18.思わぬジャック
このように拘束されてから、一晩が経った。本来であれば日中、我々は出動すべき時間だったがこうして閉じ込められている以上したくてもできない。
「こんなにシャルルくんと長い時間会っていたのは、初めての経験だね。」
全員の気分が少々落ち着いてきたのか、ガルネンはいつもの軽口に戻っている。
「不本意だが。」
「というか、シャルル。この間まで体調が芳しくなかったのは、あのレポートを書いていたせいなのね。」
「無意味だったが、要するにそういうことだ。カルテを読み漁っているだけで体調不良になるほど俺はヤワじゃないぞ。」
「合点がいったって話よ。確かに私たちは自分の理論を他人に説明して、確証づける証拠が何もなかったもの。このことを予期していたの。」
普遍的な論文と比べて内容に乏しい上に信頼性にも乏しい。恥ずかしいからあまり掘り下げないでいただきたいものだ。
「もちろん予期していた。と言ったら嘘になる。あくまで、集団接種が露呈した際の手札の1つになると思って書き上げただけだ。本当にそれだけだ。」
「でも、私たちは感心した。シャルルはただクールなだけじゃなかったね。」
「....俺ほど感情が豊かな人間はいないと思うが。」
「あはは。それ、本気で行ってるのかい。ありえないよ。」
「俺はララ以上に腹割って話したことがあるが、こいつは結構、中身は熱い人間だと思うぞ。」
バカみたいな談笑が出来るのも、先々の状況を鑑みればこれが最後かもしれない。いましばらくの間くらいトークをしたって良いだろう。その矢先、俺たちの応接室にノックがあった。思わぬ来客に俺たちは一挙にピリついた。
扉が開いた。その影は執り仕切りを行っていた隊員だった。
「今更何の用だ。俺を撃っといてごめんなさいでもしに来たか。」
「失礼する。違う。貴様たちと少々話をしたかったのだ。突然の来訪を勘弁願いたい。」
彼の発する言葉はまるで捕虜に対する言葉遣いではない。敵ではないことを表す旗の色である。
「反対派の6人。彼らについて話したいことがあって、貴様らを訪問したのだ。彼らの、あー、貴様のレポートへ向ける目線の動きを見たか。」
「目線。そんなことまで気にかけてはいられなかったぞ。それが一体なんなんだ。」
自身の目を指して我々に何かを伝えたいようだ。
「A4コピー用紙にびっしり書かれたレポート。私は急ではあったが、しかと全て読んだ。彼ら6人はどうも違うように思える。レポートにある文章を隅々まで読んでいない。
目線の動きが左上から右下に向かってほぼ一直線だった。普通、そんな文章読むのであれば、目は左右に大きく何度も左右するはずだ。彼らのしていた読み方は速読術という。内容を理解するための読み方とは異なり、吟味をすることもなくただ内容を記憶するための読み方だ。」
「彼らはシャルルくんのレポートをちゃんと読んでいない。と言いたいのかい。」
強く何度も頷く。どこかに確証があるようだ。
「ああ。あの感じを見るに、始めから貴様たちに協力するつもりはなかったかもしれない。主張に聞く耳を持たなかったということだ。つまり、これは仕組まれた投票だ。とても公正ではない。」
「ということは、我々のノアに関する情報を利用し、自分らだけでも助かって、ついでに我々を公安へ差し出してイメージアップに...という魂胆でもあったのか。もしくは逆の手順か。」
「少なくともそれに近しい何かは計画してそうなニオイである。」
「あっきれた。この期に及んで、まだそんな自己中心的なこと考えてるわけなの。」
ララは憤慨しているが、俺は怒るに怒れない。何せ俺もそうやって生きてきたのだから。もしくは俺自身に憤慨しているようにも思えるみたいで何も言葉を発せられない。
「じゃあそのニオイを確信に変えてやるよ。俺が右肩を貫かれたのを覚えているよな。もう風穴は無いんだ。これだけ大きめの傷をものの数分で治した。ヤツら6人はどうやって治したと思う。」
隊員の顔は青ざめる。玉のような冷や汗だって流れていくのが見られる。彼の頭の回転は早いようだ。
「これは最早クロだ。彼らは明確な敵である。我々クワッド12は貴様たちの協力者だ。貴様たちの言うパンデミックの情報を、我々は信じよう。
機をみてクワッド12は動き出す。それまで貴様らはこの応接室でしばらくの休憩をするといい。」
その言葉により俺は緊張の糸が切れてしまい、首に力が入らなくなる。最近、何度も死線を見たせいか、どっと疲れが込み上げてきたな...。
「ああ...助かる。」
ドサッ、と俺は脱力してしまった。疲れで瞼が限界だ。寝てしまおう。
「って、シャルルくん。起きてくれ。どうしたんだ。」
「人騒がせだなあ。そりゃこんだけ忙しくしてりゃ気絶するように寝るだろうな。」
「シャルル隊員はレポートに関して、無意味だと言ったな。立ち聞きしてすまないが。」
「そうね。私はそうは思わなかったけど。」
「同感だ。
これは持論だが、この世に実らない努力など無い。実らない努力は努力ではない。彼の努力は、少なくともクワッド12の3人を揺さぶった。お涙頂戴の感情論では説得力が無い。彼のカルテを見て、我々は信用したのだ。」
「そうか。まあ、傍から見れば確かに俺たちは怪しかったのかもな。」
「...この世に無意味なことなど無いのだよ。シャルル隊員。」
空腹と腰痛で目が覚めると、俺以外の全員がすでに起きていた。ついでに微笑ましい目線を向けている。一体どうしたというのだ。
「ああ、起きたね。」
「ずっと同じ体制というのも疲れるものだ。ああ腰が痛い。」
「起き抜けで悪いが、シャルルくん。君はどうやってこの船を助けるつもりだい。今までの口ぶりから察するに、それなりの考えがあると思うんだ。船は今も自動操縦でモナコへ向かっているよ。あと3週間後には着くだろう。」
「ガルネン。貴様は俺の専攻分野を覚えているか。」
「もちろん。医療だろう。」
「ホワイトハックと、医療だ。」
ハッキングに関しては医療ほど知識が豊富なわけではないが、知識はある。
「これは失念していたね。つまり、船舶の自動操縦システムに侵入して、モナコへ到着せぬようできると。」
「もっと細かく言えば、我々の船をパンデミックの届かない安全な島なり何なりに届けることも出来るかもしれない...。システムの構造を覗いたことはないが、可能性が十分にある。」
「あはは、話が完璧にテロリストのそれになってきた。フェリージャックするんだよね。なんか悪いことしてるみたいで盛り上がってきちゃうなあ。」
「言い方は悪いが、傍から見ればまさにそうなる。」
この作戦のミソは自動操縦システムに干渉出来るかどうか。ここに掛かっている。我々のようにジャックしようする人間がいることを想定して、セキュリティはどう考えても甘くない。そして邪魔入るか入らないかも作戦成功関わってくる。
あまり自信はないが、やると言ったからにはやるしかない。
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