第11話 箸休め


 トルクメニスタン。首都アシガバート西側。


 そこには、丸いドーム型の巨大な建造物があった。


 周囲には四つの柱が建ち、建材は白の大理石が使われる。


 総面積は約18000平方メートル。収容できる人数は、約一万人。


 イスラム文化圏の建築様式が色濃く残り、白教が居抜きした優良物件。


「――以上が、白教の総本山。エリーゼ大聖堂のご紹介でございます」


 その施設を背に向け、エミリアは簡単な説明を終える。


 一見、無駄なように思える行動でも、きちんと実益があった。


 ――地の案内人ローカル・ガイド


 指定した国家や特定の場所に、瞬間移動できる能力。


 再度移動するには、訪問地を観光案内する必要があった。


 どの程度まで説明するのかは、能力者の裁量に任されている。


 ――今の工程でクールタイムは解除された。


 これでいつでも飛べる状態で、条件次第で独創世界すらも案内可能。


 お客様が危機的状況に遭遇すれば、自動で迎撃する機能も備わっている。


 可動域は広く、案内中に関してなら、お客様は無敵に近い状態が確保される。


 ――ただし、いくつかデメリットもあった。


・単独での移動不可で最低一人以上のお客様が必要。


・同じツアー内では、一度案内した場所に移動できない。


・ツアー終了時は、ツアーが開始された出発地点に戻される。


 ざっと挙げるならば、この三つだった。


 『地獄の門』と『エリーゼ大聖堂』は案内済み。


 渦中となりそうな場所の直通便は使えなくなっていた。


「さて……リーチェ様。次はどちらに参りましょう」


 頭の中で現状の懸念点を並べつつ、エミリアは指示を仰ぐ。


 案内人と称しているものの、ツアーの主導権を握る必要はない。


 あくまで、歯車の一つ。自由意思を持たず、舞台装置に徹するのみ。


 ――全ては彼女に復讐を果たさせるため。

 

「ひとまず、休憩しましょう。そっちの鎧男は疲労困憊だろうし」


 思惑を胸に抱いていると、リーチェは指示を飛ばした。


 話題に上がったのは、白銀色の強化外骨格を着た赤髪の男性。


 イギリス王室直系の子供。第三王子、ベクター・フォン・アーサー。


 直接的な面識はないものの、血筋は半分同じ。腹違いの兄に位置している。


 ――疲労の原因は、冥戯黙示録。


 9月2日の夜中から深夜にかけて行われた、特殊賭博。


 命をベットし、悪魔の使役権を巡り、争ったと耳にした。


 しかも、9月1日が王位継承戦のため、予定はあまりにハード。


 恐らく、最後に休息できたのは、イギリスからマカオ行きの機内。


 緊張状態を解く暇もなく、連戦続きと考えれば、妥当な提案と言えた。


「気遣い感謝するが……。この格好じゃ、どうもな……」


 ベクターは自身の強化外骨格を見つめながら、気まずそうに語る。


 頭部こそ外しているものの、一般人からすれば不審者極まりなかった。


 24時間営業中の飲食店に訪れれば、通報される可能性の方が高いと見えた。


「その鎧の能力、量子の変換でしょ。センスで小型化できるんじゃない?」


 対しリーチェは、筋の通ったアドバイスを送る。


 実現するかどうかは不明でも、的外れではなかった。


「試してみる価値はあるか……。量子変換クォンタムチェンジ……」


 目を閉じ、赤いセンスを纏い、ベクターは呪文を唱える。


 すると、装備されていた鎧と大弓は粒子化され、光に変わる。


 やがて、右手に光が集まり、収束し、現れたのは身近にある物体。


量子万能具クォンタムツール……。といったところか……」


 ベクターが握っているのは、万能ナイフだった。


 折りたたまれた様々な便利ツールが内蔵されるもの。


 恐らく、小型化に加え、起動時の武器選択も可能のはず。


(嫉妬してしまいますね。同じ血筋だと言うのに……)


 言われてすぐ実行できる兄に、ジクリと胸が疼く。


 奥底にあるのは、正当な血筋を持った王子への劣等感。


 母親の違いで、王子になり損なったからこそ、感じるもの。


 出来損ないは出来損ない。生まれた時点で勝敗は決まっていた。


 そう考えると、真面目に努力してきた自分が馬鹿らしくなってくる。


「アレは気にしないでいいよ。あなたの力は神にも届き得るんだから」


 表情で悟られたのか、リーチェは小声で語る。


 落ちかけたメンタルが、たったの一言で持ち直す。


 天然の人たらし。彼女に付きまとう理由の一つだった。


「お世辞として受け取っておきます。……では、休憩スポットにご案内しますね」


 内心微笑みつつ、エミリアは要望の場所へ先導する。


 能力は温存し、深夜のアシガバートを己が足で疾走した。


 ◇◇◇

 

 トルクメニスタン。首都アシガバート西側。


 深夜営業をしている、和のテイストのレストラン。


 内装は赤で、白のクロスが引かれているテーブルが並ぶ。


 近くにはステージがあり、深夜なのに生のジャズ演奏が聞けた。


「好きに注文して、ここは私の奢りだから」


 小粋な音楽を聴きながら、座席に腰かけたリーチェは語る。


 たんまりとは言わないまでも、旅費にはある程度の余裕がある。


 それに、三人の中では一番年上だし、最低限の面目は保ちたかった。


「ご厚意に甘えさせてもらいます。では、わたくしは――」


 律儀に礼を言い、エミリアが率先してメニューを選ぶ。


 周囲に確認を取りつつ、手頃な料理をシェアする形になった。


 しばらく待っていると、注文していた品と人数分の棒が用意される。


「お嬢ちゃんたち、箸は使えるかい?」


 声をかけてきたのは、ねじり鉢巻きをつけた中年の男性店員。


 般若が描かれた青の和服を着ており、袖は捲り上げられている。


 顔は濃く、茶色の髪を角刈りにしており、現地の人には見えない。


 ――恐らく、本場の帝国人。


 それも、かなりの戦闘訓練を積んでいる。


 隠し切れないセンスの残滓が、物語っていた。


「刺して食べればいいんでしょ? こうやって」


 リーチェは棒を掴み、皿に並ぶ巻き寿司を突き刺した。


 そのまま遠慮なく口に運び、これ見よがしに食べようとする。


「……ちょいと待て。そいつは見過ごせねぇな」


 すると店員は鬼の形相で腕を掴み、静かに言った。


 物凄い膂力。単純な肉体の強さなら、恐らく負けている。


 振りほどけないわけじゃないけど、ここは穏便にやり過ごしたい。


「じゃあ、教えてくれる? 生憎、和食のマナーは知らないから」


 不愛想ながらも、リーチェは話の流れに乗る。


 知らないことは知らないと認めるのが手っ取り早い。


 復讐相手と戦闘しか興味ないし、変なプライドはなかった。


「おっしゃ。そういうことならおじさんに任せとけ!」


 掴んだ手をほどき、店員は前のめりに語り出す。


 そして、二本の棒切れを掴み、箸の熱血指導が始まった。


 ◇◇◇


 お箸を握る、巻き寿司をつまむ、動かす。


 時間をかけ、ゆっくりと丁寧に口に運んでいく。


「――」


 そのままパクリと口に含んで、咀嚼する。


 最初に味覚が感じ取ったのは、ネギの風味だった。


 甘みと辛みが両立し、シャキシャキとした触感も心地いい。


 その後に醤油のコクと、すり潰されたマグロの旨味が舌に溶け込む。


(これは……。口だけじゃなく、腕も確かなようね……)


 溶けていった後の余韻を楽しみながら、心の中で賞賛する。


 ジャンクフードや駄菓子では味わえない、深みと奥行きがあった。


「完璧だ、お客さん! それだよ、それが和の心ってもんだ!」


 味の感想よりも、店員は箸を扱えたことを気にしていた。


 情緒が豊かなのか、目を潤ませ、我が子の成長のように喜んでいる。


「確かな御手前……。どこで修業なされたのですか……?」


 一方、白スーツを着るベクターは、素直に褒め称える。


 噂によれば、大の帝国通。指導前から箸の作法もバッチリだった。


「広島の老舗寿司屋だよ。一見さんお断りだから、店名は明かせねぇな」


 鼻頭を手の平で上げ、誇らしげに店員は答えている。


 苦労を微塵も感じさせず、確かな大人の余裕を感じられた。


 修業期間は最低でも五年。もしかしたら、それ以上かもしれない。


 確かな腕前に裏打ちされた寿司に箸を進め、和やかな雑談に花が咲いた。


「……しっかし、お嬢さんの顔、どっかで見たことあんだよなぁ」


 そこで店員は、両腕を組み、首を傾げつつ、語り出す。


 視線はこちらを向いており、エミリアではないのは確かだった。


「口説いてるなら、勘弁して。恋愛には全く興味ないから」


「振られちまったか。まぁ、べっぴんさんに言われたら……って、そうだ!」


 適当な会話を続けていると、店員は閃いたような表情を作った。


 瓜二つの誰かを思い出した模様。ニュアンスからして、鮮度は高い。


 もしかしたら、『三人のリーチェ』とやらに関係があるのかもしれない。


「陛下だよ。陛下! 大日本帝国の皇帝陛下に、そっくりなんだ!!!」


 告げられたのは、かなりの大物。


 事実だとすれば、根が深そうな問題だった。

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