第12話 終わりの始まり


 大日本帝国。東京都。千代田区。皇居地下。


 天道宮殿の会議室に集まったのは、人と鬼だった。


 畳の部屋に座布団が敷かれ、中央には木彫りのテーブル。


 和服を着た女将が湯呑みに茶を注ぎ、席に座る全員に行き渡る。


  ―― 

①│  │④

②│  │⑤

③│  │⑥

  ――


 席順はこうなり、⑤は空席となっている。


 ①が上座で②③④の順で地位が高い者が座る。


 そんな中、最も下座に位置する⑥に座る者がいた。


「素性も目的も分かりかねます。まずは自己紹介をお願いできますでしょうか」


 座布団に正座し、取り仕切るのは、長い銀髪の少女だった。


 ピンク色の着物に袖を通し、丁寧な口調で誰よりも下手に出ている。


 ――その肩書きは、皇帝。


 大日本帝国における、絶対的な君主。


 上の地位は、国内国外問わず存在しない。


 それでも下座に座ったのには、理由があった。


「名乗るわけなかろうが、惚け茄子。帝国の国主風情が粋がりおって」


 第一声を発したのは、霧生卓郎の皮をかぶった『誰か』。


 肩書きを知った上で、恐れ慄くことなく、強気な態度を見せる。


 席は①。上座の最上位に位置にいることから、おおよその想像がつく。


 ――この中で最も発言権がある上位の『神』。


 天国の門を意図的に開いた以上、他の候補は考えられない。


 名を口にしないのであれば、物的証拠で割り出すしかなさそうだった。


「あらあら。ご意見もっともですが、礼を欠くのは頂けませんね。御祖神様」


 次に口を開いたのは、②に座る紅白の巫女服を着た女鬼。


 額には二本の黒角が生え、大和撫子のような長い銀髪が特徴。


 横髪は赤い紐で結われており、神々しさと見目麗しさが両立する。


 その見た目とは裏腹に、言葉の節々には刺々しさと湿っぽさがあった。


(情報を落としたということは好意的……。いえ、断定はできませんね)


 胸中は定かではないものの、表面上は協力的。


 話を転がしつつ、こちらに優位な情報を落とした。


 一方、謀略の可能性も否定できず、静観が必須だった。


「母様。お言葉だがよぉ。門をこじ開けたコイツに敬意を払う必要はあんのか?」


 ③に座り、意見を申し立てるのは、黒服を着た青年の鬼。


 赤髪のリーゼントヘアで、荒っぽい印象と話し方が一致している。


 協力的な態度ではないものの、『母様』という情報を落としてくれていた。


(類推ですが、候補は絞れそうですね。残りの反応次第で……)


 次に視線を向けたのは、最後の一人。


 灰色の着物に袖を通した、金髪少女の鬼。


 後ろ髪は巻かれ、金のかんざしで留められる。


「波長の合う依り代がいたおかげで集まれた。それは事実だよ、兄上」


 冷静沈着な声音で、④に位置する少女の鬼は告げる。


 おかげで情報が出揃い、それぞれの関係性が見えてきた。

 

(①がヌシノカミ。②がイザナミ。③がスサノオ。④がツクヨミでしょうか)


 確定ではないものの、ある程度の自信がある予想。


 知名度の高い神が優先的に降りたと考えれば、妥当な案。


 ただ問題は、予想が合っているかどうかより、別の部分にあった。


「不躾な質問でした。お忘れ下さい。それよりも伺いたいことがございます」


 帝は先の発言を訂正して、話題を変えた。


 空気が引き締まり、鋭い視線が一斉に集まる。


 内容によっては、修羅場に直行するであろう状況。


 その上で何を伝えるべきか。ここで選ぶべきワードは。


「天照大神の依り代……八重椿に御用がある。違いますか?」


 ◇◇◇


 三重県。伊勢市。伊勢神宮前の鳥居。


 辺りは樹々が生い茂り、中央には橋がある。


 手入れが行き届いた100m弱のヒノキで作られる。


 日の出があれば、鳥居と重なり、絶景となるスポット。


「……」


 そこには黄金色の瞳を輝かせる、長い黒髪の少女がいた。


 西陣織の黒い着物に袖を通し、至る場所に赤い椿が描かれている。


 ――八重椿。


 伊勢神宮の宮司であり、戦獄時代を終わらせた六英傑の一人。


 師から不老の妖術を受け継いで、鬼を生み出した元凶でもあった。


 その視線の先には、かつての師と、右目に眼帯を付けた中年男がいた。


 互いに礼服と喪服を兼ねる、黒の服装を着込み、死の匂いを漂わせている。


「不老不死の継承の儀を行う。夜助捜しに同行してもらえるかい? 我が愛弟子」


 訪れた終末の果てに、師は終わりに向かう旅の誘いを告げる。


 黒のスカートが風に揺られながら、悠然と右手を差し出していた。


 行き着く先は死。これを善しとするかどうかは、個人の主観で異なる。


「……謹んで同行させて頂きます。お師匠様」


 椿は心情を語ることなく、差し出された手を掴む。


 旅の果てに、望む結果が訪れるのかは、まだ分からない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る