第37話

「......そうでございましたか。 やはり戦になるのですね」


 悲しげに流雅はうなづく。 


 私は帰り、流雅たちを集めて会議の内容をあらためてはなした。


「降伏しても民たちに安寧はない。 物のように扱われるだけだ」 


「そういうご気性の方でしょうね。 天房さまはそれを理解なされた。 もはや民を守るためにも戦うしか選択もなかったのでしょう」


「ああ、あの男に支配などさせてはならぬ。 おのがため民も人もただ食らわれるのみ」 


「しかし、ほぼ互角、戦うとなれば被害は確実です」


「そうだな。 それだけ弱れば勝っても他の国の介入を招きかねない」


 風貴も暁真もそういうと蓮もうなづく。


「ここもまだ国と呼べるほどの場所じゃないしな」


 そう、ここはまだ、作業をすすめる風吹にいた五百人程度の者がいるだけだった。

 

「美染も兵を送ってくれるけど、もともと小国で、なおかつ隣国に狙われているから全軍はだせないわ」


 蒼姫はそういった。

 

「だしてもらえるだけでもありがたい。 しかし...... 我らだけでやるしかない」


「そうですね。 墨也どのと烏剛の衆に調べさせています。 情報が得られれば策を考えましょう」


 そう流雅がいった。



「それで、どうだ」


 墨也が帰る。


「ええ、こちらは二万、敵は三万しかし、向こうは農民や商人も動員しております」


「ならばこちらに分があります。 こちらは正規兵です。 しかも守りにより地の利がある。 二倍でも持ちこたえられましょう」 


「そうとも限りません......」


 風貴に流雅は異議をとなえる。


「どうしてだ。 俺も風貴と同じ考えだが」


「私もかなり光明がみえたのだけど......」


 暁真と蒼姫も眉をひそめる。


「......猛水は民に苛烈な扱いをしているため、戦争の方がましだと考えるものがいます。 勝てれば何かを得られ、負ければ命と全てを失う。 ゆえに士気は高い。 ひるがえって天沼の方は訓練こそすれ、戦ったことがないものたち」


「私も軍師どのと同意見ですね。 戦う技術がいかにあろうとも士気では劣る。 ともすれば一気に崩されるかもしれません」


 そう墨也がいう。


「だな。 力より心が負けてしまえば、兵力も差がなくなるな」


 暁真がいう。


「確かに、あの国の民は生への執着は強かろう。 生きるため必死になる。 それはあやつの策か」


「おそらく、それゆえ常に心に恐怖という圧力をかけつづけているのでしょう」


 流雅もそういった。


「それならどうするのですか流雅どの」 


 風貴はそう問う。


「猛水は民を恐怖により操る。 なればそれを壊しましょう」


 そう流雅が皆に話した。



「ここが荒河の国か」


 荒れはてた住居、人もまばらで、とても暗い雰囲気が漂う。 武器を持たされた農民らしき者たちも、兵糧などを荷車で運んでいる。


兵站へいたんか」


「ええ、軍需品を運んでいます。 前線に兵力を集中していますね」


 戦が始まって数日、両軍はぶつかっていた。 ただ様子見ゆえ被害は少ない。


 私は流雅、墨也で天沼の国と反対側から影を使い入国し、現地民に偽装して歩く。 私と墨也は流雅の偲顕で女性の姿になっていた。


「しかし、そんなに兵力を片寄らせてよいのか。 後方から攻められるとは考えてもいないようだ......」


「不可解なようにみえますが、荒河は残虐な戦を行います。 それは恐怖ゆえ手出しさせづらくする意味合いもあるのでしょう」


「報復をおそれさせ他国を威圧しているというのですね」


 そう墨也はいう。 その所作からどこをどうみても女性にしかみえない。


「ええ、無頼の徒のやり口そのものです。 単純ですが効果はあります。 それほどの危険をおかしてまで、この地を得る利点もない」


 そう流雅はやせた畑を見てそういった。 どうやら貧困はかなり進み、やせたものたちも多い。


「......開戦してまもないが、被害が大きくなる前になにか手をうたねばならぬ。 ここでいるより、奇襲のため皆で後方にて待機した方がよくはないか」


「確かに我ら坐君をもつものを奇襲につかうのは有効でしょうが、向こうもそんなことは予測しているでしょう。 おそらく坐君持ちを多数配置していると思います」


「そうか...... 私はそなたを天沼の国の軍師として送りたかったがなぜ断った。 そなたならば軍をうまく操れよう」


「いいえ、私では軍を動かせないからです」


「動かせない?」


「私のような幼い女子が、指示を与えても、私のことをよくおもわないものが指示を無視するでしょう。 さすれば戦術などことごとく破綻するのです」


「天房どのの命でもか」


「ええ、人の信頼を得るには、能力と実績が必要なのです。 軍を指揮したことのない私がいっても、従うものは少ないでしょう。 なれば軍の力を十全に扱うことは叶いませぬ」


(確かに...... 人であれば、国や命がかかっていても偏見や感情が優先するかもな)


「ならば、ここにきたのは」


「恐怖ですべてのものが従うとは限りませぬ。 強く叩けば叩くほど

反抗する萌芽がうまれるもの......」


 流雅はそういい墨也をみると、墨也はうなづく。


「それを知っているのか墨也」


「はい、この国にも、反体制のものたちがいます。 名を【水守】《みなもり》と申します。 彼らはこの国の各地で行動を起こしています」


「反乱するものはいるとは思うが、そのものたちと協力するのか」


「かつてより我ら烏剛の衆は、そのつてをつくっておりました。 同じく制度や国に不満のあるものたちですからね」


「......やはり、すごいな」


「蛇のみちは蛇ですよ、といいたいところですが、天陽どのが会談に向かった時、流雅どのに繋ぎを頼まれたのですがね」 


 そういって墨也は笑った。


(あの時、もうこうなるとわかっていたのか)


 涼しげに歩く流雅をみる。


(この才知があるのなら、私になぜついてきたのだろう)


 そう疑問も浮かんだ。

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