第18話

「......大事ないか。 天陽」


 そう心配そうに天房さまがいう。 ここは主殿の主座の間、一段高いところに天房さまが座り、他の重臣は左右に緊張した面持ちで座っている。 


 あれから二週間たち、私は主殿に呼び出されていた。 あの戦いで私は坐君の使いすぎで、一週間ほど生死の境をさまよっていたという。


「はい、なんとか......」


「そうかよかった。 天陽がおらねば、これからこの国はたちいくまい......」


 天房さまのその言葉に、周囲はざわつく。 それは自らが主座を退くことを意味していたからだ。

 

「して、そなたはこの国をなんとする」


 そう天房さまは穏やかな目で私の目を見すえる。


「私は父が守ろうとしたこの国と、その民を守りたいのです」


「......そうか、私のせいだな」


 そう天房さまは正直に吐露した。 私は気になっていることを聞く。


「一つよろしいか」


「なんだ。 なんでも申せ」


「主座...... 天房さまはこの国をどうなさろうとしたのです」


「私か...... そうよな。 享楽に溺れ、まつりごとをないがしろにしていた。 そう問うのも当然よな」


 そう目をつぶり天房さまは口をつぐむと、そして開く。


「......私はお主の父、天頼を憎んでいた」


「............」


 それは知っていた。 ゆえに私にもその思いを向けていたことも。


「......お主の父、天頼は幼き頃より俊英と呼ばれ、何事も私よりできた。 私は坐君との契約すら失敗し、大ケガをおう。 そして本来私が継ぐべき主座すら奪われた。 いや当然のことだ。 親父どのも国や民を考えたときに、天頼に託すのはあたりまえだった......」


「ですが、その父はなくなりました」


「ああ、ゆえに私は天頼よりもよき主座になろうとした。 宵夜と家臣たちをまじえて夜も寝ずに議論もした。 しかし、何一つ家臣を説得する力を持てず、宵夜と家臣の意見を取り入れざるおえなかった」


「それはあなたを排そうとする宵夜の策謀では」


「今となってはな...... だが、その時打ちのめされた。 私にはやはり主座の器ではない、弟に永遠に勝てぬのだと。 そして全てを投げたした」


(父君への劣等感が、この方をここまで追い込んでいたのか...... いや、それすら宵夜の策だったのか)


「それに私がやるより、民たちは幸せなのではと...... いやただのいいわけだな。 では、私は主座の座をそなたに......」


「お待ちください。 すこしお話をお聞きください」


「話......」


「我が父は確かにこの国を豊かにしました。 しかし、その分貧富の差をうみ、父は苦悩していたのです。 本当に民が幸せなのかと」


「天頼が」


「はい、そしてあの戦が起こった」


「戦...... 荒河の国がせめてきたときのことか?」


「そうです。 あれは荒河の国と隣接する【上雲州】が荒河の国と結託し、国へ軍を引き入れたことから起こった戦でした」


「確か貧困にあえぐゆえ、やむなく荒河の言にのり、しかし裏切られ滅ぼされたのだったな」


「はい、その戦場に私は父に連れられたのです。 それは骸が大地をおおう地獄のような光景でした。 その時父は言ったのです。 『天房どのならば、このようなことを起こさずにすんだやもしれぬ......』と」


「天頼が......」


 そう天房さまは目を見張る。


「はい、『天房どのは皆の意見を取り入れ最善を選ぼうとする。 ゆえに判断がおぼつかなくみえる。 しかしそれは優しさゆえだ。 軽んじられようとも人の話をきき、絶えず勉学に勤しむ天房どののほうが、私より主座に適しているのかもしれぬ』そう後悔するようにもうしておりました」


「......そのようなことを、それを聞いていれば...... いや、しかし主座になり私は間違ったのだ」


「それは父も同じでしょう。 父は死にましたが、あなたは生きている」


 私がそういったとき、天房どのは目を見張った。


「......そなたは私にもう一度主座をせよというのか」


「私は国を取り戻したかった。 それは苦しむ民を助けたかったからです。 しかし、そのあと国をどうするかなど考えてはいなかった。 あなたは間違えたが、それを理解しているならばそれを正せるはず。 なれば私が国を治める必要はない」


「しかし......」


「一度あなたに国をお預けします。 それでも無理だとおっしゃるのであれば私がその時こそこの国を治めましょう」


 そう私がいうと、天房さまはしばし考えうなづく。


「......あいわかった。 その時までつたなき私がこの国を預かろう。 そなたがこの国をどうしたいか決めるまで」


 私はこれを聞きたちあがる。


「みなのもの、このように決まった! みなで天房さまを盛り立ててこの国を治めよ。 もし、再びこの国が濁り腐るならば、私がとりにもどる。 その時はそなたらの命も食い尽くすことになろう」


 そう私が宣言する。


「はっ!!」


 家臣たちは平伏してそれに答えた。

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