22.100%

抑えていた彼の腕からは脈動が感じられます。きっと成功したのでしょう。


「あっ、心臓も動いています。」


凹んでいた頭も逆再生のように元に戻り、健常な顔色に戻っていきます。しかし、ガルネン氏の顔色は反比例しているようにみるみる悪くなっていきます。我々はそれを確認すると、スタンライくん抑えていた四肢への力を緩めます。


「い、いや...はは。嘘だろ。」


「が、ガルネン氏。一体どうしたと言うのです。」


私にはガルネン氏がなぜこんなに動揺しているのかがわかりません。それはほかの2人も同じこと。


「意識が、もどっ、戻っていないんだよ。普通ならなんともなかったようにむくりって起きるはずなんだ。むくりって。」


それは、スタンライくんの様子がおかしいことを意味します。それでは今、辻褄が合いません。確かに彼は今まさに健常なはず。


「何かが、おかしい...。何かがおかしい...。」


ガルネン氏も呪文のようにそうつぶやく他できません。我々も思考を張り巡らせましたが、心当たりもなければアイディアも無い。


「...ま、まさか。脳死かよ。」


はっとしました。ササキくんの言う通りかもしれません。頭を強くぶたれて、先に死ぬとすれば脳でしょう。脳のみが無くなると、総ての動物は植物状態となり、1ヶ月以内には死に至ります。


つまり、我々が四肢を拘束した時点で彼は既に脳死の植物状態であり、ノアを打っても死に至った脳は回復をできず、身体のみが不死になったと。そう言いたいのでしょう。


「はは。それじゃあ、俺たちはコイツに生き地獄を与えただけじゃねえか。まじかよ、おい。」


そんなのアリかよ。と言いたげなササキくん。私も同感です。ノア計画は不死と成った人が生まれたことによって成功しました。しかし、CMFJ作戦はスタンライくんの脳死により失敗です。


「スタンライくんの身体は、永久不滅となったわけですか...。しかし、意識は無い。と。」


ああ、スタンライくん。あなたの魂は何処へ行くのでしょう。私は宗教人ではありませんが、これはあなたに捧ぐ鎮魂歌のようで、終わりの見えない堂々巡りとなってしまいました。幾重の謝罪を重ねても、ほど足りませんね。


「ひょっとすれば、時間差で意識が回復するかもしれん。まずはスタンライを殺した犯人の特定をしろ。急げ。やつは必ず生きている。」


リーダーセリザワさん。いつも冷静沈着で、私はあなたが憧れです。自決しようかとも考えましたが、あなたは非情なほどに常に前を向いている。とにかく、今できることをやりましょう。






鈍器で一発殴られたことだけは、スタンライくんの状態から誰でもわかりました。しかし、現場であるコックピットには、争いの痕跡が無い。きっと、背後から一撃で仕留められたのでしょう。


「確かに手がかりはほとんど無い。ほとんど無いことが手がかりなんじゃねえのか。」


「どういうことだ。」


「ここは管制室のコックピットだ。一般の人間が気軽に出入りして良い場所じゃない。犯人の特定するにはこれだけで容易だろ。」


「ああ。船長か。」


「これだけ大きな船だ。船長1人だけじゃないかもしれねえが、少なくとも今この場には俺たち以外は居ない。そのうちひょっと顔を出すだろうさ。」


突然、船が大きく傾きました。我々も立っていられず、重力に従って壁に肩をぶつけます。これはおかしい。自動運転のシステムの航行にしてはあまりに不自然でしょう。


「一体なんなんだよ。さっきから。」


私もそう言いたい。言えたらどんなに楽か。ふと、パソコンに目をみやると、100%の文字が。


「あ、あそこです。あそこを見てください。」


「おお。シャルルくんは寸でのところで、ハッキングを完了していたんだね...。しかし、インストールとアップデートに時間がかかったから、我々は失敗だと思い込んでしまった。」


「だが、それだと説明がつかんぞ。もし本当にスタンライを殺した犯人が船長だとすれば、このアップデートをキャンセルすることだってできたはずだ。」


「いえ、彼の部屋に行って準備をする前、彼は自身のパソコンのスペックの無さを憂いていました。もしかしたら、アップデート中は動作が重すぎて操作が効かず、犯人による介入が不可能だったのではないでしょうか。」


「そんな奇跡みたいなこと...あるんだね。」


事実、今もなお100%になっているゲージから、普通ならデスクトップに戻るはずが、画面は固まったままです。






俺は最初、信じられなかった。言葉を失った。しかし、コトは現実で起こっている。神が居るとしたら、俺たちを生かしてくれたとしか思えん。100%の時字は小さいことあれど、俺たちには何よりも大きな結果だ。


ふとその画面がなくなり、デスクトップに戻る。壁紙は、俺たち3人が親睦会の終わり際に撮った写真だった。俺とララは酒に酔ってほんのり頬を赤くして上機嫌そうだ。シャルルは今もそうだが、画面の中も相変わらず鉄仮面だった。


「あ...」


船は傾いているにも関わらず、俺はそれを見て坂をダッシュした。その時間は、人生の坂を登るような途方もない長さに思える。スローモションになる。パソコンに駆け寄れば、その顔はまざまざと見える。


最後のほうこそ、俺たちは諍いも何度かあって、アイツは俺に隠し事もしたが、大切な仲間だった。シャルルは死んだ。死んでなお、生き地獄を味わっている。その現実は、この写真を皮切りに、今まさに俺の押し殺していた感情を自覚させるに事足りた。


「うう。うあああああ。なんでアイツだけ、なんでアイツだけあんな目に遭わなきゃならないんだよお。うわあああああああああああああ。」


心の限り叫んだ。涙もボロボロ出てきた。だが、拭きたくは無い。それはシャルルが遺してくれた最期の結果だからだ。アイツはその身を犠牲にして、ここにいる全ての命を救った。犯人も、乗客も、クリーチャーも、敵である公安の6人も、俺たちも。


伝えなければ。俺の最後の仲間に、シャルルの死を。尊い犠牲を。俺の肺はえずきをやめない。ああ、焦れってえな。

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