第4話 思想
トルクメニスタン郊外の砂漠地帯の観光名所。
『地獄の門』から、溢れ出すのは大量の人間もどき。
二本の黒角、一対の黒羽根、黒の尻尾をこぞって生やす。
服装はバラバラ。ドレス、甲冑、ベルボトムと統一感はない。
ただ、示し合わせように羽根を動かして、空中にとどまっていた。
――『悪魔』。
契約や儀式を通じて、人間と交流する悪魔界の住民。
魔の手にかかった犠牲者は数知れず、脅威レベルはC判定。
存在は公的に認められており、特定外来種に指定する国も多い。
百害あって一利なしのように思えるけど、反応は地域によって異なる。
――主な理由は宗教的な問題。
『悪魔』を『神』の試練だという思想は根強い。
政治にまで影響して、『悪魔』を歓迎する国もある。
トルクメニスタン政府の場合、どういう反応をするのか。
国のトップや政権、時代によって移ろい、予想するのは困難。
ただ恐らく、この地域に総本山を構えている世界最大の宗教団体。
――『白教』が全ての鍵を握っている。
「……」
思考するリーチェの隣に現れたのは、白い司祭服を着た黒髪の男。
頬は痩せこけていて、四隅が角ばった赤色のビレッタ帽を被っている。
服装から見れば、現れた男の職業は、深く考えるまでもなく明らかだった。
(白教のナンバー2。枢機卿ね。肩書き的には、『あいつ』よりも上……)
脳裏に浮かぶのは、儀式により殉教した大男の面影。
白教の大司教兼、アメリカ合衆国の元大統領レオナルド。
表社会と裏社会で、トップクラスの立ち位置にいた、権力者。
大司教は白教内のナンバー3で、ナンバー2の枢機卿には一歩劣る。
階級制度を真に受けるのなら、現れた男の方が格上と見るべきだった。
(登場の気配すら感じなかったのは、移動系の能力か、何か道具を使ったのか)
ぱっと見だと、触媒になりそうな品は持っていない。
可能性があるのは帽子ぐらいだけど、そこはどうでもいい。
問題は白教の枢機卿という立場の人間が、『悪魔』をどう見るのか。
――彼の行動=白教の公式見解に等しい。
私情を挟むとは思えず、何らかの目的の下に動いた。
上からの指示なのか、管轄区の代表としてきたのかは不明。
ただ、まず間違いなく、次の行動が白教の反応と思っていいはず。
「大聖堂で教皇がお待ちです。ここは私にお任せあれ」
声色に個性を乗せることなく、枢機卿は淡々と語った。
右手の人差し指と中指を立て、身体には黒い光を纏っている。
次の瞬間には、『地獄の門』周辺を覆うほどの黒の大結界が生じた。
(いくら枢機卿と言えど、悪魔界の全戦力は凌げない。……時間稼ぎね)
綺麗に分断された黒い壁を見つめ、リーチェは思考する。
穴から現れた悪魔たちが、結界内にスッポリと収納された形。
問題の先送りに過ぎないけど、今の行動で分かったことがあった。
――白教は悪魔を歓迎していない。
駆逐するのか、交渉するのか、服従するのか。
残りの問題は、教皇の
少なくとも今は、『悪魔』より『こちら』を優遇していた。
「待て待て待て……。枢機卿に教皇だと……。お前は白教と何の繋がりが……」
白銀の強化外骨格越しに、ベクターは驚嘆の声を並べる。
聞くところによると、彼は熱心な『白教』の一般信者らしい。
そのトップとナンバー2が一目置いた存在、という風に見えたはず。
理由や繋がりがないわけじゃなく、聞かれた以上は答える義務があった。
「教皇エリーゼは私の師匠よ。……まぁ、腐れ縁ってやつね」
リーチェは惜しまず真実を答え、意識は南に向いていた。
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