第12話 絶壁さん

 昨日は予定外のヒュドラ戦のせいで遅めの帰還となってしまった為、結局連絡先だけ交換して解散となった。

 ドロップアイテム類については、処理はお任せしますわ、とのことだ。

 装備も高級品っぽかったし、お金が探索の目的じゃなさそうなんだよなぁ。

 探索翌日の朝からいきなり連絡するのもあれだし、売店で売れそうなものは売ってから連絡しよう。

 ちょっと連絡するのが怖かったのは内緒だ。


 そんなわけで今日も一人でギルドの売店に向かい、売店のぬしを探す。


「お疲れ様ですー。佐藤さんいますか?」

「おぅ、山田くん。また来たのかい。頑張ってるね」

「フリーの探索者になったんで働けるときは働かないといけないだけですよ。ぇっと、魔石とかの買い取りをお願いします」

「分かったよ。すぐ査定しちゃうからまとめて出しておいて」


 魔石とヒュドラの牙を取り出しつつ、もう一つの用件を伝える。


「あと、実は――」

「今度は盾でも壊れたかい?」

「あはは……分かります……?」

「ぱっと見だからモンスターの細かな種類とかまでは分からないけど、かなり強めのモンスターの牙っぽいドロップアイテムがあるからね」


 今日の佐藤さんはあきれ半分、賞賛半分といった顔。


「まぁ無事帰って来れているんだからうるさいことは言わないけど、無理はしちゃ駄目だよ。生きて帰ってこその探索者だ」

「はい。心得ているつもりです」

「うん、そうだね。それで、壊れたスモールシールドは見せて貰えるかい?」

「ぁー……ヒュドラの毒ブレスで溶けちゃって取っ手ぐらいしか残ってないです……」

「ヒュドラだって!? そんな深い階層まで潜ったのかい? それともどこかのショートカットルートを使ったのかい?」

「いやー、実は上級ダンジョンの2層目にいたんです……」

「それは……帰還報告はもう済ませているかい?」

「この後するつもりです」

「それなら査定は済ませておくから、すぐ受付の方に行って帰還報告してきなさい。異常報告だから、なるべく詳しく報告してほしい」

「そうですね、すいません気が回らなくて。すぐ報告に行きます」


 なんとか撃破できて安心してしまって失念していたが、佐藤さんに指摘されて異常事態だったことを改めて認識した。

 佐藤さんに軽く頭を下げてすぐ受付の方へ向かう。

 ぉ、ちょうど西野さんの受付が空いていそう――


「失礼、貴殿が山田殿でよろしいか?」


 西野さんの窓口に突撃しようとしたとき、突然後ろから声を掛けられる。

 振り返ると金属製の部分鎧を着て、大きな盾を背負った、細身ながらもやや大柄の女性がいた。

 黒髪のショートヘアで、少し鋭い目つき、クールというか精悍せいかんという感じの顔立ち。


「へ……あ、はい。山田です」

「そうか……すぅ……お嬢様に怪我をさせるとは何事だ! どれほどのことをしたか分かってるのか!」


 物凄い大きい声で怒声を浴びせられた。

 お嬢様……?


「聞こえているのか! 昨日の探索でのことだ! 覚えてないとは言わせんぞ!」


 フリーズしていたら無視したとでも思われたのか、騎士子さん(仮称)に胸倉を掴まれる。

 ちょっと俺の足、浮いてません? わりと息が苦しい……

 パタパタとした音と誰かが走ってくる気配。


佳乃よしの! いますぐ手を放しなさい!」


 電波少女ちゃん藤堂さんの声が聞こえる気がする……

 ちょっと本格的に苦しい……

 まだ放してもらえない……


「回復魔法で治しましたから、傷はどこにも残っていないですわ!」

「そういう問題ではありません! お怪我なされるような場所にお二人で行かれたことがそもそもの問題なのです!」

「あぁっ……おじ様のお顔がっ……とにかく放しなさいっ!」


 藤堂さんが俺に抱き着いてきて放すよう言った辺りでようやく解放してもらえた。

 どうも藤堂さんの関係者らしい。


(ざわざわ……)

「ぇ? 修羅場?」

「マジ? あれ、聖女ちゃん様?」

「あのおっさん誰?」

「絶壁さんも?」

「聖女ちゃん様と絶壁さんとで修羅場ってどゆこと?」


 深呼吸して息を整えているとギルド内のあちこちからざわざわした声が聞こえてくる。

 ぁー……受付前でこんな騒いだらそりゃ目立つよね……

 受付の方を改めてみると西野さんがちょっとこめかみをピクピクさせながらも心配そうな顔でこちらを見ている。

 とりあえず西野さんに軽く会釈しておいて、藤堂さんと騎士子さん(仮称) よしのさん?の方を向き直す。


「藤堂さん、昨日ぶりです。お疲れ様でした。色々聞きたいですけど、先にギルドに帰還報告だけしちゃっていいですか?」

「はい、大丈夫ですわ。こちらもちょっと佳乃に言い聞かせておきますわ」

「なっ……お嬢様! 私はお嬢様をお守りする立場として……」

「お黙りなさい――」


 取り敢えず西野さんのところに避難しよう。


「西野さん、お疲れ様です。騒がせちゃってすみません。昨日の帰還報告を書いちゃいたいので探索申請書を出してもらえますか?」

「はぁい。山田さん、モテモテですねぇ」

「え、いや、あれはモテモテ……なんですか?」

「はーい、こちらが今回の探索申請書ですぅ。帰還報告の記入お願いしますぅ」


 反論は許さぬという感じで申請書を渡されてしまった。

 記入しながらヒュドラの件を伝える。


「それと、昨日の探索中、2階層でヒュドラに遭遇しました」

「ぇ……? ヒュドラですか?! 大丈夫だったんですか?!」

「藤堂さんの協力でなんとか倒せました。魔石とかは佐藤さんに預けて査定お願いしているので、必要ならそちらに確認して下さい」


 西野さんがすごくビックリした顔はSRすごくレアぐらいだな。

 すごくビックリしてても可愛いわー。


「承知しましたぁ。でも、無事帰ってきて頂けて良かったですぅ」

「一応、遭遇時の詳細とかは帰還報告に書いておくので、確認して下さい。何かあれば連絡貰えればまた説明とかには来ますんで」

「承知しましたぁ。確認させて頂きますぅ」

「それと、藤堂さんたちと急ぎでもうちょっと話さないといけなそうなんで、打ち合わせブース借りられます?」

「大丈夫ですぅ。空いているブースをお使いくださぃ」

「分かりました。ありがとうございます」


 西野さんにお礼を言って藤堂さんたちのところへ戻る。

 プンプンした感じの藤堂さんとしゅんとした感じの騎士子さん(仮称)。

 何にせよこれ以上は騒ぎにしたくないので、3人で打ち合わせスペースへ移動する。





 打ち合わせブースで俺が着席するなり、騎士子さん(仮称)が立ったまま神妙な声で謝罪してきた。


「まずは先ほどの非礼をお詫びしたい。申し訳なかった」

「はぁ、まぁ大丈夫です。ビックリしましたけど」

「謝罪を受け入れて頂けて感謝する。私の不在中にお嬢様が怪我をなさったと聞いて少々動転してしまってね」


 また出たお嬢様……

 そりゃお金持ってそうな感じはしていたけど、リアルお嬢様なのかな……?

 俺の向かいに座る藤堂さんの隣に着席した騎士子さんが続ける。


「改めて自己紹介させてくれ。クラン『聖女団』のサブリーダーを務めている、一条佳乃いちじょうよしのと言う」

「ぇ……? 聖女団って、あのユニークジョブ『聖女』持ちのAランク探索者がクランリーダーをやっている、あの聖女団?」

「ん? 何を言っている? 山田殿の目の前に座るお嬢様がその聖女様だぞ?」

「へ……?」


 ニコニコした笑顔で俺に手を振る藤堂さん聖女様

 クランとは探索者が中心となってパーティーや情報共有、事務手続きの簡素化のために作る集団だ。

 お役所的なギルドよりも身内の集まり的なイメージ。

 クレスト時代は1パーティーだけだったからクランまでは立ち上げなかったんだよなぁ。

 俺が衝撃情報に軽く現実逃避している間に二人の会話が進んでいく。


「改めて確認させて下さい。お嬢様、どうしても山田殿と上級ダンジョンに行かねばならなかったのですか?」

「どうしても行かないといけなかったのですわ」

「それは……例のスキルによるものですか?」

「えぇ、その通りですの」

「くっ……そうだとしても、もう少し安全に行くことは出来なかったのですか!」

「申し訳ありません、私の準備不足でしたわ。まさか浅層であれほどのモンスターが出てくるなんて……」

「ともかく、もうお二人での探索はおやめください」

「嫌ですわ。まだ神託が果たせていないのです」


 わー……蚊帳の外。

 と言うか、神託とは……?


「くっ……それなら、山田殿の実力を見極めるしかありませんね。私も同行して上級ダンジョンで軽く探索しましょう」

「佳乃。あなたは昨日まで遠方のダンジョンで遠征していたのだから、まだ万全ではないのでしょう? 無理をしては駄目ですわよ?」

「大丈夫です。上級ダンジョンの浅い層を見て回るぐらいなら問題ない程度には回復しています」


 ぇー? 俺の意思は……?


 なぜか今日も上級ダンジョンに行くことになりました。

 今日は3人パーティーだー……

 あ、あと魔石を換金したお金は割り勘にして、盾を金属製のバックラーに替えました。

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