第21話『ごちそうさまでした』


 王との謁見を終えた僕は、フィアナ騎士団の面々と、城の談話室で座りながら話をして居た。


「あのー……エマさん」


「何だ」


「どうして僕のことを睨んでるんですか……」


 談話室に入った途端エマが、僕のことをジト目で睨み付けてくる。

 

 僕、何かしてしまっただろうか……。

 さっきからエマが、すごーく睨んでくる……。

 あぁ……でも、そんな顔も可愛いなぁ……。

 

 男とは好きになった女の顔なら、怒っていても可愛いと思ってしまう様な、悲しき生き物なのである。

 そんな悲しき生き物である僕が、頬を赤く染めながら睨んでくる訳を聞くと、エマがその口を開いた。


「私、ハルトが使徒だって聞いてないんだが?」


「それは余も同じよ。あの場で聞いたときは、口から心臓が飛び出るかと思ったわ」


 あぁ……そう言えば、そうだったかも知れない。

 正直なところ僕は、自分のことを話すよりも、フィアナ騎士団みんなのことを聞きたいのだ。

 だからこそ自分のことは、必要なときや、誰かから聞かれたときにしか答えないし。そもそも、単純に言うのを忘れていた。

 ならばここは、謝るのが誠意と言うものだろう。


「すみません……エマさんとアルテミスさんがダンジョン内で寝ているときに、他の三人には話したんですが……普通に忘れてました……」


 ははは……そう微笑しながら、頬をポリポリとかく僕。

 そんな僕の謝罪を聞いた女性陣二人は、冷や汗をかきながら目を背けてる男性陣三人へと、その視線を向けた。


「ほう? 副団長アキレウス。何か申開きはあるか?」


「滅相も無いっす!!」


 テーブルに頭を打ち付けたアキレウス。


「ヘファイストス。そなたはどうじゃ?」


「滅相も御座いませんじゃ!!」


 テーブルに頭を打ち付けたヘファイストス。


「「プロメテウス?」」


「何でボクは二人から!!??」


 テーブルに頭を打ち付けたプロメテウス。


「えぇ……」


 三人でテーブルに頭を打ち付ける様子を見て、滅茶苦茶ドン引きをしている僕。

 そして、威風堂々とした佇まいの女性陣二人。

 そんな、ギャグとも修羅場とも思えるシーンは、約数秒間続くことになる。

 

 やがて男性陣三人への、女性陣二人から『報連相欠如について』の説教が終わると、エマが溜息を付いた。


「はぁ……すまないハルトよ、この様な情けない姿を見せてしまって」

 

「い、いえ……それにしてもみなさん、僕が女神の使徒だって言っても、全然疑わないですよね……? 僕としては信じて貰えて嬉しいんですけど」


 僕は正真正銘の使徒である。

 しかしそれは、他の人が知る筈無いのだ。

 なのにみんなは、僕が自分のことを『女神の使徒』だと言ったら、直ぐに信じてくれた。

 普通なら、そんなことある訳無いだろうと、疑って掛かるものだと思う。

 だからこそ僕は、気になるこの事実が、頭の奥底で引っかかっていたのだ。

 

 ──みんな信じ過ぎじゃないか?

 そう、心の何処かで不安げに……。

 だがその不安は、エマのたった一言で、掻き消されることになる。


「あぁ、そのことか。それなら簡単だ、指輪だよ」

 

 エマは僕の指輪の一つ。

 権威の指輪ヘラを指差している。


「ん? コレがどうかしたの?」


「ん……? ハルトはソレが見えないのか?」


 疑問に疑問で返されてしまった……。

 はて、エマの言うソレとは何のことだろうか?

 幾ら転生時に色々知ったからと言って、この世界の全てを知った訳では無いのだ。

 だからこそ、僕が知らないことが合っても別に不思議じゃないし。逆に知らないことが無い方が、怖くすらある。

 知らないことは、素直に知らないって言おう……。


「はい……ただの指輪にしか見えません……」


 指輪を見ながら「見えない」と、そう言うと。

 綺麗な白肌にタンコブが出来ているアキレウスが、絵に描いた様なポーズで、その驚きを顕にした。


「えぇー! マジで見えないんすか!? その魔力!!」


「ねーっ! 凄い魔力だよね! ボクと団長のより、ふたまわりくらい濃いよ!!」


「・・・魔力?」


「なんじゃ? お主、魔力も知らぬのか?」


 魔力とは何だろうか……。

 いや……正確には魔力は知っているのだが。

 この指輪と魔力の関係性…………あっ!!!


「どうした? そんな、ハッとした表情をして」


「もしかしてこれ……ヘラ様の魔力では?」


「「「「「……………………っ!!」」」」」


 怖々と言った言葉。

 その言葉を聞いた五人は、口を開けて唖然とし。

 何かを理解したアキレウスが、僕に迫って来た。


「マジっすか!?」


「マジ……」


 僕の両肩を、アキレウスの両手が掴んでおり、ぎゅっとしているからか、割かし痛い。

 僕のことを真剣に見詰めるアキレウス。

 そんなアキレウスに僕が苦笑いしていると、エマが割って入って来て、同じく肩を手で掴んだ。


「ヘラ様の魔力とは、そそそそ、それはどーゆー!?」


「え、えぇーっと……簡単に言うとコレ。ヘラ様の魔力で作った指輪なんだよ」


「そ、それはホントか!!」


 まるで、少年の様に燥ぐヘファイストスさん。

 そして、更に唖然とした表情をしている四人。

 この差は何て言うか、凄く異様だ……。

 そんな異様な光景に僕がクスッと笑うと、目を輝かせたヘファイストスさんが、僕の手を取って指輪を見た。


「凄いのお……凄いのお……なぁハルトよ……これ、ワシが分解して良いか?」


 凄く純粋無垢な目をしてる……。

 コレを断ることは、日本人の僕には出来、な……


「やめんか戯け!!」


「いだっ!!」


 あっ……アルテミスさんが、ヘファイストスさんにゲンコツをした……。凄く痛そう……。


「うわー……痛そうっすね……」


「そうだね……」


 痛そうが過ぎて、ゲンコツされて無いアキレウスとプロメテウスが、自分の頭を手で抑えている。

 その姿は何処か滑稽でありながらも、アルテミスさんの強さを表している、脅威のポーズでもあるのだ。

 そんなポーズをしている二人を横目で見つつ、頭を抑えてしゃがんでいるヘファイストスさんを心配した。

 

「大丈夫ですか?」


「くぅーっ……アルテミスのゲンコツは効くのお……おかげで頭が冷えたわい。アルテミス、ありがとうのお」


「ふんっ、余に打たれたことを光栄に思え戯け」


「それで、ヘファイストスさん大丈夫なんですか?」


「あぁ、ワシは大丈夫じゃよ。ハルトよ、心配してくれてありがとうのお……」


 そう言ったヘファイストスさんは、僕の頭をそっと優しく撫でると、アルテミスさんの手を取った。


「なっ!? 何をするヘファイストス! よよよ……余の手を取るなど!!」


「そう言うなアルテミス……お主の綺麗な手を、こんなに赤く腫らしてよぉ……大丈夫じゃないのはお主の方じゃ」


「……っ!?」


「今治すからのお……治癒魔法ヒギエイア


 ヘファイストスさんが魔法を唱えると、辺りを柔い光が照らしだし、魔法の効力を発揮する。

 

「お主の手はワシと違って綺麗なんじゃ……ワシの為に、そう無下にするもんじゃないわい」


「ふっ……ふんっ! 別に無下になどしておらぬわ! どうせ直ぐに、何処かのお節介が治癒してくれるからの!」


「そうか……」


 そっと微笑むヘファイストスさん。

 無自覚でデレを全開にしているアルテミスさん。

 このコンビは何て言うか……うん、尊い。


(ごちそうさまでした)


 心の中で手を合わせていた、そのときだ。

 ──コンコン。と、ノック音が聞こえて来た。

 ガチャリと部屋の扉が開くと、城で働いているメイドが扉から入って来る。


「ご歓談中に申し訳御座いません。使徒様のお部屋の準備が終了致しました」


 そう言って一礼したメイド。

 その姿は凛としており、美しさすら在る。


「ありがとうございます」


「それでは使徒様。お部屋に御案内致します」


 はい。そう言おうとしたときだ。

 エマが、先に言葉を発したのだ。


「いや、私が案内しよう」


「承知致しました」


「あぁ……メアリーは休んでいてくれ。ハルトもそれで構わないだろう?」


「うん。僕は大丈夫だよ」


「分かった。それでは行こうか」


「ありがとう! みんなもまたね!」


 そう言って部屋に入った僕は……

 ──バタッ。倒れたのであった……。

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