第8話 電波少女ちゃん

 下級ダンジョンで金獅子との死闘を終えた翌日。

 さすがに昨日は疲れ果てて寝てしまった。


 とりあえず朝イチでダンジョン探索管理協会ギルドに帰還報告に向かう。

 まだ疲れが抜けきらないが、余り遅れると心配されるしな。

 あとは拾い集めた魔石を現金化したいし。


 ギルドの建物に入り、窓口の方へ歩き出したとき――


「あぁ……おじ様っ」


 トンッ……

 声と同時に突然後ろから誰かに抱き着かれる。


「へ……?」


 理解が追いつかなくて変な声が出る。

 首をねじって後ろを見るが白いベール?みたいなのしか見えない。

 なんかふわっと女の子特有のにおいがする。

 あとなんかジャージの背中ごしに柔らかいものが当たってるぞ……?


「ど……どちら様? と、とりあえず離れてくれない?」

「やっとやっと出会えたのですから、離れるなんて嫌ですわ。」


 ぎゅぅ……

 ぇー……なんか更に強く抱き着かれてる。

 特に聞き覚えがある声でもないし。

 ホント、誰……?


「ぇっと……申し訳ないんだけど、ホントに一旦離れてもらえないかな……?」

「いーやーですわー。」

「いや、ホントに。一旦、一旦離れるだけでいいから。」

「はぁ……仕方ありませんわね。」


 やっと離れて貰えた。

 背中の柔らかさとぬくもりが消えたのがちょっと寂しい。


「はぁ。ようやくおじ様に出会えた喜びに我を忘れてしまいましたわ。」


 そう言いながら一人の女の子が俺の前に回り込んでくる。

 ゴスロリっぽいシスター服?

 おじさんにはよく分からんけど、高級感はにじみ出ている。


「突然の失礼をお許しくださいませ。嬉しさの余り、少々取り乱してしまいましたわ。」

「はぁ……」


 ふんわりとしたライトブラウンの長い髪。少し垂れ気味の目もと。

 立ち振る舞いや衣服から育ちが良さそうな感じがにじみ出ている。

 でも、やはり見覚えはない。


「どこかで、お会いしましたっけ……?」

「いいえ。直接お会いするのは初めてですわ。」

「はぁ……」

「でも、わたくし、ずっと、ずーっと会いしたかったのです。本当にずっと……」

「はぁ…………」


 やばい人かな……?

 恍惚こうこつとした笑み、って感じ?

 なんか頬も紅潮こうちょうしてるし。

 すごいかわいい子だけど、なんだろう、このちょと電波系? 地雷臭?

 危機感知センサーがビンビン反応してる気がする。

 あれかな? 逃げた方が良い……?

 ぁ、窓口に西野さんきゅうせいしゅが――


「に、西野さんっ」

「はぁい」


 俺の声に気づいた西野さんがこちらを向いてくれる。

 このままこの電波少女ちゃんのそばを離れて西野さんのところに行こうっ……

 

「ちょ、ちょっと俺は受付でやることあるので、失礼しますねっ。」

「……?」


 なぜちょっと紅潮した顔のまま小首をかしげているのだろう。

 日本語通じてる……?

 ええいっ……とりあえず窓口に行ってしまおう。


「西野さんっ、遅くなってすみません。昨日の探索の帰還報告です。」

「っ……」


 俺について来てすぐ後ろにいる電波少女ちゃんの顔を見て西野さんが絶句している。

 ぇ、何?

 怖くて振り向けないんですけど。

 そんなやばい表情とかしてるの?


「せ……せい――」

「西野様。」

「っ……」


 電波少女ちゃんに名前を呼ばれて西野さんが固まっている。

 ぇ、こわ。

 でも俺が巻き込んじゃってるし、フォローしておかねば……


「西野さん、帰還報告を書いちゃいたいので探索申請書を出してもらえますか?」

「は、はいっ」


 金縛りが解けたように西野さんが動き出す。

 すぐに窓口に出してもらった申請書の帰還報告欄を記入していく。

 ぁー……一応レアボスの報告もしなきゃか……


「西野さん、昨日行った下級ダンジョンですけど、レアボスって過去に報告されているか分かりますか?」

「レアボスですか……少々お待ちくださぃ。ぁ、既存種の特異個体は登録がありますぅ。」


 え? あの金獅子って兎の特異体なの?

 兎すげー……


「そうですか。登録済なら大丈夫です。」

「レアボスだったら魔石も少し特殊なので、買い取り額もご期待くださぃ。」

「はは……期待してます。それじゃ俺は売店の方に行きますんで。」

「私はもう少し西野様とお話ししておりますわ。」


 後ろから聞こえる電波少女ちゃんの声。

 西野さんの顔が凍り付いたのが見えた。

 西野さん、ごめん……

 そんな絶望的な目でプルプルしながら俺を見ないでください……





「お疲れ様ですー。佐藤さんいますか?」


 逃げるようにギルドの売店に向かい、売店のぬしを探す。


「おぅ、山田くん。連日お疲れ様だね。どうしたね?」

「ぇっと、魔石の買い取りをお願いしたくて。」

「頑張ってるね。すぐ査定しちゃうからまとめて出しておいて。」


 魔石を取り出しつつ、もう一つの用件を伝える。


「あと、実は昨日買ったダガーが壊れちゃいまして……」

「一日で、かい?」


 いくら初心者向け武器とはいえ、普通は一日で壊れるようなものじゃない。

 佐藤さんも驚き半分、あきれ半分といった顔だ。


「もしあれば、壊れたダガーを見せてくれるかい?」

「あぁ、はい。いいですよ。いま出します。」


 ”アイテムボックス+”から先端半分ほどで砕けたダガーを取り出す。

 手渡したダガーを慎重に持った佐藤さんがざっと確認する。


「また派手に壊したね…… 砕けた先端だけじゃなく、持ち手の方もぼろぼろだ。強い力で握りすぎだね。」

「ぁー、すいません。ちょっと必死だったんで加減できなくて。」

「山田くんがそんな必死になるなんて、何と戦ったんだい?」

「ちょっと強いレアボスに当たりまして。すごい硬かったんですよ。」

「そうかい……まぁ無事で何よりだよ。魔石以外のドロップは何かあったかい?」

「素材とかは落ちなかったですけど、運よく装備は出ました。」


 ドロップしたベストを引っ張り出す。


「これは……僕も見たことない装備だね……鑑定していくかい?」

「壊れちゃった武器を買い替えないとなんで、また今度にしますよ。」

「そうかい……」


 驚いた顔をしていた佐藤さんが少し残念そうにつぶやく。

 佐藤さんが見たことないほどのアイテムは確かに珍しい。

 佐藤さんって、実はダンジョンアイテムのマニアとかなのかな……?


「あぁ、魔石の査定結果が出たね。合計でちょうど50万円だよ。」

「ふぇ? 高くないですか?」

「レアボスの魔石がすごい高かったね。あの大きさと属性ならこれくらいだよ。」

「はー……苦労した甲斐がありました。」


 思わぬ臨時収入があったので、武器も良いのを見繕ってもらった。

 ダガーよりもう少し長いショートソード。

 ダンジョン産の金属が少し混ざってるちょっと頑丈なやつ。

 40万円也。

 お高いけど、まぁこれは必要経費かな。

 消耗品類を補充したらほとんど現金が残らなかったけど。





 ~~side 佐藤~~


 万能者やまだくんにはたまに驚かされる。

 クレストのパーティーにいた頃もたまに変なことを言って驚かせてくれたが、今回のは特大だった。


 ちょっと珍しい属性の巨大な魔石。

 こちらはまだいい。


 何気なく見せてくれたあの装備ベスト

 長年ギルドの売店で働いている僕も一度も見たことがない。

 魔石の方の属性からして、かなりの物理系ダメージ軽減の特殊効果が付いているはずだ。

 鑑定は断られてしまったが、あれは希少級レア秘宝級ハイレアなんてレベルじゃなかった。

 少なくとも伝説級レジェンド

 下手をすれば唯一級ユニークの可能性すらある。


 あんな装備がドロップする敵を、初心者向けのダガーとスモールシールドでどうやって倒したのやら……

 あとで支部長にも報告が必要そうだな。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る