第11話 クレスト・パーティー(2)

 クレスト・コーポレーション本社ビル 11階 第3会議室。


 役員が会議するための広くて高級感のある会議室。

 10人ほどのスーツ姿の役員たちが苛立たし気に座っている。

 彼らと向かい合う形で会議室に入ってくる人物が2人。

 広報部の部長とパーティーリーダーの橋元健はしもとけんである。

 急遽呼び出された2人が会議室に入るなり、役員たちが口々に言う。


「先日の配信はどういうことだ! なんだあれは!」

「低評価も非常に多いらしいじゃないか。大きなイメージダウンじゃないかね。」

「君たちは我が社の製品をPRするという自分たちの役割をちゃんと理解しているのかね?」

「森山くん、ちゃんと説明したまえ」


 立て続けの厳しい叱責と追及が続く。

 森山部長が流れる汗を必死に拭きながら口ごもる。

 ぺこぺこと頭を下げるたびに不健康そうな腹が揺れる。


「も、申し訳ありません……こ、これは……その……」

「なんだね。ちゃんと部下の管理が出来ていないのかね!」

「こ、今回の件は橋元くんに一任しておりましてっ……」

「あいつが、ちゃんと引き継ぎしてかなかったからじゃないですかね……」


 急に話を振られ、そっぽを向いていた橋元健ケンが申し訳程度の敬語でぼそりと答える。


「あいつ、というのは先日退社した山田くんのことかね? 彼は探索チームの立ち上げに初期から尽力し、探索のサポーターとしても非常に優秀だという話ではなかったかね?」

「…………」

「……やっ、山田くんは、その、Fランクでして……Bランクである橋元くんたちのパーティーのサポーターとしては力不足だという声がありまして……」


 だんまりを決め込むケンの代わりに慌てて森山部長が答える。

 それまで黙って目をつむっていた神楽かぐら社長がゆっくりと目を開いて2人に話しかける。


「そういえば森山部長は広報部に異動してきたばかりだったね。探索者については勉強したのかね?」

「は、はい……異動に当たり、自分なりに勉強したつもりです」

「ふむ。では聞こう。探索者の装備にとって最も大切なことはなんだね?」

「こ、壊れないことです。探索者の命を守るために、最後まで壊れないことが重要です」

「その通りだ。それはわが社の一貫した製品コンセプトでもある」

「……」


 社長と部長の話をつまらなそうにケンが聞いている。

 頑強さと機能性を追求した探索者装備のトップメーカー、クレスト・コーポレーション。

 それをダンジョンが出現してからの20年ほどで作り上げた創始者。

 ダンジョン好景気の風雲児とも呼ばれる男。

 その男がギロリと鋭い目でケンを見る。


「橋元くん、君は探索者にとって一番大事なことは何だと思うね?」

「……強さですかね」


 一瞬だけ考えてケンが答える。


「それも一つの答えではあるだろう。だがね、私は違う意見だ。死なずに帰ってくること、たとえどんな敵が現れても、どんな状況に陥ってもだ。そしてそのための準備が出来ることが、探索者にとって一番大事だと考えている」

「……」

「今までは、山田くんがそこを担ってくれていたのだろう。今後は残された自分たちだけで、どうしたらそれが出来るか、よく考えたまえ」

「……次は……絶対大丈夫ですから……」

「そう願いたいものだ。次回は良い報告を期待しているよ」


 そう告げると今日はもう用は無いとばかりに社長は立ち上がりすばやく退室して行った。





 会議室を出て部長と別れた橋元健ケンが自席に戻る。

 ケンが戻ったのを見て、ソファーでスマホをいじっていた峰岸麻衣マイが立ち上がって近づいてくる。


「ケン~。さっき、経費精算の書類が差し戻されて戻ってきてたよ~。科目がなんとかって言ってたけど、マイよくわかんな~い」

「……はぁ? んだよ、それ。俺に言うなよ」

「ぇ~、じゃあ誰に言うのよ~。リーダーでしょ~」

「……自分でやれよ」

「むりむり~。そんなのやったことないもん~。今までは全部山田おじさんが勝手にやってたし~」

「……」

「っていうかテンション低くない~」

「っるせぇな!」

「こっわ~。機嫌わる~」


 話している二人のところに岩下彩音アヤネが近づいてくる。


「ケン、このあいだの探索申請書が受理されていないらしいですよ」

「ぁん? それは新人にやらせただろ?」

「いくつか間違いがあったとかで、早く修正して出すようギルドから連絡があったみたいです」

「おい! 聞こえたか! 雑用ぐらいちゃんとしろよ!」


 部屋隅の事務机に座っていた松井祥子新人に顔を向け、怒鳴る。


「はっ、はいッス……。すいませんッス……。分からなかったところを他の先輩方にも聞いたんッスけど、皆さん山田さんに聞いてとしか言わなくて……」

「……」

「や、山田さんはもう退職されたんッスって伝えたら嘘、とかなんで、とか言われちゃって……結局誰も分からなくて……」

「……何なんだよ……」

「……?」

「何なんだよ! どいつもこいつも山田、山田って! 全部あいつのせいじゃねぇか! なんで俺があいつのせいで怒られたり苦労したりしなきゃいけねぇんだよ! あいつが悪いんだろ!!」


 机の上のごちゃごちゃとした荷物を腕で薙ぎ払いながらケンが怒声を放つ。

 ピリついた重い空気に誰もが押し黙る。


「……クソがっ……」


 机の脚を蹴りながらケンが乱暴に部屋を出ていく。

 ケンが出ていった後も荒れた空気は部屋を支配していた。

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