第16話

「なんの騒ぎだ、細顆どの。 そもそもそなたは天意六将として東門を守っているはずではないか、軍規を破る気か」


 そう宵夜は細顆をにらんだ。


「......その前に、天房さまの殺害について、話をしていただくため、この方にきていただいた」


「なに......」


 後の扉から、流雅と主座、天房さまが現れた。 宵夜は目をほそめる。


(間に合ったか...... 流雅も無事で......)


「これは......」


「天房さまがご存命!? どういうことだ!」


 家臣たちがざわつく。


「私は天陽さまからの文を天房さまにお渡しした」


 そう細顆がいうと、天房さまかうなづく。


「そうだ。 誰かが我を殺そうとしているかもしれぬとな......」


「そこで私がこれを使った。 写せ【霧鏡】《ふきょう》」


 天房さまがもう一人現れた。


「写し身か......」


 宵夜はつぶやく。


「そして姿を隠していたら、私の写し身は刺客に殺された。 それをこの眼でみていた。 殺そうとするのが文を寄越した天陽でないなら、考えられるのはお前のみ...... なぜだ宵夜、それほど主座がほしかったか」

 

 天房さまは悲しげに宵夜に問いかける。


「......天常さま、天房さま、天頼さま、天陽さま、いずれもその器にはござりません。 この国の主は天道さまただお一人にて」


 そうこともなく宵夜はいいはなつ。


「もはや、お諦めくだされ宵夜さま......」


「ここは、罪をお認めになり縛を......」


 宵夜派の家臣もそう嘆願する。 宵夜は祭司長を突き飛ばし前にでると懐からなにか包み紙を取り出した。


「なにをするつもりだ......」


「......本当は厳選して器を探したかったが、致し方あるまい。 天陽さま、この借りる祭儀は、ただの慣習ではござりません。 元々、古来の決まった坐君との契約をあらわしたもの」


(器......)


「なっ!!」


「とめよ!」


 天房の声で衛兵が祭壇に近づくも、ものすごい突風が吹いた。 そして祭壇の上に黒い穴があいた。


(まさか契約...... 古来の契約は命を取引に、坐君をこちらに呼び出すときく!」


「承れ【継寄】《けいき》......」


 黒い穴から影のような腕が無数にのび、宵夜を包んだ。


「なんだ......」


(私はこの国に現れたほとんどの坐君が知っているのに...... あれは知らない。 だがあの坐君、普通ではない)


「なにが起こるかわからぬ、みなここより離れよ!」


 家臣たちは戸惑うも、天房さまの命で退避をはじめる。


「天陽さま......」


 流雅が駆け寄る。


「無事だったか...... よかった」


「ええ、すんでのところで細顆どのに助けられました。 しかしあれは、なにやら危険なものかと」


 宵夜は黒き球体となって浮かぶ。


「ああ」


「若君!」


 細顆も近づく。 


「細顆、天房さまは」


「衛兵に任せましたが、ここより動かぬともうされて。 しかし他の六将もじき集まるでしょう」


「それまで、ここで抑えるしかあるまい。 むっ!」


 漆黒の球体はゆっくりと地面におりた。 


「あれは......」


 球体から宵夜がでてくると、その黒いものは宵夜に吸い込まれるようにして消えた。


「ふう......」


 宵夜は息を深く吐いた。


(なんだ!? 宵夜の感じが変わった?)


 宵夜は周囲を興味深そうにみまわす。 そしてこちらをむく。 その眼球の白い部分が黒くなっている。


「......そこなもの、貴様は何者だ」


「なにをいっている宵夜」


「宵夜...... そうか、この体は宵夜か老いたな」


 そう宵夜がいい、自らのしわがれた腕をみる。


「いや、あれは宵夜どのではありません......」


 流雅がいう。


「えっ?」


 細顆はおどろく。 


(ああ、確かにあれは宵夜ではない。 まさか......)


「あなたは何者か」


 おそるおそるといかける。


「我か、我は天道」


「やはり...... あれは魂を肉体によらせる坐君か。 宵夜は主座を目指したのではなかった」


(依り代に天道さま呼び戻したのか)


「お主は我が血族か......」


「はい、私は天陽、あなた様のひ孫に当たります」


「なるほど...... 日陽ひように似ておるな」 


(日陽...... 曾祖母か)


「天道さま。 このような事態となり、お詫びのしようもございません。 しかしながら、あなた様はもはやなくなられたお方、再び冥府へとお戻りいただきたい」


「ならぬ......」


「なぜにごさいますか」


「どうやら、いまだ全土を統べてはおらぬようだ。 我はこの瞳にうつる地、全てを我が大地とするために戦いぬいた。 でなくば永遠に安寧は訪れぬ」


「戦で全土を平定するなど夢想です。 今、大きな戦はおさまっております。 何卒お帰りを」 


「......一時の安寧など長くは続かぬ。 この世は再び戦乱は訪れる。 力による支配こそが恒久の安寧をもたらすのだ。 ゆえに我は旗をふりこの地を統べよう」


「それこそ無理なこと。 力で人は従いませぬ。 いくら支配しても人は幾度も覆そうとするでしょう」


「それすら許さぬよう、あらゆることをなす。 虫一つ逆らうことを許さぬ」


「そのような暴虐をなされたから、あなたは偉大なお力をもちながら、若くして暗殺されたのです。 苛烈な行いは、同じく苛烈なものとなり返ってきます。 あなたはこの世に戻るべきではない」


「......問答はもうよい。 お主たちが選べるのは我に服すか滅ぶかだ」


「......ならばしれたこと、あなたを排する」 


「やってみせよ。いぬけ【迅槍】《じんそう》」


 影よりカジキのよう尖った【吻】《ふん》をもつ魚が現れると、素早い動きでこちらに迫る。


 なんとかかわすと、風がふいて飛ばされた。 


(これは風を操る【風御】《ふうぎょ》か...... なに!?)


「ぐわっ!!」


 それが何匹も放たれ、衛兵たちが貫かれ、吹き飛ばされている。


「ふきあげろ【潮吹】《ちょうすい》!」


 細顆が叫ぶと、影より巨大な鯨ににたものが空へとむかうと潮をふいた。 すると辺りに霧が包む。


「天陽さまおはなれください。 ここは私が!」


 細顆がそう近づく。 


「一人では無理だ。 あの方は何体もの坐君をしたがえ、一度は衰えたこの国を拡大させたお方、時間を稼ぎ、他の六将をまつ」


「ならば私に策があります」


 流雅がそういった。


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