第2話 バイカル湖
9月3日深夜。ロシア南東。イルクーツク州。バイカル湖。
世界最古の淡水湖であり、全長636km、深さは1700mに達する。
秋という季節でありながら、湖面は凍り付いて、雪が吹き荒れていた。
「…………」
先陣を切り、湖を駆けるのは、長い黒髪の女性アザミ。
赤の眼鏡、灰の鳥打帽、黒の革ジャン、紺のジーンズを着る。
腰には刀を差しており、背中には黒髪褐色肌の少年ジェノがいた。
青の隊員服に袖を通し、顔は煤にまみれていて、血色は極めて悪かった。
(どんどん熱が上がってる。急がないと……)
担ぐ背中を通じて、ジェノの異常な体温が伝わる。
放置すれば、死に直結すると思えるぐらいの状態異常。
原因は不明だったけど、目的地と解決方法は決まっていた。
「ようやく湖心か。『ヤクーツク』まで残り10分の9と言ったところ」
すぐ後ろから声を発したのは、青い民族衣装を着た辮髪の男性。
ボルド・ガンボルド。ジェノを治す具体的な方法を教えてくれた人。
目的地の『ヤクーツク』は、北東にある世界で最も寒いと言われる都市。
――出発地点から目的地までの距離は約3000km。
湖面を直進したことで、300kmほど進んだ計算になる。
悪天候と病状の悪化を除くなら、道のりは順調だと言えた。
「『凍土の魔女』って言うんなら、ここにパッと現れてくれんかね」
ぼやくように言葉を発したのは、茶髪の女性、毛利広島。
後ろ髪は跳ね、青いセーラー服に、黒の指貫グローブを装着。
滅葬志士という大日本帝国の隠密部隊に属し、その肩書きは棟梁。
隊長格ながら、『ジェノを治す』という共通目的に協力してくれていた。
――彼女が話題に上げたのは、『凍土の魔女』。
ジェノの熱を冷ますために必要とされている、重要人物。
『ヤクーツク』に住まうとされるものの、正体は謎に包まれる。
情報の出所であるボルドも、直接、魔女に会ったことはないらしい。
「仮に出てきたところで……って感じだけどねん」
後ろ暗い反応を見せたのは、赤髪アフロのバグジー・シーゲル。
白化粧に赤いフェイスペイントを付け、白黒の道化服を着た男性。
イタリアンマフィアのボスで、とある秘密組織の試験官でもあった。
反応から考えるに、『凍土の魔女』という存在を全く信用してない様子。
「た、確かに胡散臭い気もしますが、今は……」
アザミは一部を同調しつつ、話を切り上げようとする。
解決策が他に考えつかない今、選択肢は一つのように思えた。
だけど、足が止まった。止まらざるを得ない異常事態が起きていた。
「「「「――――ッッッ!!!!」」」」
その場にいた全員が、足元で起きる現象に絶句。
凍った湖面は崩れ落ち、見えてきたのは、巨大な口。
全長不明。正体不明。全員を飲み込める生物なのは確か。
各々は状況を受け止めつつ、全身に異なる光を纏っていった。
――センス。
強い意思を抱くことで生じる光の名称。
異能力を起こすためのエネルギー源となるもの。
効果は様々であり、扱える能力には相性と個人差がある。
「北辰流――【
「夢現四刀流――【幻戯連閃】」
「
「
アザミ、バグジー、広島、ボルドの順に発するのは必殺。
喉への風刃、顎への飛翔斬撃、舌への拳撃、歯への角撃だった。
それぞれが意図と自主性を持ち、標的が被ることなく一斉に放たれる。
『――――――――――――――』
対する巨大生物が発したのは、耳をつんざく咆哮。
唸るような重低音が衝撃波となり、全ての攻撃を打ち消す。
「そ、そんな……」
「これは参ったわね」
「嘘、じゃろ……」
「万事休すというやつか」
規格外の大きさ。想定以上の強さ。生命体としての格の違い。
それを痛感しながら、大きく開いた口は門のように閉じていった。
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