第15話

「そこのもの、ここを通ることは認めない。 いまならば捕縛で許そう。 投稿せよ」


 そう優しげに響はいうが、その所作に隙はない。 槍先がこちらを向いている。


(まさかこちらに配置されているとは)


「響どの! 私は風貴です! ここをお通しくだされ!」


「ん? お前風貴か...... なんだその女性にょしょうの格好は」


「これは事情わけがあって...... それよりここをお通しください!」


「それはならぬのだ。 主座代理の宵夜どのの命ゆえな。 何者をも通すなとのことだ」


「あのものは、自らが主座になるため、天陽さまを殺そうとしているのです! ですから止めねばなりません」


「......ない、とはいえぬな。 しかし、主座代理としての軍への命は絶対だ。 でなければ軍規をやぶることになる。 事情ゆえ破ることを許さば、軍を統率することは叶わぬ。 その話しはおぬしらをとらえたあときく。 おとなしく縛につけ」


 そういうが槍をかまえている。


(そう、それも宵夜の目論み。 軍規を至武将が破れば、軍の統率を乱す。 それをできないように命じたのだろう)


「......なれば、押し通る」


「お主の腕はしっておる。 たいしたものだ。 しかし、まだまだ若い」


 風貴はまとっていた女物を投げ捨て、響の視界を奪う。  


「無駄だ」


 槍でなぎ払うと、閃光がはしり着物をきりさいた。


(あれが響の【霆刃】《ていじん》槍の姿をした坐君か!)


「うなれ【土波】《つちなみ》!」


「ぬう!」


 私と流雅の足元の石畳が揺れ押し流されるようにすすむと、響を抜いた。


「これは!?」


(風貴が契約した【土走鯆】《どそうふ》か)


 私たちは先へと進んでいく。


「頼むぞ。 風貴......」


 遠くにみえる風貴と響の姿をいちどみると、私たちは走り出した。


 

 主殿にはいり、奥にある祭儀場へとむかう。 兵たちはいず、奥の扉から祈るような声がしている。 


みことのりですね」


「ああ祭儀がはじまった。 はやくいこう......」


「【黒杖】《こくじょう》」


 その瞬間、私は突き飛ばされた。


「くっ......」


 流雅の袖から血が滴れている。 黒い蛇が地面にいてきえた。


「そちらは流雅どのですな...... ということは」


 そう柱の影から人影が現れた。 黒装束の出で立ちのものだ。


(宵夜の小飼いの部下...... かつて私をおそったやつか)


「ここは、私が......」


 そう流雅つぶやく。


「しかし......」


「目的をあやまらないでくださいませ...... 貴方がここにきたのは、なんのためですか。 あなたの志は一人のためにあるわけではないでしょう」


 そう躊躇する私を流雅が強い目でみすえた。


「わかった......」


 流雅が私とは逆へとはしる。


「逃がしませんよ。 天陽さま」


 流雅のほうへと私をおいて男はむかった。 


(流雅は自らを私に、そして私を自分の姿に偲顕で変えていた...... このためか)


 私は奥へとむかい扉をあける。 


 そこには赤い布がしかれ、周囲には左右に大勢の家臣が整然と座る。 そして高い台の上、祭司長のあげる詔をきいている。 奥には、厳しい顔をした老人【宵夜】が主座の席に座っていた。


 私は赤い布を進みいでた。


 それに気づいた衛兵が私の前に数人たつ。


「なにものか! なっ、女の姿がかわる......」


 兵士がおどろく。 どうやら流雅が偲顕を解いたようだった。


「あれは天陽さま!」


「どういうことだ!? 天陽さまは国外に......」


 周囲がざわつく。

 

「宵夜どの...... いや、宵夜、なぜ主座の席についておる」


 そう私が進み出でて、宵夜の真正面にたつ。


「......天陽さま。 なぜとは」


 そう表情を変えずこちらをみすえた。


「天房さまなきあと、血族は私のみ。 主座は私以外にあるまい」


「そうだ!」


「うむ! 無礼であろう!」


 家臣たちがそう声をあげる。 不満をもっていたものたちだろう。


「......黙れ」


 そう低い宵夜の声で、静寂がおとずれる。


「どのような事情があれど、あなたは国を捨てた...... そのような惰弱なものに主座となる資格はありません」


 堂々とそういってのけた。


「確かに命を狙われ、一度は外にでた。 しかし、私が主座としての資格がないか、その目でみるがよい」


「穿て錬舞、集え雲晶」


 私がそういうと、錬舞、雲晶があらわれた。


「こ、これは...... 二体もの坐君!」


「あれは廻鰭に、隻群か......」


 そう家臣たちは声を漏らした。 宵夜がたちあがる。


「ですが、あなたは天頼さまを弑した疑いがございます」


「なに...... そんなばかな」


「そんな天陽さまが......」


 周囲がざわつく。


(この期におよんでか......)


「おぬしがいったように私は国外にでていた。 それでどうやって主座を殺せよう」


「実際、天位六将のいるこの主殿にあなたはいれたのだ。 そのぐらいのことはできよう」


「宵夜どの! さすがにそのようなことできはしまい!」


「主座は天陽さまだ! 諦められよ!」


 そう宵夜に反宵夜派がいう。


「されど! ない話ではない!」 


「そうよ! 国外におられたという証明がないではないか」


 そう宵夜につくものたちが反論する。


(まだ、ほとんどのものは決めかねているか...... 間に合えばよいが)


「なれば、その審議がすむまで主座は保留とするのがよろしい。 よろしいかな天陽さま」


 そう宵夜はいった。 その口調は穏やかだが目の奥はつめたい光を漂わせている。


(時間を与えれば必ず暗殺を企てる。 いや最悪戦争さえ起こしかねない。 しかし、この場を早くおさめねば風貴たち、皆の命が......)

 

「まて!」


 そう後から声がする。


 見ると扉があき、細顆がそこにいた。

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