第14話 喉の中
ロシア。バイカル湖。深海???m。巨大生物内、中咽頭。
口内を通り抜けたアザミたちは、恐る恐る前進を続けていた。
辺りは暗闇で満ちる中、ぼんやりとした明かりが目に入ってくる。
目を凝らして確認すると、そこには、予期しない光景が広がっていた。
「こ、ここって……。生物の体内、ですよね……?」
見えたのは、生活感が垣間見える野営地だった。
無数のテントが張られ、白い軍服を着た兵士が多数。
辺りには光るキノコが生え、喉の中を淡く照らしている。
「しっ。今は気付かれないよう様子を見た方がいいわ」
するとバグジーは、人差し指を立て、助言してくる。
他の二人も同意見なのか、身を屈め、気配を絶っていた。
幸い、ここは影になっていて、誰かに見られた感じはしない。
目立つようなことをしなければ、見つかることはなさそうだった。
「わ、分かり…………あっ」
アザミは返事をしたと同時に、バタンと物音が鳴る。
体が強張り、背に抱えるジェノを落としてしまっていた。
ド派手な音ってほどでもなかったけど、決して小さくもない。
感覚系の意思能力者だったら、気付かれてもおかしくはなかった。
「お馬鹿。何やってるのよ」
小声で叱りながら、バグジーは落ちたジェノを回収。
肩に担ぎ、人目につかない反対側の肉壁に移動している。
そのすぐ近くには、談笑している武装した二人の兵士がいた。
「……ん? 今、あっちの方で物音がしなかったか?」
「聞こえなかったが……念のため確認するぞ。警戒を怠るなよ」
和やかなムードから一変し、二人は小銃を構え、前進。
バグジーが隠れている肉壁の方へと、着実に近づいていた。
武装はボルトアクション式のライフルで、やや時代遅れの産物。
撃った後に必ず、排莢と装填をする必要があり、連射性には乏しい。
バグジーだったら遅れは取らないだろうけど、万が一ということもある。
「た、助けにいかないと……」
左腰にある刀に手をかけ、アザミは臨戦態勢に入る。
一気に緊張感が高まって、額には冷たい汗が滲んできた。
「待ちんさい。まだ気付かれん可能性もある」
「助太刀するのは、見つかってからでも遅くはなかろう」
広島は服の袖を引いて止め、ボルドは理由を語る。
確かに、ここで姿を見せてしまえば、絶対に見つかる。
見逃される可能性に賭けるなら、動かない方が得策だった。
「あ、あと少し、だけですよ……」
二人の助言を受け入れつつも、アザミは警戒を続ける。
兵士の一挙手一投足に気を配りつつ、静かにその時を待った。
肉壁に隠れるバグジーは、ジェノを隅に置き、ククリ刀を構えている。
――残り数歩で接敵。
ジリジリと肌が焼けるような錯覚を覚える空気感。
自ずと柄を握る右手に力が入り、手汗で柄糸が濡れる。
出るか出ないか。抜くか抜かないか。その瀬戸際まで迫る。
我慢の限界点に達し、一歩踏み出そうとした時、それは起きた。
「……異常なし、か。珍しく吠えたから、何かあったと思ったんだがな」
肉壁に迫ったところで、短い金髪の兵士は足を止める。
小銃を下げ、見るからに気を抜いているような様子だった。
「『例の件』のこともある。何もなかったとしても、気は抜くなよ」
一方で、長い銀髪の兵士は、小銃を構えながらも、踵を返した。
ひとまず、危機は去った。音を立てなければ、元の場所に戻るだろう。
「ふぅ……。な、なんとか、やり過ごせましたね」
二人の兵士の背中を十分に見送ってから、アザミは声を出す。
「まぁ、そうじゃけど、何も解決しとらんね」
「問題の先送りにすぎんな。いつかは通らねばなるまい」
背後にいる広島とボルドは、渋い顔で語る。
先に進むと決めた以上、野営地は通り道だった。
迂回するルートなんてなく、常に見張りがいる状態。
服装から見ても軍隊だろうから、見張りは交代制のはず。
寝静まってから進む。なんて選択肢は現実的じゃあなかった。
接敵する確率の方が高く、単純な人数差を考えれば、不利だった。
「――同感だね。どうやって解決するのか、今から見物だよ」
そんな時、まるで他人事のような声が響いた。
飄々とした態度で、ミステリアスな雰囲気を放つ。
聞き馴染みは全くなく、この場にいた誰でもない発言。
「「「――っ!!!!」」」
声を押し殺しつつ、三人は一切に振り向いた。
センスを纏うわけにもいかず、最低限の反応で留める。
襲われる場合も考慮して、刀の柄には右手をかけたままだった。
「よく耐えた。賢明な判断だね。今回の旅は少し期待できるかもしれないな」
そこにいたのは、短い赤髪の青年だった。
瞳は青色で、ダークレッドの軍服を着ている。
腰には短剣を装備し、軍用バックパックを背負う。
見るからに敵意はなく、野営地を牛耳る兵士でもない。
「あ、あの……。どちら様ですか……?」
アザミは警戒しつつ、恐る恐る問いかける。
すると青年は、右手を額まで上げて、敬礼する。
危害を加える意思がないことを示し、名乗り上げた。
「僕はベズドナ・イワノフ。ソビエト革命軍の最後の生き残りさ」
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