第6話 適材適所
ロシア。バイカル湖。水深???m。巨大生物の口内。
壁のような歯が立ち並び、規格外の舌と喉仏が見える空間。
中はジメジメし、淡水と唾液が混じった液体が分泌されている。
「ど、どうしましょう……。無理やり外に出ますか?」
腰にある刀に手をかけ、アザミは議論を始める。
予期せぬ事態に陥りながらも、大した混乱はなかった。
こういう経験は初めてじゃないのが、心理的にかなり大きい。
――特殊な舞台は慣れている。
適性試験のダンジョンに、冥戯黙示録の独創世界。
ここも、その延長線上だと思えば、怖さは特になかった
「あんまり、オススメはできないわねぇ。最悪、水圧でペチャンコよ」
すると、議論に参加したのは、バグジーだった。
巨大生物が水中に深く潜るほど、身体への負荷が増す。
外に出ても、深度によっては助からない可能性が確かにあった。
「うちらにはセンスがあるじゃろ。多少の水圧なら耐え得るはず」
「半端な使い手ならいざ知らず、ここにいる面々なら問題なかろうな」
外に出る案に乗り気だったのは、広島とボルドだった。
水中でセンスを纏った経験はないけど、効果はあるみたい。
言うなれば、潜水服を着込むような感覚に近いのかもしれない。
「バイカル湖の最深は1700m。もし、最深部まで潜られたと仮定すると、地上の170倍の圧力がかかる計算よ。全員が肉体系の上澄みなら望みはあるけど、そうじゃないでしょ。アタシの見立てだと、自力で突破可能なのは……広島だけね」
そんな中、唯一反対するバグジーは、自論を述べた。
意思の力を扱える使い手は、主に三つの系統に分類される。
・肉体系。身体強化が得意。心理掌握が苦手。
・芸術系。創造可変が得意。身体強化が苦手。
・感覚系。心理掌握が得意。創造可変が苦手。
それぞれに得意不得意があり、今、必要とされるのは身体強化。
センスを纏っても、分類される系統によって強度に差が出てしまう。
肉体系の広島が最も状況に適合し、助かる見込みが高いと判断したんだ。
(身体強化は出来ないわけじゃないけど、地上の170倍の圧力は……)
アザミは芸術系に属し、身体強化は最も苦手としていた。
バグジーとボルドは不明ながら、肉体系以外だと推察できる。
どれだけ意思の力を極めようと、活動範囲には限界があるみたい。
少なくとも、外の環境を生き抜くには、肉体系であるのが必須だった。
「き、厳しいかもですね。でも、どうすればいいんでしょう」
思考の果てに、アザミは外に出る案を諦める。
一人ならいいけど、背中には病にかかるジェノがいる。
失敗は許されない以上、リスクを取る行動は極力避けたかった。
「アタシの読みだと、この展開は偶然じゃなくて必然な気がするのよねぇ」
バグジーは辺りを見渡しながら、顎に手を当て、語る。
言っていることは分かるけど、いまいち先が見えてこない。
「……つ、つまり?」
急かすようにアザミは尋ねた。
この間にもジェノの病状は悪化してる。
藁にも縋る思いで、打開策が出るのを待ち望む。
「――奥に進む。中に褒美があることを期待してね」
語られたのは、何の根拠もない希望的観測に満ちた答えだった。
◇◇◇
ロシア東部。ヤクーツク。???。
そこは、氷柱で彩られた中世風の城だった。
最奥には氷の玉座があり、腰かけるのは一人の少女。
長い銀髪に、尖った耳に、露出が多い白のローブに身を包む。
「読みは合ってるけどぉ、そう上手くいくかな?」
『凍土の魔女』は、玉座の隣にある氷の鏡に顔を覗かせる。
影響範囲は、ロシアのシベリア東部。極東連邦管区の全領域。
バイカル湖は範囲内にあり、アザミらの動向をモニターしていた。
「まぁ、せいぜい足掻いて頂戴な。全てが運命の再開のスパイスになるんだから」
白銀色に輝く瞳を向けた先にいるのは、ジェノ・アンダーソン。
艱難辛苦を乗り越えた後にあるカタルシスを、一人待ちわびていた。
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