かなりの収穫だと言えた。結果は重要じゃない。


 ――なぜなら。


「……」


 カキンと言う音が鳴り、釣り針は弾かれる。


 防御したわけでもなく、避けたわけでもなかった。

 

「ちっ……そういう仕様かよ。くっそ、めんどくせぇな」


 遅れてラウラは理解し、伸びた釣り糸をすでに巻き取っている。


 一を見て、十を知る。説明されずとも、状況を把握する能力もある。


 言わずともルールは分かったものの、説明する義務が店員には存在する。


「この世界で暴力は無効とされる。許されるのは、鮨に必要な工程のみ」


 待ってましたと言わんばかりに、得意げに語られるのは世界の仕様。


 それでも十分な説明とは言えず、あえて残したと思われる結論がある。


 独創世界『海宴廻鮨かいえんかいずし』。文字通りの意味なら答えは一つしか残ってない。 


「ここから出たければ、鮨の味で唸らせてみんさい! それが条件じゃ!!」

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