最強カップル・邂逅篇

第5話『九つの首を持つ竜』


 私達が部屋の中に入ると、青の炎が部屋全体に灯り、エリアボスがその正体を顕にする。

 そのエリアボスの正体とは、──九つの首を持つ、竜であったのだ。

 全身を覆っている青の鱗に、ギロリとした赤い目。

 その恐ろしさに冷や汗を垂らすと、九つの首を持つ竜ヒュドラは咆哮を上げる。


『ク"ル"ァ"ァ"ァ"ァ"ァ"~~─~──ッッッッ!!!』


 間断なく鳴り響く咆哮。

 部屋が地響きを起こし、世界が揺れる。

 私達は耳を抑え、踏ん張るようにして耐える。


「みんな、大丈夫か?!」


 私は振り返って、仲間の安否を確認した。

 

「頭に響くのう……」


 ──顔色を悪くしながら、頭を抑えるアルテミス。


「やばいです、吐きそうです……うぉえええ……」


 ──口を抑えていたものの、結局吐いたプロメテウス。

 

「汚っ!? ……はぁ、俺は何とか大丈夫っす」


 ──顔色を悪くしながらも、元気そうなアキレウス。


「ワシは余裕じゃな」

 

 ──余裕綽々な、ヘファイストス。

 

 アキレウスとヘファイストスは、大丈夫そうだ。

 しかし、耳が良いエルフのアルテミスと、身体の弱いプロメテウスは顔色を悪くしている。


『─ー~~─ー─~ーッッッッ!!!!』


 もう十数秒経ったというのに、未だに、間断なく咆哮が鳴り響いている。


「仕方ないのお……どれ、守ってやるわい」


 私が頭を悩ませていると、ヘファイストスが弱っている二人の方へと歩を進めた。

 二人の元まで着いたヘファイストスは、その背中に優しく手を添え、『魔法』を唱える。


治癒魔法ヒギエイア

 

 淡い橙色の光が、二人の身体を包み込んでいく。

 

 その光の正体は、土の『精霊』だ。

 精霊とは、大気中に在る『魔素』が集合体を作り、個としての自我を持った存在である。

 精霊の持つ力は森羅万象そのものであり、契約することで、多大なる恩恵を得られるのだ。

 

 しかし、そんな精霊と契約するには、精霊に好かれることが大前提である。

 そして、精霊に好かれるかどうかは、その者の次第。

 特に、土の精霊はドワーフにしか懐かなく、風の精霊はエルフにしか懐かない運命にあるのだ。

 

 しかし、ヘファイストスはドワーフである。

 そのため、契約した土の精霊を介して、直接的に治癒魔法『ヒギエイア』を使用したのだ。

 ヒギエイアを受けた二人は、外部から送られた魔力によって体調が絆され、体制を取り戻すことが出来た。


「…………大分楽になりました。ヘファイストスさん、ありがとうございます」


「…………余も感謝するぞ、ヘファイストス」


「なに。このくらい、礼にも及ばんよ。ワシらは仲間じゃからのお」


 ヘファイストスは二人の頭を、そっと、優しく撫でる。

 プロメテウスの方は和やかな笑みを浮かべ、アルテミスの方は些か、照れくさそうに頬を赤らめた。

 アルテミスは照れ隠しなのか、自分の頭に触れているヘファイストスの手を振り払う。

 

「余の頭に触れるとは……無礼者…………」


 唇を尖らせて俯いた、アルテミスの言葉。

 それを潔く受け入れたヘファイストスは、後衛二人の前に出つつ、アルテミスに一言添える。


「ふぉっふぉっふぉ。それはすまない事をしたのお。じゃが、アルテミスが元気になって良かったわい」


「…………戯けが」


 小さく呟いたアルテミスの言葉に、ヘファイストスは一瞬だけ口角を上げる。

 しかし、直ぐに真面目な表情になると、両手で持った戦斧を下段に構えた。


『─~─ーー~──!!! ……………………』


 私達がヒュドラと対峙してから、おおよそ一分。

 ヒュドラが咆哮を止めて大人しくなると、私達は自分の耳を解放する。


「………………やっと大人しくなったっすか」


「あぁ……どうやら、牽制の時間は終わったらしい。ここからが勝負だ」

 

 私は鞘から剣を抜くと、前に出て八相に構えた。

 すると、アキレウスが無言で私の隣に立ち、両手に持った槍を上段に構える。


(私のライバルは、何とも頼もしいな)

 

 一方でプロメテウスとアルテミスは、それぞれがヘファイストスに守られる立ち位置に居る。

 アルテミスは凛とした姿勢で、弓の標準をヒュドラの真ん中に合わせた。


「臨戦態勢完了」


 私とアキレウスが前衛、ヘファイストスが中衛、アルテミスとプロメテウスが後衛。

 これが、私達五人の役割であり、臨戦態勢だ。

 私達の臨戦態勢を見たヒュドラは、ギロリとした赤い目で威嚇しつつ、右から順に私達を確認する。

 アキレウス、私、アルテミス、ヘファイストス、プロメテウス。

 私達をゆっくりと値踏みしたヒュドラは、その視線をプロメテウスで止めると、喉を膨張させた。

 それを確認したアルテミスが、目に緑の光を宿すと、凄い剣幕で指示を出す。


「ブレスが来るぞ! 一斉に退け!!」


 アルテミスの言葉で、私達全員が後ろに大きく退く。

 禍々しい紫色のブレスは、アルテミスの言葉で先手を打てなければ、何人かは確実に巻き込まれていた。

 そのくらいに、広範囲の攻撃だったのだ。

 それを避けた私達は入口ギリギリの所で体制を戻し、ヒュドラに対して脅威を感じつつも、睨みを効かせる。


「危ないっすねぇ」

 

「な、何とか助かったわい……」


 足が速いアキレウスは冷や汗をかきつつも、余裕綽々と言った様子。

 反対に足の遅いヘファイストスは、目の前に拡散してある毒霧を見てゾッとしていた。

 いずれ、先が見えない程に高濃度な毒霧が霧散すると、武器の構えを取り直す。


「反撃するぞ! 首狙いだ!!」


「「「「りょーかい!!」」」」


 私とアキレウスが先頭に立ち、ヒュドラへと肉薄。

 私達は全速力で、それぞれの間合いへと詰め寄る。

 しかし、それを黙って見ているヒュドラではない。

 ヒュドラが喉を膨張させると、再度、毒のブレスで攻撃してこようとする。

 

 だが、こちらも相手の攻撃に対して、指を咥えて見るだけの訳が無いのだ。

 私達をカバー出来る最大範囲で下がっているヘファイストスの、更に後ろに居る後衛の仲間。

 プロメテウスは、右手で前髪を上げる。

 

「ボク、本気出します」

 

 プロメテウスは右手で前髪を上げると、おっとりしていた目が一瞬でキリッとし、集中状態ゾーンに入った。

 ゾーンと言うのは、プロメテウス特有の体質だ。

 何時もは女の子っぽくて無害なプロメテウスだが、前髪を上げることで、人が変わったように攻撃的になる。

 ゾーンに入ったプロメテウスは、外部から心臓を叩いて宣言する。


「魔力解放」


 魔力解放とは、内なる魔力を解放することである。

 体内に眠る膨大な魔力を一気に解放することで、一時的に自己強化が出来るのだ。

 プロメテウスの内なる魔力は『火』。

 小さな身体から膨大な火の魔力が溢れており、プロメテウスの赤い瞳に業火を宿す。


「神器解放・始火の神鎖オオウイキョウ


 低い声のプロメテウスが、『選ばれし英雄の武器神器』を解放した。

 部屋中に無数の異空間が現れ、その一つ一つから、業火を纏った鎖が顕現していく。


「縛れ」


 プロメテウスは、右手を力強く握った。

 業火を纏った無数の鎖が、毒のブレスで攻撃しようとしているヒュドラ目掛け、縦横無尽に飛び回る。

 鎖がヒュドラの身体を貫き、ピンク色の肉を燃やす。

 鎖がヒュドラの首を絞め、骨ごと肉を引き千切る。

 鎖がヒュドラの口から体内に入り、内部から貫く。

 縦横無尽に動く鎖がダメージを与える度に、ヒュドラは悲鳴を上げ、攻撃を中断する。


 右端の首が二つ跳んだ。

 残るヒュドラの首は七つ。

 

 プロメテウスに完全制圧されたヒュドラは、鎖に繋がれたことで身動き一つも取れない様子だ。

 もちろん口も縛られているため、ブレスも出来ない。

 それを確認したアキレウスが、プロメテウスの方を振り向くと微笑み、サムズアップをする。


「プロメテウス、ナイス! 団長、肉薄するっすよ!!」


「あぁ! 共に畳み掛けるぞ!!」


 プロメテウスからヒュドラに視線を戻すと、アキレウスは掛け声を出して加速。

 それに私が応えると、ヒュドラへと繋がっている鎖に飛び移り、一直線で肉薄する。

 

 アキレウスは騎士団の中で、一番武力に秀でている。

 そしてアキレウスは、力強いドワーフ族であるヘファイストスの次に、力が強くもあるのだ。

 が、しかし……アキレウスを形作るのは、天才的な武力の才能でも、力の強さでも無い。

 ならば、アキレウスを形作っているものは何か?

 その答えとは、音をも超越せしめる、──人間離れた足の速さである。

 

 世界最強と言われている私ですら、アキレウスの足の速さには勝てないのだ。

 しかし、そんなプロメテウスの加速に、全く追いつけない訳では無い。

 何故ならアキレウスは、まだ、完全なる本気を出してはいないのだから……。


「その首頂戴するっすよ!」


 アキレウスは鎖から鎖へと飛び移ると、その反動エネルギーを利用して飛び掛り、ヒュドラの首を槍で貫く。

 ヒュドラの首は赤黒い血を吹き出し、落ちていった。


『GYAAAAAAAAAAAA─ー─ーー!!!!!』


 左端の首が跳んだ。

 残るヒュドラの首は六つ。

 

(……ふっ、負けられないな)


 アキレウスの活躍を横目に確認した私は、闘争心を業火の如くメラメラと燃やした。

 それに伴って私は剣の構えを、八相から上段へと一瞬で変更し、全速力で肉薄する。

 

 ヒュドラと目が合った。

 殺気の篭った、鋭い赤い目だ。

 その瞳には、私が映っていた。

 

 それを確認した私は、足場の鎖を力一杯に踏み込み、右斜め上にある鎖の裏側へと、半回転して飛び移る。

 刹那の一瞬、私の頭と地面が向き合った。


「いくぞ」

 

 まだ生きている運動エネルギーを利用し、加速しつつヒュドラの首へと自由落下。

 自由落下の最中、私が剣に火の魔力を込めると、剣が火緋色の炎を纏う。

 ヒュドラの首とすれ違う、刹那とも言える一瞬。

 上段に構えた燃え盛る剣を、縦に回転することで遠心力を入れつつ、振り下ろす。

 

ガリアの業火ヴァルカン


『GYAAAAAAAAAAAA─ー─ーー!!!!!』


 ヒュドラの悲鳴が部屋中に木霊し、地響きを起こした。

 私に切り落とされた左端の首は、二つとも、その肉をガリアの業火ヴァルカンに犯されている。


 左端三つと右端二つ。

 残るヒュドラの首は四つだ。


(よし、残るは四つだけだ)

 

 地面に足が着く瞬間。

 膝を使うことで落下の衝撃を和らげた。

 地面に剣を突き立て、摩擦で運動を殺す。


 ──キイィィィイイ!!!!

 地面に剣を突き立てたことで、摩擦音が鳴った。

 やがて私への圧力が弱ると、ジャンプするように身体を半回転させ、ヒュドラへと視線をもど…………


 ──ドカンッッッ!!

 ヒュドラへと視線を戻そうとした瞬間、私の身体に何かが鞭打ち、その衝撃で壁へと叩き付けられた。


―――


【世界観ちょい足しコーナー】


『五人の戦い方』

対エリアボスの最初の要はプロメテウスで、魔力解放によって強化した神器で敵を消耗させ、相手が弱ったところを全員で一斉攻撃。

対雑魚敵はプロメテウスが神器で一掃か、全員で火力の出る魔法をぶっぱ。後者が多い。

長期戦の可能性もあるため、プロメテウス以外は基本的に魔力解放をエリアボスでもせず、しても神器解放だけ。


『魔素』

▶︎大気中に存在する未知のエネルギー。これを使うには、精霊と契約する必要がある


『魔力』

▶︎あらゆる力を代行、体現しえるもの。これは魔素を変換したエネルギーであり、許容量は個人の才能である。許容量が増加することは無い。しかし、自分の生命力を魔力に変換することは可能

 

『魔力解放』

▶︎内なる魔力を解放することで、自己強化する。魔力を解放するため、魔力枯渇しやすい。心臓を叩く


『魔法』

▶︎空気中にある魔素を体内に取り入れることで魔力というエネルギーに変換し、それを使用することで森羅万象を引き起こすことが可能。これが魔法である


『神器解放』

▶︎魔力を消費することで、その武器に秘められている能力を解放することである。言わば必殺技。一部例外として、神器解放をしないと、武器そのものが使えない場合もある(例:プロメテウスの鎖とアルテミスの矢)


『精霊』

▶︎魔素が集合体を作り、個としての自我を持った存在。好かれるかどうかは、運命次第。風と土の精霊は、それぞれエルフとドワーフにしか懐かない運命。見えない

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