第9話 電波少女ちゃんとダンジョン
嗚呼……まだいる……
西野さんのところには、まだ電波少女ちゃんがいた。
売店に行っていた間に何があったのか、西野さんの顔色はだいぶ改善した模様。
腹を決めて受付へ向かう。
「西野さん、今日も探索に行くので探索申請お願いします。」
「はぁい。今日も
「そうですね。ソロだとまだ中級以上は不安ですからね。」
「おじ様はいまソロで探索なさっているのですね!」
ぁー……なるべく触れずにやりすごそうと思ってたのに……
食いついて来ちゃった……
仕方なく電波少女ちゃんの方に愛想笑いを向ける。
「えぇ……まぁ……ちょっと色々ありまして……」
「それでしたら、是非
「ぇ……上級……?」
「はい! どうやっておじ様を探索へお誘いしようかと思ってましたので、ちょうど良かったですわ。」
ぇ……?
俺は全然ちょうど良くないですわ?
「えっと……探索者にはランクがあるので、上級ダンジョンのペアだとかなり高ランクが必要に――」
「大丈夫ですぅ」
ものすごい笑顔の西野さんに
あれ?
さっき
必死に頭を回転させて言い訳を並べてみる。
「じょ、上級ダンジョンともなると連携が――」
「山田さんくらいの経験者なら大丈夫ですぅ」
「ふ、深い層まで行くとなるといろいろ準備が――」
「浅い層を回ってくるだけであれば大丈夫ですぅ」
「ダンジョンとはいえ、こんなおっさんと若い女の子が二人きりってのは――」
「おじ様と二人で探索だなんて、とっても楽しみですわ」
「とのことなので、大丈夫ですぅ」
黙って行ってこい感が、ものすごい……
味方が……いない……
「えっと……はい……いってきます……」
満面の笑みでこちらに申請書類を渡してくる西野さん。
ニッコニコした電波少女ちゃん。
くそぉぉぉぉ……大丈夫かなぁ……
今回の上級ダンジョンはギルドのすぐ裏手にある。
この立地は
スタンピードはダンジョンからモンスターが地上に
当然、大きな被害が出る。
ダンジョンが出現した初期の頃、日本でも何度か発生してしまった。
探索があまり実施されていないことや特異個体などが原因で発生することが今では分かっている。
「……準備は大丈夫かな?」
上級ダンジョンへの扉を前に電波少女ちゃんに話しかける。
「はい。おじ様。よろしくお願いしますわ」
「そういえば
「おじ様はおじ様ですわ」
そうですか……
探索申請を出すときに確認した電波少女ちゃんの名前は
こちらの名前も教えたが、おじ様呼びは止めて貰えないらしい……
「おじ様こそ、私を理沙と呼び捨てにしてくださって構いませんのに。」
「いやー……それは……まぁ……取り敢えず行こうか……」
全力でごまかしながら扉に触れる。
藤堂さんもちょっとむくれた顔をしつつ追従してくれた。
二人でダンジョンへ入る。
エレベーターに乗るときのような一瞬の浮遊感の後、目の前の景色が一瞬で切り替わる。
少しだけ薄暗く、じめっとした岩肌の洞窟。
そのやや広い通路に二人並んで立っている。
立っているだけで深いダンジョン特有の強いプレッシャーを感じる。
すぐに軽く腰を落とし、周囲の気配を確認する。
幸い、今回は周囲にモンスターはいないようだ。
「藤堂さん、大丈夫かい?」
「はい、問題ありませんわ」
いざダンジョンに入ってみれば、藤堂さんも高ランク探索者だと分かる。
凛とした気負いのない様子で周囲を確認している。
この強いプレッシャーの中で自然体でいられるなら大したものだ。
高級そうなゴスロリっぽいシスター服も、どうやら探索装備だったようでダンジョンの中だと存外違和感がない。
あんなの見たことないしドロップ装備かオーダーメイドかな……?
「それじゃ、まずは1階層を軽く見て回りましょう。」
「はい、それで構いませんわ。」
事前に軽く相談したフォーメーションの通り、俺が少し先行する。
藤堂さんは後衛の回復職らしい。
それであれば俺は前衛を担当することになる。
周囲に気を配りつつ、ゆっくりと奥へ進む。
グルル……
奥から微かな唸り声とモンスターの気配。
「藤堂さん、来ますよっ……」
「はい、認識していますわ。」
通路の中央で軽く腰を落として
「ガウッ……」「ガウッ……」
見えた、大型犬くらいの大きさの真っ黒な
縦に一列になって駆けてくる。
藤堂さんは軽装の後衛だし、後ろに通すわけにはいかないな……
「そいっ……!」
まずは飛びかかってきたナイトドッグの牙をスモールシールドで受け止める。
次いですぐ脇を抜けてきた2匹目にカウンター気味にショートソードを叩き込む。
「キャゥンッ……」
2匹目がひるんだ隙に1匹目にショートソードを握ったままの右手を向ける。
「”
ゴゥンッ……
俺の胴体ぐらいの太さの極太の炎の槍が飛んでいく。
あれ……? なんかいつもより太すぎだし速すぎない?
避けられなかった1匹目のナイトドッグが炎に包まれる。
「ガウッ……」
起き上がっていた2匹目が再度飛びかかってくる。
魔法の撃ち終わりを狙ったかのようなタイミング。
なかなか優秀だが、動きが読めていれば対処は難しくない。
スモールシールドで打ち付け気味に受け止める。
そして、そのまま素早くショートソードを振るう。
「クゥゥゥンッ……」
地面に叩きつけられた2匹目も動かなくなる。
一拍の後、2匹のナイトドッグの死体が光の粒子になって消えていく。
「ふぅ……」
「おじ様さすがですわ。鮮やかなお手並みですの。」
「ありがとう。慣れないペアとは言え、そう簡単に後ろにモンスターは流さないよ。」
「安心して見ていられましたわ。でも、いざとなれば私もこれで応戦しますから、無理はなさらないでくださいまし。」
そう言って、手に持った高級そうな
「はは……そうだね。もし流れちゃった時はよろしくね。」
「はいー。それにしても、おじ様は魔法も使えたのですね。」
「まぁ、一応ね……中級魔法くらいまでは一通り使えるよ。」
「すごいですわ。あれだけ接近戦もお強いのに魔法もこなせるなんて。」
「はは……まぁジョブ特性ってやつかな。世代ってのもあるけどね……」
「世代、ですの?」
藤堂さんは不思議そうに首をかしげる。
まぁいまどきの若い子はダンジョンが出現したばっかりの頃のことなんて知らないよなぁ……
「俺達くらいの年代は、ダンジョン探索の黎明期だったからさ。あれこれ色々とやらされたんだよ。」
「そうなんですの。私たちは学校でも自分の特性に見合うような訓練ばかりやってきましたわ。」
「ノウハウってやつだね。その人の経験と発現するジョブに強い相関がある、ってやつ。」
俺たちの世代は、まだまだノウハウなんて無くて、手探りで進んできた。
そのせいか、変わったジョブの人も多かったらしい。
今では探索者のための学校もあり、ノウハウもある。
経験則に基づいたカリキュラムで探索向きのジョブが発現しやすいのだとか。
うらやましい話だ。
1階層をあらかた探索し終わり、2階層に進んで少し経った頃。
藤堂さんが眉間にしわを寄せ、思案気な顔でつぶやく。
「変な感じですわ。」
「……? 何か異常があったかい……?」
「いつもより湿度が高いというか、
「もう少し、具体的に分かるかい?」
「このダンジョン自体、深い階層に行くほど水気が多いのですが……2層目でこれはちょっと濃すぎる気がしますわ。」
言いながら藤堂さんは周囲の通路端あたりや壁肌を指さす。
「私には異常に感じますわ。」
「ふむ……それなら、周囲の観察をしつつ、今日はもう撤退しよう。二人だと安全マージンが無さすぎる。」
「分かりましたわ。」
後から考えれば、この判断は遅きに失したのだろう。
撤退を決めて来た道を戻ろうとした俺たちに、すぐ傍の脇道からしゅるしゅると音を立てながら多頭の蛇型モンスターが近づいてきたのだから。
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