第8話 本能寺の異変

 2022年6月30日午前2時


「誰にも気付かれなかったか?」


「はい、信長様」


 信長と森成利(蘭丸)・長隆(坊丸)・長氏(力丸)の四人はホテルを抜け出し、本能寺跡地へと向かった。今日は本能寺の変が起きた旧暦の6月2日だ。もし、タイムスリップに月の位置が関係しているのであれば、旧暦で同じ日同じ時間に合わせて本能寺へ行ってみようという話になったのだ。


 そして、未明の油小路を四人は歩いて行く。しばらく歩くと本能寺の跡地にたどり着いた。


 未明の京都市内はとても静かでほとんどの音が聞こえなかった。時々、大通りを車の通る音がする程度だ。小路を歩いている人も居ない。


「京都でも、夜の町はこんなに静かなものなのか?」


 四人が油小路を南に進み、四条堀川に近づいたときに、遠くから何かが聞こえてきた。


「信長様!何か聞こえます!あれは・・・“お囃子(はやし)“の音でしょうか?」


 四人は耳を澄ましてその音を聞く。どうやら笛や小太鼓の音のようだった。


 そしてその音はだんだんと大きくなって近づいてくる。そして、その音を出している集団が目の前の小路を横切っていった。


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


 四人は、あまりの出来事に皆絶句してしまった。そんなことがあり得るのか?タイムスリップをしてきた自分たちが言うのも変な話だが、こんな時間にあんなものが通るものなのか?


「あ、あれは、祭り囃子の行列でしょうか?山車も引いていましたね」


 蘭丸が目を丸くして信長に話しかけた。坊丸と力丸は呆然として声も出ない。


「そ、そうだな・・・俺にもそう見えたぞ・・・。こんな時間に祭り囃子をするはずなど無い。とすると、なにか異常が起きているのでは・・・な、なんだ!?」


 信長達は突然の“怒号”に包まれてしまった。男達が激しく怒鳴り合う声がする。馬のいななく声がする。ヒュンヒュンと弓矢が飛ぶ音がする。あきらかに“合戦”のまっただ中で聞こえる音だ。


 その激しい音が聞こえ始めたと同時に、あたりの景色がゆがんで見え始めた。そして、だんだんと街灯の光が小さくなり暗闇に包まれていく。


「これは、本能寺の時の音だ!蘭!来た甲斐があったぞ!これで戦国の世に戻れる!」


「信長様!とうとう、戻れるのですね!」


 四人は歓喜に包まれた。戦国に戻れることを夢見て生きてきた。そして、戻ったときに役に立つ知識や技術を身につけた。その甲斐があったのだ!


 今度こそは、足下をすくわれるようなことなく、必ず天下布武を実現する。


 その直後、信長達は油小路から忽然と消えていた。


 ――――


 そこは真っ白な空間だった。


「ここは?おい!蘭!坊丸!力丸!どこだ!返事をしろ!」


 上も下も解らない真っ白な空間に信長は浮いていた。寒くもなく熱くもない。本能寺の変から21世紀へタイムスリップをしたときには、こんな空間は無かった。


「ようこそ、織田信長。あなたが天下布武の志を無くさなかった事に感謝します」


 突然、女の声が聞こえてきた。いや、耳から聞こえているような感じでは無い。頭の中に直接語りかけているような気がする。


「おまえは誰だ!それに、ここは何処だ!」


「私は世界を司る者。名前はありません。人間の感覚だと“神”と呼ばれる存在が一番近いでしょう」


「“神”だと?すると、お前が俺たちをタイムスリップさせたのか?」


「その通りです。本能寺で本来死ぬはずだったあなた達を、この時代に転生させました。そして、世界を変えるための知識を身につけてもらったのです。あなた達は、もう一度天下布武を行うために見事その知識を付け、そして10年の歳月が経過したにもかかわらず、野望を失いませんでした。あなた達の強き意志があれば、必ずや世界を平和へ導くことが出来るでしょう。世界の命運を、あなたに託したいのです」


「そうか。よし!その願い、俺様がかなえてやろう!今度は失敗せんぞ。そして、全て国を統一し、戦争の無い世界にしてやろうではないか!」


「ああ、なんという心強い言葉。やはり、あなたを見いだしたのは間違いではありませんでした。それでは、世界の未来をあなたに託します。全ての民族や人種を統一し、戦の無い平和な世界を作って下さい。その為に、私からいくつかの贈り物を授けます。では、あなた達の活躍を期待しています」

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