第6話『ガールミーツボーイ』
「…………カハッ!!」
痛い、身体中がズキズキと痛む。
「ひゅぅっ、ひゅぅっ、ひゅぅっ……」
肺が破裂したのか、上手く、呼吸が出来ない。
「……………………」
一体、何が起こったと言うのか?
下を向いていた視線を、部屋中に向けてみる。
まず最初に視線を向けたのは、仲間であった。
仲間は……ははっ、私を心配そうに見ているな。
アキレウス、そんな怖い表情をしてどうした?
案ずるな、大丈夫だ。──
剣を手に壁に寄りかかり、虚ろな目で微笑んだ私は、他の物へと視線を向ける。
他に何か変わったことがあるのか?
部屋の地面は……ふむ、何とも無いな。
切り落としたヒュドラの首は……五つ共ちゃんと落ちているし、動いた形跡も無い。
では、──何が原因なのだ?
そう思った私は、ヒュドラ本体に目を向ける。
「…………………………っ!!??」
変わっていたのは、ヒュドラの首だった。
私が
私は声が出せなかった。
この気持ちを一言で言うならそう、──絶望だ。
だってそうだろう?
ヒュドラの首を落とさなければ、超広範囲かつ、超強力な毒のブレスが飛んでくるのだ。
しかも、その首というのは九つもあり、切り落としても再生するオマケ付き。
これを絶望と形容せず、なんとしようか。
だが、同時に希望もあった。
その希望とは、私が
つまりヒュドラの首というのは、肉が燃やされることによって、その再生力を失うのだ。
しかし攻略法を知ったところで、依然絶望的である。
重要な火の魔力を使えるのが、倒れている私と、魔力切れ寸前のプロメテウスだけなのだから。
プロメテウスが、魔力切れ寸前の理由は一つ。
『魔力解放』と『神器解放』をしたことで、膨大な魔力を消費したからだ。
魔力には三つの特徴がある。
一つ。──体内に許容できる魔力には、その人の才能によって限界があること。
二つ。──魔力の許容量は、
三つ。──魔力とは、大気中にある魔素を吸収し、体内で変換して出来たエネルギーであること。
これらが、魔力の大きな特徴だ。
つまり魔力と言うのは、使えば使うだけ消費され、その回復には時間を要するのである。
そのため、膨大な魔力を消費し、魔力切れ寸前のプロメテウスには今、魔力を使うことが出来ないのだ。
(………………不甲斐ない)
私は自責の念に押し潰されつつ、ヒュドラと戦い続けている仲間を、ボヤけた視界に捉える。
魔力が枯渇し指示役に回った、──プロメテウス。
短剣の方の神器を解放し肉薄する、──アルテミス。
土の精霊魔法での支援に回った、──ヘファイストス。
私が心配なのか此方へ寄って来る、──アキレウス。
流石は私の仲間だ、誰一人として諦めていなかった。
ボヤけていた視界が、徐々に暗く染まっていく。
やがて、完全に意識が無くなると、気力だけで抑えていた身体が、地面へと倒れていった。
──ガタッ。
剣が落ちる音がした。
(みんな、すまない………………)
意識が途絶える瞬間に聞こえたのは、頼れる仲間の、悲痛な叫び声であった。
◆◆◆
意識が覚醒し、ピクリと身体が動く。
口の中から、乾いた土と血の臭いがした。
「カハッ…………ゴホッゴホッ」
身体中がズキズキと痛む。
だが、立てない訳では無い。
(早く立ち上がって、私も戦わなくては…………)
腕に力を入れて、何とか立ち上がろうとする。
地面と向き合っている顔を、少しずつ上げていく。
「(みなは今、どうなっているんだ。)…………くっ」
土を握り締め、足に力を入れる。
近くに落ちていた剣を支えに、何とか立ち上がった。
「ひゅぅっ……ひゅぅっ……ケホッ! ゴホッゴホッ!」
まだ破裂しているのか、肺が苦しい。
私は自分の肺に手を当てると、魔法を詠唱する。
「ひゅぅぅ………………
膨大な魔力を使用することで、死亡後直ぐなら完全な蘇生すらも可能な『
魔力のエネルギーを身体の再生力に変換し、自分の身体を超高速で治癒する。
魔法を唱えてから直ぐに、身体の痛みが無くなり、元通りの呼吸が出来るようになった。
弱々しく剣を握っていた手に力を入れ、虚ろだった目に希望の光を宿す。
「よし、これで私も」
そう呟き、私が顔を上げたときだった。
『ク"ル"ァ"ァ"ァ"ァ"ァ"──~─~ーーッッッ!!!』
──ドカンッッッッ!!!!
忌々しい咆哮と共に、ヒュドラの首に鞭打たれたアキレウスが吹き飛び、壁へと叩き付けられたのだ。
「……………………グハッ!!!」
壁に叩き付けられたアキレウスは、力強く握っていた筈の槍を落とし、地面に倒れる。
そんなアキレウスは……
身体の至る所が、ボロボロだった。
綺麗な金髪が、赤く染まっていた。
ピクリとも、動かなくなっていた。
(一体、何が起こっているのだ……?)
何もわからない私は、部屋中を見渡した。
首の全てが再生しているヒュドラが居た。
ヒュドラは、アキレウスにトドメを刺そうとしている。
「アキレ……っ!?」
アキレウスを助けなくては、そう思ったときだった。
私は、ヘファイストスとアルテミスが倒れているのを、視界の端に捉えた。
何時も優しくて頼りになるヘファイストスは、身体中を青紫色に変色させ、アルテミスを庇う形で死んでいた。
何時も私達の面倒を見てくれるアルテミスは、その華奢な身体を折られ、脳髄を撒き散らしながら死んでいた。
「………………………………は?」
私は、その足を止めていた。
解らない、判らない、分からない……。
私が気絶している間に、一体何があったのだ?
ん? 気絶……?
そうか、きっとこれは、夢なのだ。
そうだ……きっとそうに違いない。
でなければ、私の仲間が死ぬ訳が無いのだ。
現実逃避している私の表情は、苦悶の色に染っていた。
あと一歩のところで私は、なんとか、現実逃避することで耐えていたのだ。
そんな私は、心ともなく、ヒュドラに視線を向けた。
すると、ヒュドラの足元に居るプロメテウスを、私は視界に捉える。
何時も女の子っぽくて可愛いプロメテウスは、口から臓物をぶちまけ、身体を潰されて死んでいた。
「ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ…………………………」
なんと凄惨で、滑稽な夢であろうか……。
込み上げてくる乾いた哄笑と涙が止まらない。
「だん、ちょ……………………」
──ドンッッッッ!!!!!!
アキレウスの声がしたと思った瞬間、重たい地響きが部屋中に鳴り響いた。
私は、音の鳴った方を見る。
そこには、ヒュドラに顔面を潰されて死んでいる、アキレウスが居た。
「……………………………………………………」
何時も私にくっ付いて来るライバルのアキレウスが、私の目の前で、私の手の届く範囲で、死んだ。
みんなとの思い出が、脳裏を過ぎってくる。
──アルテミスと、お買い物に行った思い出。
──ヘファイストスと、肩車で遊んだ思い出。
──アキレウスと、決闘をして競った思い出。
──プロメテウスと、服装交換をした思い出。
──みんなと、初めて出逢った日の思い出。
みんなと歩んで来た思い出が、一気に脳内を過ぎり、その度に胸が苦しくなる。
「はぁっはぁっはぁっはぁっはぁっはぁっ………………ゲホッゲホッ!」
嗚咽が止まらず、噎せ返った。
胃液が口外に込み上げてくる。
「う"ぉ"え"ぇ"ぇ"ぇ"……………………」
私は、世界最強の神姫である。
──私が一番に倒れたでは無いか、何が世界最強だ。
私は、フィアナ騎士団の団長である。
──団員を守れない団長など、団長では無い。
私が、この中で一番強いのだ。
──私は何もかにもが弱い、ただの弱者だ。
私が、みんなを守らなければいけないのだ。
──私が、みんなに守られているでは無いか。
「……………………みんなを殺したのは、私だ」
不甲斐ない私への、──怒り。
上手くいかない現実への、──イライラ。
仲間を失ったことへの、──悲しみ。
自分が強いという傲りへの、──罪。
慢心していた自分への、──恥。
自分が死ぬことへの、──恐怖。
支えてくれる仲間が居ない、──孤独。
様々な悪感情が私を支配する。
まるで、自分が自分じゃないみたいだ。
自分への悪感情が混ざり合い煮え立つ。
それらはやがて、ヒュドラへと向いた。
奴が殺した、奴が全て悪い、──私は、悪くない。
それもその筈だ、実際、ヒュドラが悪いのだから。
しかし、そう思った瞬間、私は私が嫌いになった。
もう、自分は死んでいいと、──そう思える程に。
決死の覚悟をした私は、此方へと迫って来るヒュドラのことを無視し、精霊へと呼び掛ける。
「始祖たる火・水・雷の精霊よ。神聖なる契約に従い、その力を、我が魔力と共に解き放て」
静かに、虚ろな目で詠唱していった。
私の身体から、緑と橙色の光が放出されていく。
それは、私に眠る風と土の魔力であり、魔法を使用するにあたって、消費されるのだ。
「
魔法を使用すると、仲間の死体が光を放ち、徐々に、その身体を修復していく。
私の体内に残っていた全魔力と、精霊を介して得た魔力を使って、仲間の蘇生を行ったのだ。
しかし、これだけでは終わらない。
「魔力変換」
魔力変換とは、自分の生命力を魔力に変換する、言わば奥の手である。
生命力とはそれ即ち、生命活動を維持する力であり、それを完全に失うことで、人は死に至るのだ。
で、あるからこその奥の手であり、自分の命を顧みていないエマは、これを使うことを躊躇わなかった。
剣をぎゅっと、力強く握る。
剣にぎゅっと、変換された魔力を送る。
徐々に生命力を失っていくのが分かる。
「みんな、ゴメン…………」
こんな、──弱い私でゴメン。
こんな、──不甲斐ない私でゴメン。
こんな、──自分の命すら蔑ろにする私でゴメン。
『ク"ル"ァ"ァ"ァ"ァ"ァ"ー─~~─ーーッッッ!!!』
私に肉薄してきたヒュドラと目が合う。
なんと忌々しい、邪悪な目であろうか。
絶対に許さない。お前は、──絶対に
「ゆ"る"さ"な"ぁ"ぁ"ぁ"い"!!!!」
目からは悲しみの血涙が流れている。
そんな私は右足をグッと前に出し、剣を上段に構えた。
私の目線と剣先は、ヒュドラを真っ直ぐに捉え、その刃を真名と共に解き放つ。
「神"器"解"放"!
剣に全魔力を集中させると、仲間を横目に見た。
私の大切な仲間達は、今もなお倒れており、完全な復活には時間が掛かりそうだ。
私がココでヒュドラを倒さなければ、いずれ、その毒牙が仲間へと向くだろう。
ならば、私がやることは一つ。
「お"前"を"倒"す"!!!」
肉薄して来たヒュドラの首が、私に鞭打つ刹那の瞬間。
剣に集中させていた全魔力を解き放ち、その刃を、上段から振り下ろす。
「
剣に集中させた魔力は、全てを灰にする神火に変わり、振り下ろしたのと同時に解き放たれた。
魔力の波動とでも言うべき神火は、縦にヒュドラを真っ二つに斬り、ヒュドラの全身を燃やす。
『GYAAAAAAAAAAAA──~ーー──!!!!』
肉の焦げる臭いが鼻につく。
ヒュドラの骨と肉が神火に燃やされ、体内の水分が蒸発していった。
やがて、身体全体が灰と化していった。
──勝った、そう安堵した瞬間だった。
何故か灰にならなかった中央の首が再生し、その赤い目をギロリと動かして、本来の生命力を顕にした。
「……………………なん、だと?」
全てを灰にする神火だぞ。
なんだ、なんなのだコレは……。
これではまるで、不死身では無いか。
『ク"ル"ァ"ァ"ァ"ァ"ァ"ー─~~─ーーッッッ!!!』
ヒュドラは首元を地面に叩きつけた。
すると、私に向かって跳躍し、首一つで肉薄する。
「………………くっ」
無理が祟ったのか身体中が痛い、一歩も動けない。
(だが、倒れる訳にはいかない!)
魔力も全て消費してしまい、魔法の一発も出せない。
(だが、奴を倒さなければならない!)
精霊の力も既に使い、暫く借りることが出来ない。
「私が仲間を……っ!!!」
絶体絶命のピンチだったそのとき、──彼は現れた。
彼は黒髪の高身長イケメンで、右手に三つの指輪を嵌めている。
そして、一番留意すべき点は……私そっくりの人物が描かれている服を、その身に纏っていることだ。
彼はヒュドラの攻撃を左手で止めると、部屋中をゆっくりと観察した。
「…………………………」
一瞬だけ目が合った。
彼の瞳は、綺麗な漆黒の瞳だった。
部屋中の観察を終えた彼は、受け止めているヒュドラの頭を力強く握り締め、その神器を解放する。
「神器解放・
彼が装着している黒の指輪が、神々しい光を放つ。
すると、指輪に吸収される様に、部屋中に強い風が舞い上がったのだ。
ヒュドラの頭は徐々に握り潰され、赤い目から血が、青の鱗の隙間から紫色の液体が、溢れ出して来た。
ヒュドラは威嚇も咆哮も、鳴き声すら出さない。
その顔は、圧倒的強者に対する畏怖と、死に対する恐怖の色で染まっている。
私は、この異様とも言える光景を、ただ、後ろで見ていることしか出来なかった。
いずれ、指輪の光が消えた。
吹き荒れていた風が止んだ。
その瞬間、彼は口を開いた。
「死ね」
彼が放ったのは、たった一言の呪言。
それは神業とも言える、『死の呪い』であった。
死の呪いを受けたヒュドラは、その魂を失ったことで身体が朽ちていく。
首元から頭まで、徐々に、徐々に……。
やがてヒュドラの命が完全に失うと、彼は私の方を見て優しく微笑んだ。
「もう大丈夫だよ」
その表情は、先程までとは違かった。
温かくて、優しくて、どこか安心した。
(あれ……安心したら、眠気が…………)
安心したことで、意識の糸がプツリと切れた。
視界が、徐々に薄れてゆく。
眠気如き、根性で耐えなければ……
早く、仲間の、も……と、へ…………
「よく頑張ったね。ゆっくり、休んでね……」
私は彼の温もりに抱かれ、眠りについた。
彼の温もりは懐かしくて、運命を感じた。
ーーー
【世界観ちょい足しコーナー】
『ヒュドラ』
▶︎9つの首を持つ竜
▶︎青の鱗に覆われている
▶︎ギロリとした赤い目
▶︎毒のブレス
▶︎中央の首は不死
▶︎防御力はあんま無い
▶︎再生を阻止するには討った首の肉に火を付ける
▶︎最後に真ん中の首を取って潰す
(初期案では、首を落とす度に追加で、首が増える設定もありました)
ちなこれ、最初からエマが全力ぶっぱして、そこに、ヘファイストスが土魔法使うだけで余裕討伐でした。でも脳死初手ブッパするのって、ゲームだけだよね。
『呪い』
▶︎火・水・雷・風・土の魔力を使用。消費される魔力は、言葉の強さに比例する。その効果は間接的ではなく、対象に直接干渉するのだ。しかし、格下にしか効果は無い。これが呪いである
この世界では、
椅子という物体が出来たのが先か、椅子という概念が出来たのが先か。それを知る者は居ないが、神レベルの魔力を言葉に乗せ「椅子という物体が先に出来た」と言えば、それは、椅子という物体が先に出来たことになるのだ。
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