19.サイクル

「腹が減っていることだろう。これを食べろ。」


投票の際に司会をしていた彼からの2度目の訪問だ。銀紙に包まれたブロック状のクッキーを持ってきたようだ。彼は自身をジン・セリザワと名乗った。


クッキーは悪い意味で公安の間で有名だ。それを1口食べれば、人間が活動に必要な栄養を一挙に摂取できる機能性に優れた携帯経口非常食だ。有事の際や訓練中にはこれを口にしたものだ。しかし、機能性を重視しすぎたあまり味が悪い。一言で例えるならば吐瀉物の味がする。


「本来ならばレストランの豪華な食事を一人一人に支給してやりたかったが、貴様らは表向きは捕虜だ。クワッド12との関係を疑われては、今後動きにくくなるためこれで許しくれ。ほら、水もあるぞ。」


罰ゲームのように扱われる非常食。彼の言うことは正しい。公安出身の俺たち3人はこれを嫌というほど食べた。その記憶が思い起こされて今もしかめっ面を浮かべる。まるですでにそれを口にしたかのように。


「あはは。なんだい3人とも。その変顔は。ありがたく頂こうじゃないか。捕虜にしては破格の応援だよ。公安さんありがとう。」


銀紙を剥がして、ガルネンは顕になった茶色とピンクのクッキーを小さく1つ口にした。もう色からしてこの食べ物には全くセンスがない。


「ああ、すまないガルネン氏。言い忘れていたが....。」


「んん。うえ...。」


「それは不味過ぎるゆえに注意が必要...。」


ガルネンも俺たちと同じようなしかめっ面になってしまった。これだから食べたくないと言うのに。


「ふふ。ああ、もう口にしてしまったか。ちゃんと咀嚼したまえよ。」






「うえー。ホント最悪。まだ鼻の奥で刺激臭がする。」


なんとか全て胃に入れて、落ち着いた我々は身柄解放後の作戦について話し合うことにした。味方であるセリザワ隊員には、この情報を共有しておかなければならない。


「その作戦は悪くないな。しかし、問題は我々の貴様らの身柄の解放をする際に不利な点が生じることだ。


我々は貴様らを解放する際、混乱を発生させ、それに乗じて解放するという手筈だ。彼ら6人は武装しており、貴様らは丸腰だ。解放するまでは6対3で戦うことになり、普通のやり方では勝てない。」


「混乱って何するつもりなの。」


「クリーチャーを使うのだろう。」


「その通り。2体のクリーチャーを解放し、火災警報を鳴らす。乗客に危険は及ばないし、彼らも立場があるゆえに乗客を守るため固まって行動する。貴様の持っていたこの檻の鍵が役に立つわけだ。」


じゃらじゃらと音を立ててそのリングが姿を表す。


「なら、少々作戦に変更を加えよう。彼ら6人の持つ銃に細工をして、消音器を無効化して頂けないか。クリーチャーは研ぎ澄ました五感を駆使して我々を襲ってくる。敵に敵をぶつけることが出来れば、我々4人はもっと動きやすくなる。」


「難しいが、やるだけやってみよう。」


「シャルルくんを守ることも忘れちゃいけないね。もし、公安さん6人を殺してしまえば、クリーチャーは完全に僕たちを襲う兵器だ。この作戦の絶対最低条件はシャルルの無事だよ。」


「貴様ら2人は、卒業試験で体術において非常に優秀な成績を収めていると耳にしたぞ。加えてクリーチャーとの実戦経験もある。期待しているぞ。」


「は、はい。」


「任せてくれ。」


セリザワ隊員は我々に新しいインカムを4つ配った。出動中に使っていたインカムとは違う型だ。


「このインカムは身柄を解放された際に付けろ。そうだ。作戦にネームを付けよう。言いやすい内容で付けてくれ。」


全員が唸って考えるも、あいにく生憎と名付けの経験が無いため良い案が浮かばない。


「CMFJなんてどうかな。」


「ララ隊員。CMFJとは。」


「C.シャルルをM.守ってF.フェリーをJ.ジャック作戦よ。」


全員が額に手を当てて溜息を漏らした。まるで捕虜とは思えない呑気さだ。


「何よ不満なの。じゃあいい。別のにしよ。」


「いや、それでいいと思うが。他の語彙とも被ることはないし、インカムで聞き間違えることもないだろう。」


かくして、我々はCMFJ作戦を立案し、後日に決行することになった。






セリザワ隊員との密会は終了し、我々はただ談話していた。ララはこういうとき、話し上手だ。話題は尽きない。


「シャルルの夢の実現まで、あともう少しってところだね。」


「ああ。代償は大きかったが、もう少しで叶う。」


「シャルルくんには夢があったのかい。聞かせてもらってもいいかな。」


「まあ、隠すことでもないし話してもいい。」


俺は元々、なにも持ってない孤児だったことは先述の通りだ。孤児院を抜け出して、半殺しにされたときに生まれた欲望。ただ、そうだったら良かったのになと思っただけだった。きっとそれは誰もが考えたことがあるだろう。空が飛べたらいいのに。とか、飽きるほどお菓子に囲まれたいとか、そのくらいに稚拙で取るに足らない考え。俺の場合、半殺しの痛み耐えていた瞬間からこのときまで、不老不死になれたらいいのに。と朧気に考えるようなった。不老不死はまさしく当時の俺にとって一縷の光であった。また、何も持たない俺に価値を見出すにはそれしかなかったからだ。


俺の朧気だった渇望は身体とともに大きくなり、不老不死という淡い期待は完全に夢となった。その夢は叶えるには程遠いようで意外と近しい。そのために、医療の発達した日本に来て、医療を専攻したのだ。この船に乗って、実現のチャンスは思ったよりも早く訪れてしまった。本当にあと少しというところなのだ。CMFJをクリアーさえすれば、あとは機運に任せてノアを打つのみだ。たったこれだけでいいのだ。


「そうか。そういう経緯があったんだね。大変な人生だったね。そして今も大変だ。」


「じゃあ、ノアはシャルルにとって夢を実現するためのキーアイテムだったんだな。」


「ああ、そういうことだ。あれは俺にとって直通の切符のように見えた。」


キーというのは必ずどこかで存在する。ノアにとってのキーが神父やガルネンであるように、公安にとってのキーが俺であるように、俺にとってのキーがノアであるように、電流にとって電子がキーであるように、物質や物理でもうまく説明はつかないほどに重要なキーが必ずどこかに存在する。このキーはサイクルを生み出し、世の中の総てのコトを回す。キーに依存され依存し、我々は今を生かされているのだ。


「必ず、CMFJは成功させる。させたい。させなくちゃならないんだ。」

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