第7話 信長は勉強することにした
「なに!坊丸と力丸が目を覚ましたじゃと!」
児童相談所の多目的ルームで本を読んでいた信長と蘭丸は、その知らせを聞いて喜び合う。坊丸と力丸の聴取を担当した婦警が八王子児童相談所を訪れて、信長と蘭丸に二人が意識を取り戻したことを伝えたのだ。
「あれれぇ?おかしいぞぉ。あの二人の名前は“与吉”くんと“弥吉”くんって言ってなかったかしら?」
「あっ、いや、与吉と弥吉じゃ。ちょっと言い間違えただけじゃ」
「あら、そうなの?でも、あの二人は自分たちのことを“森長隆”と“森長氏”って名乗ったわよ。これって“坊丸”くんに“力丸”くんよね?それで、あなた方の名前は“織田信長”くんに“森成利”くんて言ってたわ。どっちが本当なのかしらねぇ?」
婦警は信長に顔を近づけてにっこりとほほえむ。あきらかに、信長達が嘘をついていることを見透かした笑顔だった。
“くっ・・あやつらめ、もう少し智慧がまわらぬものか・・・”
信長と蘭丸は婦警から少し距離をとってヒソヒソ話を始めた。
「どうする?蘭よ。あの女子(おなご)をたたき伏せてここから逃げるか?」
「う、上様。今の世には明智もおりませぬ。それに、“人権”や“福祉”が行き届いている“民主主義”の世でございます。ここは正直にあかしてもよろしいのではないでしょうか?」
蘭丸の言葉を聞いて信長は考える。この数日間で、今の世のことがかなりわかってきた。本に書いていることで解らないことは、積極的に児童相談所の職員に質問をした。身分制度はすでになく、罪を犯したからと言って死罪になるようなこともめったにない。身寄りの無い子供でも“学校”に通うことができ、生活の心配がないこともわかった。
それに、自分が織田信長であると言っても信じてもらえるとはとうてい思えない。とはいえ、嘘を突き通すのも疲れる。
「そうじゃの。ここは正直に言うのがよいか。わかった、蘭よ。おぬしが口上せい」
「はい!上様!」
信長は婦警に向かってあぐらで座り直す。そして、その脇に蘭丸が正座をして背筋を伸ばした。
「ええい、頭(ず)が高い!この御方をどなたと心得る。ここにおわすは右大臣織田正二位信長公にあらせられるぞ!控えおろー!」
蘭丸が発した声は、とても5歳程度の子供の声とは思えないほどの声量で堂々としていた。その言葉に婦警は圧倒され、表情が固まる。
「えっ?あなたたち、水戸黄門のビデオとか見た?」
「頭が高いと言っておろう!」
“これって、つきあった方が良いのかしら?困ったわね”
ネグレクトを受けた子供たちへの接し方は、何パターンか研修で学んでいたが、こういったタイプの子供は初めてだった。
――――
信長たちは、翌年4月から小学校に通うことになった。それまでは、児童福祉施設での生活となる。
――――
刻は経ち、小学二年生に進級した。
この頃になると、21世紀の日本語にも慣れてきてほとんどの書籍を読むことが出来るようになっていた。もともと漢字はほとんど知っていたので、現代文の言い回しを覚えるくらいで良かったのだ。
そして4人は休み時間は必ず図書館に行って知識を習得していた。
「おい!蘭よ!この小説は面白いぞ!現代の女子高生が戦国時代にタイムスリップして、なんと、俺(織田信長)と一緒に天下布武を成し遂げるという話だ!なになに、まずは米の生産を増やして火薬も作ってと・・・・・これじゃ!俺たちが戦国の世に戻ったときに役立つ知識が書いてある!」
信長達は、何らかの超常現象によって400年以上タイムスリップしてしまったとの結論に達していた。そして、この21世紀の世の中でも時間を超越する技術の無いことを知った。
すると、やはり科学的な作用ではなく、神なり仏なりの力によってタイムスリップしたのだと考えた。自分たちがこの世界に来たのは、きっと意味のあることだろうと思う。
そうであれば、もしかしたらもう一度戦国の世に戻れるかも知れない。我々に21世紀の知識を学ばせ、そして、その知恵を持って戦国の世をより早く平定して天下布武を実現せよと言っているのではないかと思ったのだ。
そして、“その時”の為に、信長達は必要であろう知識や技術を積極的に学ぶことにした。
そして10数年が過ぎ、高校の修学旅行でここ京都に来ているのだ。
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