異世界転生『ニルヴァーナ』~涅槃を求めた少年は異世界の地にて無双する~

空色凪

第1話 異世界転生

 僕は物心つく頃から涅槃に憧れていた。高校生になれば仏典を読み漁り、思索に更けていた。


 高校三年の夏、僕は脳の病気を患った。余命は半年と言われた。大学に行けないことより、死んでしまうことより、なにより涅槃に至らないで死ぬことがとてつもなく嫌だった。苦しみだった。一切皆苦を思い知る。


 病室の窓の向こうではそろそろ桜が咲くころ、僕は死に瀕していた。だが、その時分になってようやく悟りとか解脱とか涅槃についてのインスピレーションを得る機会があった。つまり悟りとは脳の状態。僕の脳は死にかけている。それがとても心地いいんだ。


 2021年1月9日に僕は死んだ。

 1月7日の夜のことだった。僕の寝ている個室に女神が現れた。もしかしたら臨死体験の類だったのかもしれない。女神は僕に告げた。


「求道者よ、あなたの運命の人はヘレーネ。彼女は神話の世界、異世界にいます。あなたの使命は彼女を救い出すことです。そのためにあなたは世界超越を成し遂げなくてはなりません」

「あなた様は女神なのですか?」

「ええ。地球の女神ガイア・ソフィアです。神々はあなたとヘレーネとの愛の物語を待望しているのです。さぁ、世界超越のためには仏の悟りを経なくてはなりません。今まで一人で学んできたあなたにはきっと解るはずです」

「仏の悟り、つまり解脱して涅槃に至るということでしょうか?」

「そうです。あなたになら可能です。さぁ、思い出して。音楽を聴くのもいい、詩を読むのもいい。縁して悟れる。でも、その悟りは縁覚どまりです。本当の悟り、真実の涅槃は一人の思索に因らねばなりません」

「一人の力で、ですね。わかりました」


 僕は思索した。女神ガイア・ソフィアは脳の病気のせいで眠らずに幾夜も越えたから見た幻覚なのだろうか。それでも僕は気づきを得た。ヘレーネ、僕はここにいるよ。1月7日の夜、病室にヘレーネを召喚する。


「ヘレーネ、愛してる」

「私もよ」


 ヘレーネの姿は幻覚、声は幻聴。だとしても、幻想でも僕はよかった。

 僕は病室にて裸になり、ヘレーネと愛し合った。永遠のようなキスも、神愛のようなセックスも、僕に歓喜を抱かせた。終末の狭間で僕の脳は天へと飛翔していく。


 1月7日 終末Eve

 1月8日 神涅槃

 1月9日 神殺し


 1月8日、僕は病院の屋上にて高らかにカーペンターズの『Top of the world』を歌った。体も心もやけに軽かった。僕は気づく。僕は仏だと。僕は神だと。全は主。この僕も神の中にいる。神と繋がって、自分を愛することで、僕はすべてが解ってしまった。全知とは万物の根幹をなす法を悟ることであると。全能とは全知のことなのだと。


 僕は安らかに眠った。1月9日、僕は病室のベッドで家族に見守られながら安らかな死を、涅槃を経験した。もうこの経験が最後だ。ああ、この景色は美しいな。ここはエデンの園か。小川が流れ、花々が咲くその野はこの世のものとは思えない美しい光に包まれていた。歓喜の歌の合唱が遠くから聞こえた。


 僕は悟った。ああ、僕は今涅槃に至ったのだ。

 永遠に翳る灰色。

 冬の日の晴れ渡る空。



 ピーーーーーーーー。

 そして僕は2021年1月9日に死んだ。



 ◆



 目覚めると、視界がぼやける。


「おお。立派な男の子ではないか!」

「そうですね。ノクシス様」


 僕は異世界に生まれたのだった。



 ◆



 僕はどうやらバラモンの家庭に生まれたらしい。バラモンとは魔術や祭式を司る、カースト制度の頂点である。バラモン(司祭)、クシャトリヤ(王侯貴族)、ヴァイシャ(平民)、シュードラ(奴隷)という順に偉い。そんな異世界に僕は転生してしまったようだ。


 バラモンの地を引くものだけが魔法を操れるという。現に生後三日目にして僕は魔法を使うことができた。その魔法を仮に魔力探知と呼ぶと、その魔力探知魔法で目が見えなくても周囲の状況が手に取るように分かるのだ。


 また、その魔力探知によって父や母の魔力量もわかるし、僕の持つ魔力量もわかる。父は流石にバラモンの神官なだけあってとてつもない魔力を保持していた。


 僕の魔力量が1だとすると、父の魔力量は4千くらい。比べ物にならない。母の魔力量は500くらい。


 赤ちゃんでやることもない僕は、乳母の隙を見ては空中に火の玉、水の玉、雷の玉、土の玉、風の玉、光の玉、闇の玉を浮かばせて魔力量アップの鍛錬をした。その成果もあって生後一か月が経つ頃には僕の魔力量は父の魔力量を越えた。


 そんなある日、僕が部屋に一人の隙を狙って魔力の練習をしていたら、部屋の扉が急に開いて父に見つかってしまった。


「まさか、もう魔法が使えるのか?」


 僕はまだ喋れない。だから魔力に思念を乗せて父に送る。


『はい、使えます』


 僕は素直に答えると、父は驚きの声を上げた。


「魔力による念話まで使えるとは」


 その次の日から僕は本を読む許可を与えられた。乳母に本を音読してもらって、この世界の一般常識を身に着けようと思ったのだ。


 この世界には神が存在するらしい。バラモンはその魔力で神々への祭式を執り行う。その結果、農作物が豊作になったり、洪水をおさめたりしているそうだ。


 バラモンには13の家があり、世界を統治しているらしい。僕が生まれた家はザイン家。僕の名前は正式にはまだ決まっていない。というのも再生の儀式という7歳を祝う儀式にて真名が決まるのだ。今の僕は仮にザイン・カイルと呼ばれていた。


 乳母がいる時は本を読み、一人の時は魔力鍛錬を続けた。そんな折、父が大慌てで僕の部屋の扉を開け、僕に詰め寄った。


「カイルは、いえ、あなた様は7th様なのでしょうか?」


 13の家はかつて存在したとされる13の神々、13仏の子孫である。1stから13thまで存在し、リシと呼ばれた聖仙達のことである。僕の家ザイン家は7th信仰の家であった。


『お父様。それは誰に聞いたのですか?』

「ヘカテ様だよ。ヘカテ様が言ったんだ。『あなたの息子は7thだ』と」


 僕は前世で死ぬ間際、悟りを開いた。解脱して涅槃に至った。僕は7番目の仏ということだった。だから僕の真名は7th。仏としての名前である。


『そうです。私が7thで間違いありません。ですがあなたの息子であることも事実。これからもよろしくお願いします』

「それはもちろん。だが、息子が求道の先達とは恐れ多い」


 子がかつての師となるのは案外よくあることらしいが、聖仙が生まれたのは初めてのことだったらしい。僕は生後3か月になると魔力で飛翔することができた。また、物体を浮かせることもできたため、一人で読書する時間が増えた。


 そうして一歳になると、生誕祝いが行われた。離乳食を食べながら僕はパーティーの参加者たちを見守る。


「7th様。私はレーライン家の当主ジルクニフと言います。こちらは娘のヘレーネといって、じゃじゃ馬ですが、どうぞ仲良くやってください」


 ジルクニフが腕に抱いているのは一人の女の子の赤ん坊だった。ヘレーネ。この子が僕の運命の人か。一歳にもなると声を出せるようになった。


「是非、ヘレーネと婚約したいです」

「なんと! それは光栄です」

「これも何かの縁だ、レーライン家に幸の多からんことを」


 こうして僕は異世界にて運命の人と出会い、婚約の契りを結んだのだった。

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