第7話 初級ダンジョン
ダンジョンがこの世界に現れてからもうすぐ22年になる。
記録にある一番最初のダンジョンは東京。
次いでニューヨーク、ニューデリーだ。
それぞれの街中に、誰も見覚えのない扉が出現したらしい。
その扉はほとんどの人は開けることも壊せもしなかった。
しかし、稀に扉に触れることでダンジョンに入れた、ゲームのようだと言う者たちが現れた。
そして、ダンジョンでポーションが発見されたことで、世間の評価は一変した。
ダンジョンに挑戦したらしいその青年はポーションを持って脱出には成功したが、瀕死の重傷を負った状態でダンジョンの前で倒れていたらしい。
近くを歩いていた通行人が倒れた彼に気づいで近づいたところ、うめき声と共にポーション開けて自分にかけるよう頼んだそうだ。
ポーションをかけた途端、大穴が開いていた彼の腹がみるみる再生したらしい。
そして、大量の挑戦者がダンジョンに一攫千金を目指して入って行った。
これが第1次ダンジョンブーム。
なんでこんなことを思い出しているのか。
それは、初級ダンジョンで見つけた宝箱から上級ポーションが出てきたからだ。
なんということでしょう。
これ1本で今でも1000万円を軽く超える超レアアイテムだったりする。
売ってしまって当面の生活の糧にするか、あるいはいざというときの保険として取っておくべきか……
まぁ、ぐっと我慢して保険として持っておこうかな……
幸い、いますぐ大金がないと困る状況ではないし。
何にせよ”アイテムボックス+”にしまっておこう。
「よし、幸先いいね。もうちょい頑張ろうかなっ」
思わぬレアアイテムにスキップしはじめそうな気持ちをぐっと抑える。
気を引き締め、周囲をよく観察しながら慎重に進む。
いくら初級ダンジョンとはいえ、油断大敵だ。
なにせ、こちらの装備は上下ジャージという紙装甲である……
「安全のために、ポーション売って鎧くらいは……いや、でも安全方向に振ってると切りがないよな……」
そんなことをブツブツと言いながら進む。
そして前方から白い毛玉のようなものが見えた。
こちらを認識したのか、急加速して全力で走ってくる。
ぐっと腰を落とし、半身に構え、前方にスモールシールドを構える。
近づいてくるにつれて毛玉が
そのままタイミングを合わせて――
ガンッと音を立て、左手に構えていたスモールシールドに
「っしゃっ!」
角が抜けなくて暴れようとする
切れ味がそれほど良くないダガーだったが、なんとか一発で首を落とせた。
飛び散った
見慣れているとはいえ、いまだに少し不思議に思う瞬間だ。
コトンッ……
そして光が消えた後にどこからともなく落ちてくる魔石を拾う。
モンスターを倒すと確定で出現するこの魔石が俺たち探索者の主な生活の糧である。
大きさや種類によって違うが、
そう思えば少しはやる気も出てくる。
「うっし……もうちょい頑張りましょうかね……」
「そろそろ
大体のダンジョンはギルドによって既に調査がされており、公認マップが発行されている。
調査するのにも費用がかかるので当たり前だが有料だ。
意外とお高いのだが仕方ない。
この公認マップの外側にもダンジョンは広がっている場合が多い。
あくまでギルドが調査した範囲のマップでしかないのだ。
公認マップの外側は宝箱出現率やモンスター遭遇率が高いメリットがある。
しかし、イレギュラーなモンスターが出やすいことや遭難時に救出に動いてもらえないなどのデメリットもある。
そのため、探索者は基本的には公認マップの範囲を巡る。
そして遭遇したモンスターを倒して魔石をたくさん集めて換金するのだ。
夢があるようで夢がない、そんな職業だ。
もちろん上級や超級のダンジョンの深層を行くようなトップランナーたちは別だが。
「たしかボスは
事前にギルドの資料で調べた情報を思い出す。
身体は一回り大きいし、角も二本になるが、所詮は
「ボス魔石は買取価格も高いし、同じ戦術で行けるから狩っていくか」
まぁ同じ戦術でボスまで狩れるからここを選んだわけだし。
幸い、今日は他の探索者もいなかったようだし。
日々の生活費をしっかり稼ぐには手堅くいかないとな。
脳内でそんな自己弁論をしつつボス部屋へ進む。
「うっしゃ……行こう……!」
軽く気合を入れてボス部屋に入る。
部屋の中央付近に光の粒子が集まっていく。
あれ? なんかシルエット大きくない?
もしかしてレアボスを引き当てた……?
このダンジョンでレアボスなんて聞いたことないけど……!?
光の粒子が収束し、モンスターが顕現する。
金色に輝く獅子型のモンスター。
堂々とした巨躯。溢れる王者の自信。
輝く金色の目でこちらを睥睨する。
「グルルァァァァッ」
軽い咆哮と共に金獅子が動き出す。
ドンッ……
力強く地を蹴る音と共にて進んでくる金色の塊から慌てて身体を逃がす。
速いっ……
突っ込んでくるタイミングに合わせて必死に身をよじってなんとか
ジャージのすれすれを金獅子の牙がかすめた気配がする。
かろうじて避けることに成功し、少し金獅子と距離が空く。
全身からどっと冷や汗が出て、今更ながらに息が荒くなる。
「レアボスとはいえ、初級ダンジョンでこの強さのボスは設定ミスじゃないですかね……」
無駄な軽口をたたいて必死に自分を落ち着かせる。
大丈夫、大丈夫だ……
プレッシャーは強いけど、動きが全く追えないほど速いわけじゃない。
なんとか、なるはずだ……!
少しでも身体能力を上げようと無我夢中で全身に魔力を込める。
……? なんだか感覚がいつもと違う?
どこまででも魔力が入って行く感じ。
「グルルァァァァァァァァッ」
金獅子が再び突っ込んでくる。
ほんの少し意識が逸れていたせいか俺の動き出しがワンテンポ遅れる。
あれ? ワンテンポ遅れたはずなのに、金獅子がまだあんなに遠い。
なぜ……?
先ほどより余裕を持って避けられた。
再び金獅子と少し距離を空けて
「グルルルルルッ」
二度も避けられたことがよほど気に入らなかったのだろうか。
金獅子が
そうは言ってもこちらも必死である。勘弁してくれ。
今度は金獅子がのそりのそりと一歩ずつ歩いて近づいてくる。
俺は距離をあまり詰められたくないので後ずさる。
後ろを気にしながらの俺と前に詰めてくる獅子の歩幅の違いで、段々と距離が詰まってくる。
じりじりとした距離の詰め合いの後、金獅子が軽く身を低くし――
力強く地を蹴る音と共にて金獅子が俺に飛び掛かる。
左右に避ける余裕はないっ……
必死になって更に左手に魔力を込めてスモールシールドを構える。
ひどく重い衝撃。
物凄い音。
しかし、それだけであった。
スモールシールドに爪を立てて押し込まれている。
だが、思ったよりも軽いぞ?
なんでか分らんけど、これなら……いけるかもしれない!
つばぜり合いになっている金獅子の腕に向けて逆手に持ったダガーを全力で振るう。
ガギィィィィン……
全力で振るった右手のあたりから物悲しい音が聞こえる。
目の端に砕けたダガーの破片が写る。
くっそ……
唯一の武器が……
毛皮は斬れないまでも多少の痛みはあったのか金獅子が後方へ飛び退る。
金獅子が苛立たしげに唸っている。
しかし、こちらに武器がなくなったことを理解しているのだろうか。
俺を
「グルルァァァァァァァァッ」
「こなくそぉぉぉぉぉっ」
突っ込んでくる金獅子に合わせて俺も前へ出る。
そして右手に込められるだけ魔力を込めて金獅子の顔をぶん殴る。
重く鈍い音。
なんかさっきよりも物凄い音がした……?
右手がしびれている。
しかし、こちらのダメージはそれだけだ。
「グルルルッ……」
金獅子の方も痛みはありそうだが、明確なダメージはない。
俺を睨む目はもはや苛立ちを超えてもはや憎しみが混じっている気さえする。
「斬撃も打撃もダメですか、そうですか……」
金獅子と睨み合いながら気づく。
手や足に魔力を込めるのがだんだんスムーズになってない?
さっきから必死で全身に魔力を込めたりしていたせいだろうか。
これなら……いけるか……?
両足に大量に魔力を流し込むイメージ……
軽く膝を曲げて……一気に走るっ――
スローモーションみたいに周りがゆっくりに見える……
流れる視界の中、必死に手足を動かして金獅子の首にしがみつく。
「グルルァァァァァァァァッ」
「こなぁぁぁくそぉぉぉぉっ」
全力でチョークスリーパー。
転がり暴れる金獅子。
必死にしがみつきながら金獅子の首を絞める俺。
「
「グルルァァァァァァァァァァァァァァァァァァァッ」
必死すぎて、どれだけ経ったか分からない。
締め付けていた金獅子がぶわりと光る粒子に変わったことで終わったと悟る。
張りつめていた緊張が一気にほどけた。
膝から崩れ落ちてうつ伏せに倒れる。
「終わったぁぁぁ……」
しんどかった……
わりと真面目に死ぬかと思った。
床の冷たさが火照った身体に染みる……
ぁー……ちょっと涙出てきたぜ……
「でも……勝ったぜ……」
戦闘がひと段落して少し頭も回ってきた。
あの強敵に勝てた実感も湧いてくる。
魔力量が増えたことで、魔力での身体能力強化が大きくなったんだろうな。
必死すぎてよく分からなかったが、以前の自分では信じられないぐらいの力が出せていた。
これが、魔力量が人並みにある世界か……すげぇや……
コトンッ……
音がした方を見る。
魔石と装備らしきものが落ちていた。
装備は金獅子の毛皮で作られたベストのようだ。
「ジャージだけの紙装甲は卒業できそうかな……」
何にせよ疲れた。帰ろう……
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