第20話『英雄神話の始まり』


 豪華絢爛な印象の謁見室。

 そんな謁見室の王座にて、王の御前で跪いている人物が六人と、その六人を囲む様に多数の貴人が居る。

 

 最初こそは、周りにいる貴人がコソコソ話をする、その程度の静寂に包まれて居た。

 ──あの黒髪黒目の者は誰だ?

 ──しかも、姫様そっくりの衣服を纏っているぞ。

 ──でも、ちょっとだけ私の好みかも。

 ──いや、それな?

 ──お前は男だろ!

 そんな感じの、何処か朗らかな空気感が、周囲に居る貴人からは漂っており。

 その反面に、王の御前に居る六人からは、張り詰めた重い空気が漂っている。

 

 しかし、遂に王と見知らぬ男の謁見が始まると、周囲の貴人の朗らかな空気が、一転したのだ。


「名をハルト・タカハシ。この命を拾ってくださった、慈悲深い女神様にこの世界を救う使命を賜り。この指輪と共に、異なる世界より馳せ参じた。使徒に御座います」

 

 見知らぬ男は、ただの姫Tイケメンじゃなかった。

 なんとその男は、この世界を救う為に、志向の存在である女神様から遣わされた、──使徒だったのだ。

 

 この世界には、尊き者が二つ存在する。

 一つ。国であり世界であるグレースを纏め上げる、我等が現人神ことグレース王。

 二つ。この世界を創造せし我等が始祖であり、我等が生命体の母、──女神ヘラ様である。

 グレースの民は、この二つの尊き者を柱とし、信じて生きているのだ。

 

 しかしながら、そんな柱の中にも当然、信仰心を捧げる優劣が存在するのだ。

 女神ヘラ様こそが全てであり、絶対である。と全種族共通の認識として……。

 

 よって、女神ヘラ様の使徒を称える者への介入は、凡人であるグレース王には赦されざる、──神意なのだ。


◆◆◆


 ザワザワとした空気感。

 騒がしい空間の中で跪いている僕は、心臓がはち切れそうな程にドキドキしていた。

 ──高鳴る鼓動。

 ──震える手足。

 ──荒らげる呼吸。

 ──垂れ流れる汗。

 それらが僕の不安感を、より一層強めていく。


 ヤバい、緊張で吐きそうだ。

 マジで何も考えられない……。

 

 そんな感情が、僕の心身を蝕んでいるときだ。

 当惑を見せている僕の視線が、愕然とした表情のエマを捉えたのだ。

 その瞬間に何故か、僕の右手の薬指から、得体の知れない力が全身に伝わってくるのが分かった。


(なんか、大丈夫な気がする……)


 そう思ったときだ。

 周囲の貴人達が、胸に手を当てて跪いた。

 凛々しくも毅然とした、何処か品位すらも感じさせる様な、そんな立ち振る舞いである。

 

 しかし、──訳が分からなかった。

 

 だってそうだろう?

 何故今になって、跪く意味がある?

 品位を感じる立ち振る舞いに圧倒されつつも、その行動に対する根本的な理由が分からないのだ。


 しかしその理由は、直ぐに知ることになった。


「女神の使徒、ハルトよ。そなたに使命を下したのは、女神ヘラ様に相違無いか」

 

 何とグレース王が、王座から降りて来たのだ。

 力強く足を踏み締める王は、一歩ずつを雄々しく、されど丁寧に、此方へと歩んで来る。

 その表情は鋭く、何かを違えれば殺されると、そう思ってしてしまう程だ。

 だが、今の僕が動じることは無い。

 何故ならそれは、僕に得体の知れない力が、その背中を押す様に湧き上がっているからだ。

 ならばこそ、僕は毅然とした態度で居ることが出来る。


「はっ! 相違御座いません!」


 目前に立って此方を見下ろす王を、キリッとした表情の真摯な眼差しで、真っ直ぐ見据える。

 長い様で短い、たった数秒間の静寂。

 その静寂の中で僕は、王の深くて綺麗な緋色の瞳と、何も無い無言のまま見詰め合っていた。


(大丈夫。きっと、大丈夫)


 そう思ったときだった。

 まるで値踏みをするかの様に、此方を鋭い眼差しで見ていた王が、柔く微笑んだのだ。


「そうか……」


 そう言った王は跪き、優しい声で言葉を紡ぐ。


「我等は……心の何処かでは、もう叶わないのだと、そう諦めていた。王である我ですら、だ……」


 周囲からは、啜り泣く声が聞こえてくる。


「この世界の心は、既に疲弊しきっている……。どんなに楽しげに笑っていたとしても、その心の中では絶望に喘いでいるのだ……」


 このとき僕は、ここまで来る時に出逢った。

 何処か楽しげに笑っていた民衆と、例の姫Tの女の子のことを、心とも無く思い出していた。

 

 僕だって、不思議には思っていたんだ。

 何故この人達は四年後に滅ぶのに、こんなにも楽しそうにしているのだろうって。

 でも、あまり深くは考えなかった。

 僕なんて、引き篭って居たときに笑った記憶が、一回足りとも無いのだ。

 だからこそ、フィアナ騎士団のみんなも含めて、楽しそうに笑っている人達を見て、何とも思わなかった。

 

 ──辛くないなんてこと、ある筈が無いのに。

 

 辛い、苦しい、切ない、痛い、悲しい……。

 みんなの笑顔を思い出す度に、涙が溢れ出てくる。

 冷たい涙がポツポツと弾ける様は、まるで、美しい薔薇が枯れる瞬間みたいに儚くて。──痛々しい。


 しかし、そんな痛々しい感情は、手に触れた温かな感触に包まれて、蒸発する様に絆されたのだ。


「だからこそっ……たった一人の愛娘が決死の覚悟で、運命と戦っているときに……こうして、王座に座ることしか出来ない凡庸な我の代わりにっ……どうか、頼む。我の大事な民衆を……尊いこの世界を……救ってはくれまいか……女神の使徒ハルトよ…………」


 王の口から出て来たのは、冀求ききゅうを縋る言葉だった。

 そこには、一国の王として民を想う気持ちと。一人の父親として、娘を想う気持ちがあった。

 それは、王のモノとは思えないくらいに惨めで。王のモノとは思えないくらいに、──優しかった。


(こんな僕なんか、に…………って、駄目だよな。自分で自分を卑下しちゃ……)

 

 引き篭っていた様な、そんな自分に……。

 引き篭って親を泣かせた、そんな自分に……。

 自分に自信が無い様な、そんな自分に……。

 一体何が出来るのかは、微塵も分かりやしない。

 

 でもっ、それでもっ……。

 ただ自分を恨んで居た様な僕が、誰かの幸せを、誰かの笑顔を守れるのなら……。

 

 内に秘めていた筈の想い。

 それは、微かな声と共に漏れ。

 みんなへと、風に吹かれて飛んでいく。


「僕は、誰かの役に立ちたいから……」


 ──僕、戦うよ。


 決意を乗せた言葉は、無い筈の風に吹かれ、空へと舞い上がって行った。


「感謝する…………」

 

 コレが僕にとって、どんな未来への選択肢なのか、想像すらもつかない……。

 でも、それでも……これで良かったんだ。

 だって現在の僕は、きっと……。

 誰かの役に立てる様な、そんな、自分を誇ることが出来る一端の人間に、慣れる様な気がするから……。


 ここから僕の物語は、始まりを告げたのだ。

 

 これは元ヒキニートの僕が、頼れるフィアナ騎士団の仲間達と共に、ダンジョンを攻略して世界を救う。

 そんな、僕達の成長と戦いの四年間を綴った、最強カップル使徒と神姫の英雄神話だ。

 

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