第2話 ラミアの女性

 「依頼は何があるかなー」


 ボードはいくつか存在し、冒険者ランクごとに分けられている。

 ランクが高いほど選べる依頼が増えるわけだが、リリィのランクは下から二番目のアイアン。

 基本的に、ボードに貼られる依頼はダンジョンに関係するものがほとんどだが、例外としてダンジョンの外、つまりは町中における依頼もあるにはある。


 「お金も大事だけど、お金以外の報酬も貰えるお得な依頼は……」


 依頼をこなせば、報酬としてお金が貰える。

 ランクが低いうちは安いものの、その代わり誰でもできるくらいには簡単なものばかり。

 とはいえ、依頼によってはお金以外の報酬が存在する場合がある。

 今のリリィは、そんなお得な依頼を探している最中だった。


 「自家製の薬草……いらない。武具を一つだけ半額で購入できる権利……ちょっと微妙。職人の弟子が初めて作った武具を無償で一つ……これだ!」


 装備品、特に武器や防具はそこそこの値段がする。

 一から揃えるだけで、生活費が一気に消えてしまう。

 安物なら数週間、それなりのだと数ヶ月、高級品に至っては数年分。

 なお、これは一般人の場合であり、貧乏なリリィにとっては安物以外は眺めることしかできない。


 「あら、あなたもこれを?」

 「え?」


 貼ってある紙に手が届くが、その時もう一つの手が現れると、ほぼ同時に紙を掴む。

 まさかの事態にリリィが視線を動かすと、そこには魔術師の格好をした女性がいた。

 髪と目の両方が紫色をしているので、一目見るだけで記憶に残る人物である。

 見た目はそこそこ整っているが、着ているものは結構やつれているのを見るに、経験ある冒険者のようだ。


 「あのー、これはわたしが先に取ったんですけど」

 「いや、私の方が先だけど」


 依頼を巡る揉め事は多い。

 一つの依頼を、複数の冒険者がほぼ同時に取るような場合などは特に。

 とはいえ、依頼を取ることで揉めたら周囲に迷惑なため、そうならないようにいくらかのルールが定められている。


 「ええと、ほぼ同時の場合は……協力して依頼をこなしますか? ギルドにはそういうルールが」

 「協力、ねえ? あなたいくつ? ちゃんと戦える?」


 リリィの幼さを見て、魔術師の女性はどこか値踏みするように、じろじろと頭から足の先までを見ていく。


 「冒険者ランクいくつなわけ?」

 「アイアンです。そちらは?」

 「……同じくアイアンよ。一番の下っ端じゃないなら、使い物になると判断するわ。私はセラ・グローム。セラでいいわ。おちびちゃん、あなたの名前は?」

 「リリィです」

 「冒険者として登録してる名前は?」

 「リリィ・スウィフトフット」

 「わざわざそう登録してるってことは、足の早さには期待できそうね」

 「…………」

 「どこ見てんの」

 「その、こうして間近で見るのって初めてで」


 リリィはセラの下半身を見ていた。

 より正確には脚部だが、彼女は二本の足を持っていない。

 その下半身はヘビとなっており、尻尾の先まで含めるとだいぶ場所を取っていた。


 「ああ、はいはい。そういう視線は慣れてるから言っておくけど、私はラミアなわけ。ウサギの獣人さん」


 ラミアとは、上半身がヒトで下半身がヘビという、半分ほどモンスターな存在。

 そのため、大昔は人間や他の種族と激しく争っていたが、時代が進むと共に争いは減っていき、今ではそれなりに交流が進んでいる。

 それでも、だいぶ異質な姿のため奇異の目で見られることは多いのだが。


 「このヘビな下半身は色々できるわ。こんな風に」


 セラはやれやれといった様子で肩をすくめると、太くしなやかな尻尾をリリィに巻きつけ、軽く締め上げる。


 ミシミシ……


 「うっ!?」


 これがなかなかに強く、思わず苦しげな声が出るほどだが、すぐに解放された。


 「とまあ、私は尻尾を使って戦うこともできるから、戦闘の際は期待していいわよ」

 「いたた……いきなり締め上げるとかひどい」

 「パフォーマンスよ、パフォーマンス。言葉で説明するより手っ取り早いもの。ちゃんと手加減してあげたでしょ」


 セラはそう言うと、あくび混じりに受付へと向かうので、リリィは慌ててあとを追う。


 「受付さん、この依頼受けたいんだけど。私とこの子の二人ね。ちなみにどっちもランクはアイアン」

 「では、手続きをしますので少々お待ちください」


 受付の人が何か書いている間に、リリィは依頼の紙を手に取って内容を改めて確認する。

 そこにはこう書かれていた。


 “冒険者の諸君、ダンジョンの地下五階部分において、歩くキノコの傘を手に入れてきてほしい。ただし、絶対に守ってもらいたいことがある。傘を取り外す時以外、歩くキノコを傷つけてはならない。もし傷つけたなら、次に傘を手に入れるまでの期間が伸びてしまうからだ”


 「歩くキノコかあ」

 「傷つけてはならないというのが面倒ね」

 「地下五階となると、他のモンスターにも注意しないと」

 「浅い階層のは無視できるけど、そこら辺から少し注意が必要か。やれやれ」


 ダンジョンは、地下深くになればなるほど厄介で強いモンスターが出てくる。

 逆に言えば、浅い階層なら弱いモンスターが出てくるわけだ。

 地下五階は、ブロンズランクの冒険者なら安全とはいえ、油断していると怪我してしまう。

 そのため、小さいウサギの少女を見てセラは軽いため息をついた。

 大丈夫だろうけども、やや不安が残る。

 そんな表情を浮かべていたものの、受付での手続きが完了したのですぐに表情を戻す。


 「さて、あとはダンジョンに潜るだけだけど、今のうちに大まかな役割を決めておきましょ」

 「なら、わたしが探索とかを優先するので、戦闘をお願いしてもいいですか」

 「ま、それが妥当ね」


 リリィとセラ、二人だけの臨時のパーティーは、ギルド内部にあるダンジョンの出入口から地下へと進んでいく。


 「ええと、次の階段までの最短ルートは……」


 リリィはダンジョン内部の地図を広げながら歩いており、その近くをセラがついていく形で移動する。

 浅い階層の地図は安く大量に出回っており、お金がなくとも簡単に手に入れることができるのだ。


 「いちいち通路を進んで、階段をおりていかないといけない。あーあ、ギルドは螺旋階段みたいなのを作って解決してくれないかしら。階層をまとめてぶち抜くようなやつ」


 階段をおりる。通路を進む。階段をおりる。

 この退屈で面倒な繰り返しに対し、セラはため息混じりにぼやく。


 「昔、そういう計画があったみたいですよ」

 「知ってるわ。ギルドが中心となり、熟練の冒険者を集めて、まず地下五階部分までをまとめてぶち抜くような階段を作ろうとした。……結果は失敗。なぜなら、下に通じる穴を掘っても数十分ほどで塞がるから」


 黙々と進むのは退屈なのか、話題を出すためにセラはぼやいたようで、少し話したあと肩をすくめた。


 「まったく、ダンジョンってなんなのかしら。ま、そんなよくわからないダンジョンに潜って金稼ごうとする時点で、私たちが言えたことではないか」

 「わけわからないおかげで、わたしでも稼げるのは一長一短あるかも」

 「まあ、浅い階層では子どもに稼ぎを取られるから、必然的に深い階層に潜る必要があるわね。ガツンと大きく稼ごうとするなら」


 会話しながら薄暗い洞窟のような内部を進み続けていると、地下五階部分に到着する。

 歩くキノコがどの辺りを徘徊していそうか、リリィは地図を広げながら見ていくが、すぐさまセラに肩を叩かれる。


 「ちょっと、あそこ」

 「へ? あ、キノコが歩いてる」


 やや離れたところを、人間の大人よりも大きいキノコが歩いていた。

 赤い色をした傘は厚みがあり、その下にある胴体とも呼べそうな部分は、ずんぐりと丸みを帯びていて太い。

 これだけなら、ただの巨大なキノコに見えるが、視線を下に動かすと、これまた太い二本の足が生えているのが確認できる。腕はないようだ。


 「…………」

 「なに私のこと見てんの」

 「さすがにラミアの方が大きいかなって」

 「ぶつわよ」


 まさかの大きさに思わず固まるも、目標を発見したので二人は気づかれないよう静かに追いかける。

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借金返済のためのダンジョン攻略! ~ウサギの獣人で孤児な少女は訳ありな仲間たちと共に深部を目指す~ パッタリ @patari

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