トリニティポータル
木山碧人
第八章 世界の終末
第1話 地獄の門
9月3日深夜。トルクメニスタン。タハル州ダルヴァザ。
首都アシガバートから北に約260kmほど離れた、砂漠地帯。
そこには直径70m、深さ20mに及ぶ巨大なクレーターがあった。
崩落した天然ガス田であり、日夜問わずに燃焼し続ける場所だった。
観光名所として有名となり、燃え盛る光景から付いた名は、『地獄の門』。
――【火】の概念が消失した今、見る影もなかった。
ここはクレーターを上から俯瞰できる場所。
『地獄の門』が形成されている、上空100m近く。
「…………」
白銀の強化外骨格を纏うベクターは、冷静に眼下を見つめる。
広がるのは、深淵。目を凝らしても、穴の底が見えることはない。
代わりに感じたのは、身体の奥底が凍てつくような異様な冷気だった。
「――」
肩に止まる茶色毛のニワトリは、羽をもがき、爪でしがみつく。
どうにか引っ付いてはいるものの、必死さが行動から滲み出ている。
「風情を楽しむのも観光のモットーですが」
「落ちたら戻ってこれないけど、いいの?」
落下する中、悠々と声をかけてきたのは、二人の女性。
金髪の団子ヘアに、青い客室乗務員服を着るのがエミリア。
長い銀髪に尖った耳、黒いロングコートを着た少女がリーチェ。
現在の関係は、強制参加させられたツアーガイドの案内人と同行者。
他にも複雑な因縁があったが、観光地への落下に紐づく情報はそれだけ。
(落ちないのは前提として……避けるだけだと味気ないな……)
必要な情報だけを過不足なく並べ立て、ベクターは考える。
窮地を切り抜け、なおかつ、眼下に広がる門の脅威を確かめる手段。
それは、身体に纏っている強化外骨格に換装される、唯一無二の武装にあった。
「
ベクターが右手に握るのは、鍔のない白銀の刀だった。
両目を閉じ、文言を唱え、物理的に観測不能の状態にする。
すると、刀は空気と同化。形を持たない波の性質へと移行する。
非物質と物質の狭間。捉え方によっては、見えない粘土とも言えた。
――こねる、こねる、こねる。
頭の中で、見えない粘土をこねくり回す。
形の基礎を作り、機能性を持たせ、仕上げる。
なんの戦術的優位性もない装飾は、一切加えない。
徹底的に実用性だけを追及し、用途に合う得物を生成。
「
閉じた目を開き、右手に握るのは白銀の大弓。
弦は白く輝き、左手には赤に染まる矢が生成される。
そのまま矢尻を引っ掛け、引き絞り、眼下に狙いを定めた。
――弓道の常識からは外れる構え。
本来ならば、左手に弓、右手に矢を持つのが一般的。
理由はいくつかあるが、弓道の場合は礼儀作法に通ずる。
単なる射撃技術ではなく、作法に則った行動を取るのが美徳。
弓を射るという動作に規則性を持たせ、なぞることで心を鍛える。
伝統や背景には敬意を評するが、こと実戦においては、参考にしない。
「連なり、穿て――」
無礼とも言える構えから、ベクターは赤の矢を放つ。
長さは約90cm。穴の直径と比べれば、小石程度のサイズ。
まるで無意味な行動に見えるが、思いの丈で矢の威力は変わる。
(冥戯黙示録の鬱憤……。ここで晴らさせてもらうぞ……)
放つ矢に乗せたのは、前日譚への憤り。
地獄と悪魔に関連付いたゲームでの、完全敗北。
その意思が可能としたのは、矢の絶え間ない分裂だった。
「ちょ……お客様、気は確かですか!!!?」
誰よりも先に反応したのは、エミリアだった。
空中で軌道を変え、穴に落ちるルートから外れている。
雨の如く降り注ぐ矢を目の当たりにしながら、成す術がない様子。
「…………」
止められる可能性があるとすれば、隣にいる少女。
リーチェは眉一つ動かすことなく、黙秘を貫いている。
ツアーに誘われた理由も『地獄の門』に導いた目的も不明。
計算通りなのか、予定外だったのか、顔色からは読み取れない。
能力の一部は過去に体験しているが、それ意外は謎に包まれていた。
(反応なしか……。撃たされたのかもしれんな……)
数少ない情報の中から、リーチェの思惑を予想する。
ただ、考えたところで答えは分からず、風切り音だけが響く。
後に語られるのか、行動で示されるのか。今は身を任せるしかない。
――ともあれ。
「これで一矢報いた……。悪魔の往来は制限できるはずだ……」
ベクターは空中を蹴りつけ、矢の行く末を悟る。
『地獄の門』は悪魔界に通じる、とエミリアは言った。
行き来する手段はあるだろうが、かなり限定的だったはず。
もし手段が複数あるなら、そこら中、悪魔だらけになっている。
――主要な
他は個人的な契約か、生贄の質と量に左右される。
なんの条件もなしに通れるのは、ここ以外ないだろう。
そして恐らく、通れるのは低級の悪魔のみという制限付き。
これで門を破壊できたのなら、悪魔側からすれば大打撃のはず。
「そう上手くいくと思う?」
そんな希望的観測に、疑問を呈したのはリーチェだった。
すでに穴に落ちない位置にいながらも、警戒を怠っていない。
むしろ、これから起ころうとする何かを予期しているようだった。
「何が起こると言いたい……」
ゾワリと鳥肌が立ちながら、ベクターは尋ねる。
同時にクレーターの外側部分に着地し、返事を待つ。
遅れて降り立つ少女は、穴に背を向けつつ、こう言った。
「――
文言と共に、穴から溢れ出したのは、魑魅魍魎。
リーチェの予想は、これ以上ないほど的中していた。
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