21.CMFJ-2

「はあっ、はあっ。」


クリーチャーはしつこく追ってきます。彼女は全速力で走っているのにも関わらず息切れしていないのでしょうか。だとすればこのままではジリ貧です。覚悟を決めました。


私はクリーチャーに向き直ります。構わず走り続けるクリーチャー。マージンはなくなり、ついにゼロ距離になりました。


「よっしゃああ。来い。」


取っ組み合いになりました。まるで手押し相撲のように見えますが、現実そんな可愛いものじゃありません。女性だったにも関わらずものすごい膂力です。次第に私は押されていき、負けています。


「っ。ぐああああああ。」


首が近づき、私の右肩に思いっきりかじりついてきました。筋肉が食いちぎられたため右腕の力は入らなくなり、激痛が走ります。ピンチのように見えますがこれはチャンスです。


私はすかさずホルスターを抜き、脇腹に3発お見舞いしました。肩の肉は食べられてしまいましたが、無力化に成功しました。


「ぐがああああ。ぎゃああああ。」


悲鳴はまるで人間のままです。人間ではないはずなのに心が痛みますね。


「はあっ。はあ。」


文字通り、肉を切らせて骨を断つやり方でした。一旦は勝利です。管制室へ急がなくては。インカムを入れましょう。


『スタンライさん。聞こえますか。女性クリーチャーの無力化に成功しました。』


しかし、スタンライさんの声の答えが帰ってきません。嫌な予感がします。1人だったから何かがあってもおかしくない。彼の身になにかあってはクワッド12の名折れです。...急ぎましょう。


右半身は機能せず、うまく歩けません。私は引きずる足に喝を入れて走りました。






「クリアリングのやり方は簡単だ。通る道が1本になるよう防火扉を閉めろ。」


「了解。」


防火扉を閉める音はよく響く。耐火性のある金属ゆえに重い。金属どうしを激しくぶつける音を想像すれば容易いな。


「そのうちクリーチャーが音で寄ってくるだろうが、このぐらい分厚い扉なら破ってこれねえ。大丈夫なことを祈ろう。」


しばらく進むと道中にクリーチャーがいた。最悪だ。防火扉は閉めて道が1本になってるせいで退くに退けねえ。


「幸い、見た目は軽そうだ。俺なら投げられる。そのスキに防火扉を閉めるんだ。」


「了解だ。」


左手はクリーチャーの手を抑え、右手は服の襟を掴む。こっから巴投げしてやらあ。


「うらああああ。」


クリーチャーは防火扉の向こう側に飛んでいった。知能もねえのに受け身なんて取れるはずがねえ。背中にくる衝撃は普通の人間の比じゃないはずだ。


「見事だ。閉めるぞ。」


「おう。頼むぜえ。」


ガンッ。大きな音を立てながらセリザワが防火扉を閉めた。復帰したクリーチャーが閉めた扉をガンガン叩いている。ざまあみやがれってんだ。


「思ったより楽に進んだが、これはササキのおかげだろう。」


そこに1つの発信が左耳に入った。


『スタンライさん。聞こえますか。女性クリーチャーの無力化に成功しました。』


オオムラという隊員がうまくやったようだが、その声は震えていて普通の感じでは無いことがすぐに分かる。無傷では済まなかったかもしれないな。


「シャルルからの返事がないぞ。あいつ、大丈夫か。」


彼らが何をしているのかは分からねえが返事がないのはあんまいい事じゃねえ。急がなくっちゃな。


『オオムラ。声が震えているが何があった。』


『クリーチャーと遭遇しました。私が引き付けて、その間に彼はすでに管制室に行っているはずです。私は右肩を食われました。』


『バカ野郎。なんでシャルルを1人で行かせた。』


『だって、しょうがなかった。シャルルさんの部屋の近くに鎮座していたんで、誰かがそうやって注意引くべきだったんです。それは私の仕事でしょう。』


「くっ。」


オオムラも本意ではなかったし、セリザワにとってはもっと悔しいこったろう。クワッド12を指揮して、作戦を遂行しているにも関わらずこの体たらくになってしまった。きっとあいつは自責に駆られてるはずだ。


『分かった。管制室へ急げ。可能な限り戦闘を避けろ。』


『ええ、もちろんです。』


俺らもクリアリングを行っているせいでどうしても時間がかかってしまう。シャルルが無事だと良いが。






「ねえ、そこのお嬢さん。こりゃ一体どういう状況ですか。」


しわしわの女性の声で話しかけてきたのは、少し見覚えのある顔だった。


「説明が難しいですが...うーんと、とりあえず公安のみんなが安全を確保していますよ。あなたがたを管制室に送るために。」


ああ、思い出した。D.G.氏の夫人だ。横にD.G.氏が居たから思い出したの。


私の一言で、ザワザワしていた乗客は多少納得したからか喧騒は落ち着いていった。こんな風に濁しても良かったよね。世界が終わりそうなのでフェリーをジャックしてます。なんて言えないもん。


「あらまあそうなんですか。公安さんも大変ね。ご苦労ねえ。」


「いえいえ、これが仕事ですから。今しばらく待ってくださいねご夫人。通り道を確保していますから。」


そうこうしていると、一連の会話が耳に飛んでくる。シャルルのことが心配になる。返事が無いなんて。何かあったら悲しいし私自身の無力さを痛感する。


「心配だなあ。シャルル...。」


乗客には絶対に聞かれない声で囁くしか無かった。今の私のできることは、ただ先頭の帰還を待つのみだった。と思っていたが、仕事はまだありそうだ。錯乱したであろう乗客が私を問い詰めてきたの。


「お、お前はそこでじっとして何をしてるんだ。公安は問題を解決してくれるんだろ。は、早く行けよ。」


見当違いの叱責に私は完全にブチ切れかける。公安に入ってから私ばかり怒られてるのが納得いかないよ。


睨み返して罵詈雑言の1つでも浴びせてやろうかって考えた。けど、こんなときシャルルならどうするかなと想像してみれば私の正反対のことをしてた。彼なら冷静に顔色1つ変えずにきっとこう言う。


「ええ。我々は公安機関の隊員ですから。こうして迫り来るかもしれない危機から皆さんをお守りしています。」


ふふ。うまく言ってやった。私にとってはかなりいい動きかも。錯乱した乗客はまた重ねて発言する。全く、黙ってそこにいれば命は助かるのに、面倒だなあ。


「そんなこと言って、自分が助かりたいだけなんじゃないか。だってき、君、さっきから何もしていないだろう。」


うっざ。もういい。私もそれなり行動で示してやろう。ホルスターから銃を抜いて、一発空中に打つ。パシュンと言う音がする。至近距離にいる乗客たちにはこの音が聞こえるでしょう。収まったはずの喧騒が取り戻されてしまったけど、仕方ない。


「拳銃にはセーフティがついてるの。私は戦えるようにそれを抜いてある。いつでも準備できてるってこと。つまり、貴方みたいな無粋な考えは持ち合わせていないよ。」


「君、じじ自分が何したのかわかってるのか。」


「今がどういう状況か、貴方もわかっていないみたいだね。」


さすがに黙りこくった。


私の覚悟が違うの。あなたとはね。自分可愛さで動いてない。






やっと管制室に着きました。扉を開けてみると、コックピットと思しきエリアに金髪の頭が見えます。


「す、スタンライくん。大丈夫ですか。ああ、酷い頭の傷だ。このままじゃ死んでしまう。」


訓練で応急処置は一通り学びましたが、道具もない。倒れてから時間が経っているから助かると思えません。一体誰がこんな酷いことをしたのでしょう。


「おい、オオムラ。何をしている。」


「セリザワさん。来てください。スランライくんがあっ。」


2人が合流してきましたが、私がスタンライくんを殺したと勘違いしているようです。駆け寄ってきてすぐに嫌疑は白になりますが。


「おい嘘だろう。こんなところで、あっさり...。」


ええ、人間が死ぬ瞬間というのはほんの刹那でまさにあっさりです。ノアでもないと助かりそうにもありません。私にとっては、彼の死がなんとも悔しく、そして恥ずかしい。守れなかったのですから。


「そ、そうだ。おふたり、どちらかノアを持っていませんか。」


無言で首を横に振る。ありえません。本当にどうして、彼だけ...。


「乗客をここに送るのはシャルルを治療してからの方がいいな。お前は手負いなんだから、1度俺に任せてくれ。応急処置をやるだけやってみる。」


「オオムラ。貴様も酷い出血だ。まずはその血を止めることに専念しろ。俺がやってやる。」


「ああっ。セリザワさん。助かります。ですが、本当に申し訳ありません。スタンライくんを守れなかった。私が未熟なばっかりに。」


「なに、過ぎたことは変えようがない。それに脈拍はある。まだ死んだと決まったわけじゃない。」


ガルネン氏が管制室に入ってきました。いつもの薄ら笑いでは無く、顔はシリアスです。私にはそれが神のようにも思えました。彼がノアを持っていたとしたら、スタンライくんは助かります。


「はあ、はあ。あらま、思ったよりも、被害は酷い、みたいだね。」


「スタンライが頭に重症を負っている。ガルネン。ノアを持っていたら打ってくれまいか。」


「ノアなら持っている。喜んで打つよ。でも、彼はすでに14回は打っている。もしかしたら新たにクリーチャーになるかもしれないよ。」


それでも僅かな可能性に賭けられるのなら、私は実行したいです。


「じゃあ、両足両腕を抑えててくれないか。僕は右腕、オオムラくんは左腕、タイガくんは右足、セリザワくんは左足だ。...よし、打とう。ちょっと痛いよシャルルくんっ。」


ブスリと聞こえそうな勢いでノアを注入します。この薬はとにかくすごい。レポートには体の至るところが回復すると書いてありました。脳の細胞だって治るでしょう。


薬が回ったのか、彼の全身が激しく震えます。一体どのくらいの力で抑えていればいいのでしょう。震えの具合は、その気になれば私を跳ね除けてもおかしくありません。一瞬でしたが長い時間に思えましたが、しばらく震え続けると止みました。いったい...。


「どうだ。ガルネン。どうなったんだ。」

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