第7話 天降り
9月3日深夜。大日本帝国。大阪白十字病院前。
病院には急患が押し寄せ、阿鼻叫喚に満ちていた。
原因は不明。怪我人の大半は、交通事故だと耳にした。
中は見るも無残で、病院として機能しとらん状態じゃった。
(戦獄時代に逆戻りか。因果なものよな……)
黒い和服を着る老人は、運ばれる担架を横目に思考する。
数百年前に通った道。今でも鮮明に思い出す、見慣れた光景。
「夜助さん! ぼーっとしてないで、手伝ってください!!」
院内から響いてくるのは、金髪サイドテールの鬼。ナナコの叱咤。
白い入院服の裾をまくり、次々と押し寄せる怪我人の世話に奔走する。
赤い長槍を背負いながらも、重さを感じさせず、身軽に動き回っておった。
「やれやれ――」
重い腰を上げて、夜助は院内に目を向けようとする。
その狭間。視界の端に捉えたのは、異様な光景じゃった。
思わず足を止め、空を見上げて、起こっている事態を確認する。
「なんじゃあ、ありゃあ……」
東の空に見えたのは、巨大な光の柱。
膨大なセンス、という割には気配が一切ない。
視覚的に見えようとも、その正体は感知不能と言えた。
「何やってるんですか! この間にも、大勢の人、が…………っ!?」
痺れを切らしたナナコは、外に顔を出す。
二の句を継げる間もなく、言葉を失っていた。
その赤い瞳には、東の空に起こる光を捉えている。
「アレをどう見る、ナナコよ……」
一人では答えを出しかねる問題に、思わず意見を求めた。
数百年も無駄に生き長らえながら、他人を頼る自分が情けない。
ただ、ナナコは、無知を晒してもいいと思えるほどの仲間でもあった。
「恐らく、天降り。『天国の門』が開いたと見るべきでしょう」
顎に手を当て、視線を落としながら、ナナコは考察する。
彼女の見識は広い。特に神にまつわることは、造詣が深かった。
「悪いがわしは、悪鬼羅刹専門でな。噛み砕いて説明してくれんか?」
「この世界の他に、悪魔界、煉獄界、天界という三つの異世界が存在します。そのうちの一つ、天界に通じる『天国の門』は、東京都の皇居地下にあるとされ、莫大な国費と手間をかけ、皇族が代々管理したと言われています」
「それで……その門が開かれた場合は、どうなる?」
「天降り。名のある神が現世に降り立ち、人や物に宿ると言われています。神学上では『現界』と呼ばれる現象ですね。人間には、神を視認することは不可能なので、現実にある物体を通して、直接的な影響力を発揮するのが目的でしょう」
ナナコの口から語られるのは、にわかに信じられない話。
いつもなら、戯言と切り捨てて、耳を貸さなかったじゃろう。
じゃが――。
「骸と鬼の次は神……。信じる他ないか。あの超常現象を前にしてはな」
夜助は、絵空事のような話を信じ、前向きに受け止める。
すでに思考は切り替わり、次なる目的に意識が傾こうとしていた。
「夜助さん……? 一体、どこへ」
歩み始めた身体をナナコは呼び止め、尋ねるのは目的地。
薄々と気付いておりながらも、最終的な意思決定を確認している。
尋ねられた以上、言うなればなるまい。ナナコはとっくに、他人ではない。
「決まっておろう。目的地は東京。――神をこの目で見定める」
夜助は黒い瞳を東へと向け、堂々と言い放った。
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