第5話 教皇
トルクメニスタン。首都アシガバート。
中央アジア南西部に位置する、共和制国家。
国民が主権を持ち、国民の代表者が政治を行う。
人口は約660万人で、その9割が白教の信徒で占める。
街並みは白で染まっており、宗教の影響は計り知れない。
表向きは政教分離を掲げているが、まるで説得力がなかった。
「……」
赤髪の男性ベクターは、強化外骨格の頭部を外し、足を進める。
緊張した面持ちで、白い絨毯を踏みしめ、辿り着くのは大聖堂最奥。
堂内を隅々まで眺める余裕はなく、視線は自然と足元へと向いてしまう。
(顔を上げれば、そこに教皇の御身が……)
白教の信徒として、これ以上ないほどの誉れ。
象徴的存在を前にして、身体は恐れをなしていた。
教皇の御尊顔が、公にされていないというのが大きい。
末端の信徒ごときが、気軽に拝んでいいとは思えなかった。
「それで、何の用? 『地獄の門』を開いた説教でもするつもり?」
一方で、隣にいるリーチェは、一切物怖じせずに話しかける。
教皇が持っている権威や立場というものがまるで分かっていない。
世界人口が約80億人だとして、その半数を占める宗教の頂点なんだぞ。
機嫌を損ねれば、世界の半分を敵に回すに等しい。恐れ多いにもほどがある。
「呼んだのは、その件だけじゃない。連鎖的に開いた三つの門についてだよ」
特にお咎めもなく、教皇は話を進める。
意味は分かるが、内容が頭に入ってこない。
(この声音……。教皇の名前……。偶然なら出来過ぎてる……)
疑問が胸の内で膨れ上がり、それどころじゃなかった。
頭の中に浮かんだ人物がイコールなら、とんでもない事実。
王位継承戦に共に参加し、一度は本気で殺意を向けていた人物。
それも、血縁者。直接的な絡みは少ないものの、確かに知っている。
興味が恐れを上回り、ベクターは顔を上げて、教皇の御尊顔を拝見した。
そこから導き出された答えは――。
(第五王子エリーゼ・フォン・アーサー……っ!!)
続柄としては、血の繋がった妹に当たる存在。
身内が信仰する宗教の頂点だと確定した瞬間だった。
◇◇◇
彫刻やフレスコ画で彩られている、大聖堂の最奥。
そこには、白い椅子に腰かける金髪碧眼の少女がいた。
髪はボサボサで、どこか抜けている空気感を漂わせている。
ただ、白いローブに身を包み、白のビレッタ帽が品位を高める。
右手の薬指にある黄金の指輪を煌めかせながら、彼女は続けて語る。
「門について、何か思い当たることはある?」
曰く、『地獄の門』が開いた件と連なる問題らしい。
こっぴどく叱られると思いきや、質問攻めに遭っていた。
立場的にも状況的にも、『答えない』という選択は出来ない。
彼女には嘘をついてもバレるだろうし、真実を話す必要があった。
「トルクメニスタンの『地獄の門』。ロシアの『煉獄の門』。帝国の『天国の門』でしょ。文字通りの異界に対応した別世界の門。それぞれが【火】に関連する能力で封印されてたことは知ってるけど、それが何?」
開き直るようにして、リーチェは知り得る全てを語る。
聞かれた以上のことは答えない。今はこれで十分だと思えた。
「なーるほど。嘘はついてないみたいだね」
目を眇めながら、勝手知ったるようにエリーゼは語る。
言葉には含みがあり、平穏な内容ながら刺々しさを感じた。
上から目線で少しイラついたけど、彼女が相手なら仕方がない。
それよりも、彼女の内に秘めている『何か』の方が気になってくる。
「言いたいことがあるなら先に言って。お互い腹の探り合いは嫌いでしょ」
リーチェは遠慮なく、結論を急いた。
少なくとも、この程度の無礼は許される仲。
「まー、それもそうだね。今の話を聞いて、分かったことがあるんだ」
丁寧に前置きを挟み、エリーゼは真剣な眼差しを向ける。
お遊びが一切ないときのモード。失言すれば、半殺しにされる。
異様な緊張感が堂内に満ちていきながら、彼女の口から結論が語られた。
「門の番人だったのは、『三人のリーチェ』。この事実を忘却してるでしょ」
明かされたのは、全く見に覚えのない情報。
仮に事実だとすれば、とんでもないやらかしだった。
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