第2話 幼女神様

「はぁぁ……明日からどうしよ……」

山田やまちゃん、しけてんねぇ。ずっとため息ついてるじゃねぇか」


 突然の解雇宣言の後、俺は何も考えられないままに荷物をまとめた。

 慌てて飛んできた申し訳なさそうな顔した人事のお姉さまから退職手続きに関する書類を受け取り、とぼとぼと帰宅した。

 そして部屋で一人でいることに耐えられず、行きつけの居酒屋でずっとため息をついている。


「だってさ、おやっさん。クビだよ? クビ。それもいきなり」

「だから、何回も聞いたって」

「本当にさー……明日からどうしよ……」

「別に、今までの会社さんだけ会社じゃねぇだろ? 探索者以外だって何だってやればいいじゃねぇかい」

「個人的な事情ってやつでさ……この街で探索者関係の仕事は続けたいんだよね……」

「そうかい」


 おやっさんが俺のコップに日本酒を少し注ぎ足し、自分の湯飲みにも注ぎ足す。


「そんじゃ、他の会社さんやクランなんかに応募してみるのかい?」

「38歳のFランク探索者だからね……ちょっと望み薄すぎるかな……」

「そうなのかい?」

「Fランクだとレベルの上限が低いからさ。普通は採用されないかな……」


 ランクだけで無能扱いされることに対して生じていた怒りも、頭が冷えれば少しは現実的になる。

 実際問題として、レベル上限が低い=能力が低いのは多くの場合において事実なのだ。

 その事実は、当然のごとく俺にも当てはまる。


「じゃあ一人で探索するとかになっちまうのかい? やってけんのかい?」

「厳しいねー……よっぽど運がよくなきゃ生活できないと思う……」


 ちびちび酒を飲みながら答える。


「俺のジョブさ、万能者オールラウンダーなんてカッコいい名前なんだけどさ、Fランクの魔力量じゃ大したことは全然出来なくてさ……」

「そうかい」

「魔法も全部の属性に適性あったり、いろんなスキルが使えたりとか、すごそうなジョブなんだけどさ。結局、Fランク程度の魔力じゃ、宝の持ち腐れってやつだよね……」

「そうかい」

「はぁぁ……明日からどうしよ……」

「難儀だねぇ……まぁもういい時間なんだから、そろそろぇんな」

「あれ、もうそんな時間……?」


 気づけば店内のお客は俺一人になっていた。 

 おやっさんに急かされ、渋々と席を立つ。


「今日はお代はいいから、もうぇんな」

「え、いいの? すごい飲んだ気がするけど?」

「いいんだよ、今日ぐらいは。そうだ、今日は歩ってぇるのは裏山の方からにしな」

「……なんで?」

「いいんだよ。あと、これも持ってきな」


 おやっさんが店の奥から持ってきた酒瓶と、重箱でも入っていそうな風呂敷包みを持たされる。

 土産……か?

 いつからこんなサービス良くなったんだ?

 俺がそんなにも落ち込んで見えたのか?


「まぁ、ありがとさん。頂いてきます」

「いいってことよ。裏山の方からぇるんだからな」

「はいはい。そいじゃまた来るよー」





 おやっさんに言われた通り、裏山沿いの細い道を進む。

 田舎道なせいか、あちこちから虫たちの鳴き声が聞こえる。

 夜の涼しい風を頬に受けながら、酔っぱらいのおぼつかない足取りで、ふらふらと歩く。


 そして道沿いの小さなお稲荷さんの脇に差し掛かったときだった。

 不意に周囲の音が消える。

 それと同時に急速に霧が立ち上り、目の前もよく見えないほど真っ白になる。


「え? え……? こんな夜中に、霧……?」


 視界が真っ白になっていたのはほんのわずかな時間だけ。

 その間、俺は一歩も動いてなんていなかったのに。

 気づいたら、見知らぬ大きな、真っ赤なおやしろの前に立っていた。

 さっきまで道を歩いていたはずなのに。


「は……?」


 しゃらん


 呆然ぼうぜんとして辺りを見渡していると、急に鈴の音が聞こえる。


 しゃらん


 鳴り続ける鈴の音。お社の扉が音もなくすぅっと開く。


 しゃらん


 お社の奥から、しずしずと小柄な幼女が進み出でてくる。


 しゃらん


 異常に整った無表情な顔。真っ赤な目。銀色の長い髪。銀狐の耳。袴のような服。


 しゃらん


 「よい匂いじゃ――」


 鈴を転がすような声。唐突に妖艶ようえんな顔。


 「神饌しんせんをもってもうでるとは良い心がけじゃな。」


 しゃらん


 幼女がするりするりと近づいてくる。

 金縛りにでもあったように、俺の身体はまったく動かない。

 のどもからからに張り付いて、一声も発せない。


 「それにしても、おぬし……」


 幼女は目の前まで近づいてきて、下から顔を覗き込んでくる。


「面白い因縁を持っとるのぅ……」


 興味深そうに、面白いおもちゃでも見つけたかのように。

 幼女が紅を引いたような唇がうっすらと半月を描く。


「うむ。神饌とその因縁に免じて、少しだけおぬしに力を貸してやるのじゃ。」


 幼女がすっと右拳をあげ、俺のみぞおちの辺りを軽く叩く。

 その瞬間、何かが無理矢理に押し広げられるような、何かがあふれ出すような感覚と共に、急速に意識が薄れていく……


「ふむ? ちとやりすぎたかの……? まぁ、多い分には問題ないじゃろ」


 なに、が……


「次に会うのは依り代を手に入れたあとじゃの。精進するのじゃぞ」


 そんな声が聞こえた気がした――





 目を覚ました俺があたりを見渡すと、そこは裏山の小さなお稲荷さんの前である。

 幼女も、真っ赤なお社も、全部消えている。

 酔っぱらいすぎて夢でも見たか……?


 首を傾げつつ、俺は手ぶらで帰宅の途に就いた。

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