第13話 競走
「こうして歩いていると、昔を思い出しますね!」
深夜の東大阪の大通りには、馴染みのある声が響いた。
声がした方向に一瞥をくれ、発信源を改めて視界に収める。
紅白の巫女服を着て、大槍を背負う、金髪サイドテールの女鬼。
ナナコは、骸人の支配下にあった数百年前の当時から変わってない。
明るく、元気ハツラツで、負の感情やネガティブな要素とは縁遠い存在。
「これが歩きなら……文明の利器はいらんな」
高速で過ぎ去る街並みを横目に、夜助は語る。
白く長いアゴ髭と黒い和服は、風に揺られていた。
移動速度は、電車と新幹線の間。時速は約150km程度。
これを『歩き』と評するのは、冗談ではなく、事実だった。
本気を出せば、速度超過は可能。ただそれでは、体力がもたん。
一定のペースを保ちながら、息が切れない今の状態はベストだった。
「東大阪から東京都までだと、どれぐらいの距離なのでしょうか」
「おおよそ400キロじゃな。今のペースなら三時間程度で着くじゃろう」
ナナコの問いに、夜助は快く返答する。
目的地は、東京都千代田区にある天道宮殿。
そこに現れた、『神を見定めること』が優先事項。
【火】が消えた余波で街は混乱しとるが、二の次じゃ。
神の動向を把握せねば、さらなる災いを呼ぶ可能性がある。
救助活動や、復興支援は他の者に任せるのが得策だと判断した。
「思ったよりかかりますね……。そうだ! 時短も兼ねて、競争しませんか?」
するとナナコは、パンと両手を叩き、提案する。
『歩き』の状態ではなく、『走り』での勝負の申し立て。
結果がどちらに転ぼうと、想定より早く着くのは間違いない。
――ただ。
「あのなぁ……。こっちは老いぼれの身じゃ。うら若き鬼の脚力には勝てんよ」
人間と鬼の身体能力には、大きな隔たりがある。
敏捷性なら三倍。筋力は五倍。耐久力なら十倍の差。
鍛錬の具合や体調などで上下するが、身体の作りが違う。
人間とチーターで競走しても、競技が成り立たないのと同じ。
圧倒的な身体能力を見せつけられ、劣等感を覚える展開以外ない。
「あれれ? もしかして、負ける前提で考えてます? 六英傑の夜助さんが?」
すると、弱腰のこちらを煽るように、ナナコは言った。
六英傑とは、骸人支配下の戦獄時代を終わらせた六人のこと。
ナナコもその一人に数えられるが、自分のことは棚に上げておった。
「……まぁ、褒美次第では乗ってやらんこともないぞ」
ここは乗ったフリをして、断るのが一番丸いじゃろう。
こちとら『不死』で生き長らえた、齢300を越える老人じゃ。
酸いも甘いも知り尽くし、絶望も希望も浴びるほど体験してきた。
食指が動くものなど、まずあるまい。余生を過ごせるだけで御の字よ。
「八つ目の滅葬具の在り処というのは如何でしょう?」
ナナコが話題に上げたのは、背負う大槍と同列のもの。
超常の力を秘め、骸人討伐に貢献した武器。それが滅葬具。
亡き父の遺品でもあり、この世に七つしかないと言われていた。
合戦時に全てが集結したこともあったが、今や所在は掴めておらん。
『上変化草』の件もあり、後回しにしておったが、八つ目があるとは初耳。
――つまるところ。
「乗った。わしが負ければ、好きにしてよいぞ」
乾ききった食指が動く案件じゃった。
年甲斐もなく、心が奮い立たされるのを感じる。
「それでこそ夜助さんです。ゴール地点はどこにしましょう」
「東京都千代田区永田町1-7-1。国会議事堂前。そこで落ち合おうぞ」
「把握しました。ただ、万が一、道中で何かあった場合はどうしましょうか」
前向きに受け止めながら、ナナコが口にしたのは最悪の想定。
競争である以上、並走するわけもなく、必然的に単独行動になる。
混沌とした情勢を考えれば、道中で危機に出くわす確率は極めて高い。
ぽっと出の輩に後れは取らんだろうが、連絡できる手段はあった方がよい。
「何かあれば、こいつを鳴らせ」
夜助は腰の袋に手を伸ばし、
雑草のような見た目ながら、先端に二つの鈴がついていた。
それを半分に引き裂いて、疑問符を浮かべるナナコに手渡していく。
「これは……?」
「共鳴草。意思を込めて鈴を鳴らせば共鳴し、危機を知らせる。食べれば、片割れの位置が把握できる優れものじゃ。効果時間は30分ほど。鈴がある位置を感覚的にマーキングし、追跡装置としても機能する。言わば、超自然的なAirTagじゃな」
「うげぇ……。食べるんですか? これをぉ?」
「味は思ったよりも悪くないから安心せい」
「にわかには信じられませんが、ありがたく頂戴します。では――っ!!」
「あぁ、待て。そいつには副作用が……」
一通り説明しつつ、夜助は不足した情報を付け加えようとする。
しかし、ナナコの姿は見えず、本気のスタートダッシュを決めていた。
「まぁよいか。有事の場合でも、30分もあれば合流できるじゃろう」
出遅れを感じつつ、夜助は東大阪の地を全力で駆ける。
目指すは、『国会議事堂前』。目標タイムは『1時間切り』。
道中で邪魔が入らなければ、どうにか間に合う計算じゃった。
◇◇◇
東大阪から東京都へと向かうルートは二つほどありました。
山岳地帯を突っ切り、アップダウンが激しい『険しくて近い道』。
平坦な道を選んで、できるだけ都市部を走る『楽だけど遠い道』です。
――夜助さんは、恐らく前者。
人間と鬼の身体能力の差を考え、無理をする方に走るはず。
勝ちに固執するなら、同じレギュレーションで挑むべきでした。
『鬼』になる前ならば、迷わず『険しくて近い道』を選んだでしょう。
――ただ、『鬼』になって考えが変わりました。
無理をして、結果に固執したからこそ、『人』に戻れなくなりました。
時には『楽だけど遠い道』も必要だと、嫌でも痛感することになったのです。
「……」
私は道路沿いを北上しながら、京都府を目指していました。
鴻池新田駅近辺にある工業地帯を駆け抜けていた時のことです。
嫌な視線を感じ、ピタリと歩みを止め、背の槍に手を伸ばしました。
「どちら様でしょうか。名乗っていただけるなら、手荒い真似はしません」
周囲に気を配りながら、慎重に意図を伝えました。
恐らく、殺気をわざと出し、気付かせたように思えます。
敵意があるのかは不明ですが、警戒せざるを得ない状況でした。
「よかろう。そちらの要望に応じて、名乗ってやる。心して聞くがよい」
人気のない深夜の工業地帯に響いたのは、幼い声でした。
建物の影からは、グレーの制帽と軍服に身を包む幼女が現れました。
頭には黒い二本の角を生やし、背には黒の羽根、臀部には黒い尻尾が見えます。
(鬼……。いいえ、この特徴は……)
彼女が名乗る前から、おおよその想像ができました。
『鬼』と同じ特定外来種に該当し、帝国では迫害される亜人種。
「吾輩の名はリア・ヒトラー。第一級悪魔であり、ルーカス様の使い魔である」
◇◇◇
大阪、京都、奈良の境にある場所。生駒山地。
国道沿いという遠回りはせず、最短ルートを目指した。
視界は悪く、勾配のある山道が続くが、気分は落ち着いていた。
――自然が多い方が動きやすい。
ダンジョン『コキュートス』は、過酷な環境だった。
超自然的なギミックが猛威を振るい、ワンミスが死を招く。
踏破するのに半年以上かかったが、おかげで適応能力が上がった。
開発された都市では発揮されにくく、本能が『険しい道』を望んでいた。
「……」
ダンジョンで培われた経験が、足を止める。
樹々の不自然な揺らぎが、敵の侵入を知らせていた。
「襲ってくるのは構わんが、葬られる覚悟はあるのか?」
こちらから仕掛けてやってもよかったが、対話を試みた。
今は戦獄時代ではない。争うには、相応の理由が必要じゃった。
「ちっ……。思ったより、耄碌はしていらっしゃらないようね」
独特な帝国語を用い、両手を上げて現れたのは褐色肌の女性。
黒と赤を基調とした給仕服に身を包み、長い黒髪は巻かれている。
見るからに異国の人間。特徴的には異世界人の混血児と一致しておる。
「名と目的を明かせ。内容によっては、協力してやってもよい」
差別する気などはサラサラなく、むしろ好印象じゃった。
体感では優秀な者が多い。ジェノ・アンダーソンが良い例じゃ。
赤髪、黄髪、青髪、褐色肌。いずれかが該当しておれば混血児らしい。
眉唾かもしれんが、情報源は信頼できる。ここは様子見の方がよいじゃろう。
「申し遅れました。私はアンナ・シュプレンゲル。八つ目の滅葬具を探しております。心当たりはありませんこと?」
彼女の口から明かされたのは、偶然とは思えん内容。
敵と味方。どちらに転ぶ可能性がある危うい存在じゃった。
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