DAY4‐2 複合施設群『三千世界』の死闘 後編
双子に先導されて歩き出すと、どこからか残り三人もやって来て周りを固めた。黒いスーツの男女。軍人っぽいが、歩き方にどことなくやる気がない。政治の都合でヤクザの護衛をするはめになった、不平たらたらの新兵達。そんな感じだ。
歩いているうちに日が暮れ、そこらに紙細工の照明が浮き始めた。案内されたのは純和風の料亭で、周りを人工の川が囲んでいる。
橋を渡って建物内に入ると、黒服がうじゃうじゃ居た。
壁際に並んで睨みをくれる男達の一人に、箱まみれの双子の片割れがいら立ちを隠しもせずに、箱を押し付ける。
丁重に御預かりして下さい。そう言う唇には歯が食い込んでいた。
奥へ進むうちに壁際の黒服は減り、何度か角を曲がると音楽が聞こえてきた。ものすごく古い曲。その曲が流れてくる部屋の障子が開くと、大部屋の真ん中に枷垣が一人で座っていた。そばには座卓と蓄音機。座卓の上には、私達三人の顔写真が並んでいた。
「誰が裏切ったか知りたいですか?」
グレーのスーツを着たやせぎすの枷垣が、自分の対面に敷かれた三枚の座布団を手の平で示す。私達は黒服達にうながされ、席に着く。双子が一礼し、なぜか部屋を出て行った。けげんな顔をする私に、枷垣が撫で付けた白髪を照明に輝かせ、言う。
「あの女達は借り物でしてね。私をこの島に押し込めている政治屋の手配です。ボディガードより、監視役の側面が強い」
「裏切り者は何度でも裏切る」
私が言うと、枷垣は何とも言えぬ笑みを浮かべた。
座卓の上の顔写真を手で払い、私は深く息をついた。
「私達の顔を売るやつなんて、限られてる」
「月島さんには一億五〇〇〇万払いました。でも、どうせまた困窮しますよ。バブル期に派手な生活を楽しんだやつに、つつましい老後なんて我慢できない」
私は両脇の二人に小さく謝った。返事はなく、枷垣の声が続く。
「二〇〇〇万だの一億五〇〇〇万だの、現ナマでしか物を考えないからヤクザはダメなんですよ。価値があるのは、自動的に金を呼び込む席です。限られた特権階級の席に座れば紙の金なんて、鼻紙同然になる」
「あたしらはどうなんのかね」
片目のサエコがあぐらをかきながら言うと、枷垣は彼女が眼帯をしているのと同じ側の目を指でなぞり、答える。
「こういう場でのことは基本は闇から闇へ。表ざたにしないのがルールです。ただ、獅子森の奥様にはメッセージが必要です。私と私のパトロン達に手を出すとどうなるか……」
あなた方三人には、生き地獄を味わって頂かねばなりません。そう枷垣が笑った瞬間、私達も笑った。私達の原形のない死体を樹脂詰めにでもして送ると言うのだろう。
でも、そんなことをしても無駄だ。
「あんたがやろうとしてる、あらゆることは、全部、マリ奥様には見慣れたことさ」
枷垣の笑顔が消えた。「本当に?」。そう問うた彼の眉間に、突然穴が空いた。
私の髪をかすめて、とんでもない大きさの弾が座敷に撃ち込まれた。枷垣の眉間がバリバリ裂けて、顔半分が吹き飛び、畳に血の海が広がる。
反射的に身を伏せた周囲の黒服を、私達は思い思いのやり方で仕留めた。私は手近な延髄に体重を乗せた肘鉄を打ち込み、片目のサエコは蓄音機をそのまま頭に叩きつけ、ニンギョは覆いかぶさるように首を抱えてねじり折った。
重い座卓をみんなで返し、盾にして障子をぶち破る。
弾丸を撃ち込んだやつは雲隠れしていたが、廊下に私達の買った武器の箱が丁寧に積んであった。玄関の方から大勢の足音と怒声が迫ってくる。
ルガーの箱を開ける私に、片目のサエコが黒曜石のナイフを取り出しながら「これどゆこと?」と問うた。
「誰があたしらを助けてんだ?」
「あの双子だよ。でも助けてるんじゃない。身代わりにしてるだけ」
「枷垣の直属じゃない言ってたね。枷垣みたいな裏切り者、いつまでも飼ってたらカネかかって、仕方ナイナイね。枷垣は席が大事言ってたけど、やっぱり世の中紙のカネよ」
ニンギョが真っ赤なカーボンショットガンに散弾を詰める。私は予備の弾倉をブーツのポケットに納め、先陣を切って廊下の角にすべり込んだ。
拳銃を持った黒服四人に、床すれすれから先手で撃ち込む。防弾チョッキは着けていない。まだ息のある男に近づき頭を撃つと、ニンギョの説明を引き継ぐ。
「枷垣を利用してた官僚だか政治屋が、枷垣を切るタイミングを狙ってたんだ。枷垣は月島のオヤジに私を売らせて、マリ奥様の首根っこを掴むつもりでいた。でも双子のご主人は、私達に枷垣を殺らせる方を選んだんだろうよ」
「えぇ……ややこしいな! ニンギョ! 要約してくれ!」
「ワタシタチが枷垣を殺したことにして、枷垣と縁切るね。もし枷垣の舎弟やら仲間やらが怒っても、月島のオヤジとマリ奥様の問題にできるね。双子のご主人、安全圏で無関係ヅラできるね」
ショットガンが恐ろしく高い位置から火を噴く。
血だるまになる敵を確認しつつ、私は顔写真のことを思い出した。
「私達の写真回収してくる! ちょっと二人で耐えてて!」
廊下を引き返し、障子の残骸を踏み越える。
目の前に双子の片割れが居て、顔面を拳で殴られた。視界に火花が散る。倒れる前にルガーの引き金を引くと、弾が銀髪をかすめて天井に刺さる。眼前で発砲されたのに、微動だにしない。
作り笑いの消えた顔は、氷のようだ。次弾を撃ち込もうとすると、敵の背後が目に入った。枷垣の死体のそばで、巨大な狙撃銃を担いだ双子のもう一人が写真を拾っている。
私は目の前の敵よりも写真を優先した。息を止めずに連射する。弾の雨が畳と壁と、写真に命中した。直後に腹に靴先が埋まる。
「うん……。いじめがいがある」
私を蹴った片割れが、ルガーを両足で踏みつけながら笑った。写真を拾っていたほうは吹っ飛んだ写真の残骸を持ったまま、私を見ている。
ニンギョ達の戦う音が聞こえる。助けは来ない。私はルガーを手放し、目の前の足に組みついた。
引き倒し、へし折ろうとして、ぎょっとする。太さは私の足と変わらないのに、まるで筋肉の束だった。まずいと思った時には、あごを蹴り飛ばされていた。部屋の外まで吹っ飛ぶ。
死の気配がして床を転がると、馬鹿でかい銃声とともに壁がミキサーにかけられたように粉砕された。
「生かしといてやるよ。今のところは」
ルガーが部屋の外に放り出されてきた。
即座に拾って座敷に戻るが、双子は消えていた。窓も戸もない部屋だ。どこに消えたのかと視線をめぐらせると、枷垣の血が畳の継ぎ目でかすれていた。
ニンギョ達を呼ぶ。畳を返すと、パニックルームに降りるハシゴが現れた。
もう一度ニンギョ達を呼ぼうと息を吸うと、煙の臭いが喉に入った。振り返ると赤い炎の色が壁を照らしている。二人がやって来て、私に返り血を飛ばしながら言った。
「誰かが厨房に火をつけた! 事故じゃねえぞ! 玄関まで火の海だ! 油を撒いたやつがいる!」
「周りの川まで燃えてるよ。一人二人のシワザじゃないねえ。枷垣の舎弟ごと全部焼くつもりかもね」
私は座敷の入り口に駆けて来た敵を撃ちながら、二人を下に行かせた。双子の言葉は信用できないが、後に続くしかなかった。最後尾につき、ハシゴを降りながらに畳をしっかり戻し、闇に向かう。
パニックルームは非常灯だけが点いていて、壁面に無数のハシゴがへばりついていた。料亭のいろんな場所に地下を経由して移動できるのだろう。私達はハシゴを無視して、とにかく奥に奥に進んだ。
鉄の扉の向こうにせまい通路があって、風が通っていた。ひたすら三〇分ほど進む。
通路の突き当たりに空色のハシゴがあって、頭上から砂が落ちてきていた。苦労して上ると、島の外周の砂浜に出る。月が昇っていた。
砂浜には同じ大きさの足跡が二人分あり、海に向かっていた。おそらく、船で逃げたのだろう。私達はハシゴのそばに転がっていた通路の蓋を戻し、パーキングへと歩いた。
黄色い軽に乗り込み、島を出る。三人ともしばらくは無言だった。
■
「海の見える老人ホーム、だったっけ。まあ、望みは叶ったんじゃないかな」
私は岬の吹きっさらしにある墓地に居た。
目の前には私を二度も売った男の墓。私が殺したわけでも、枷垣の身内が殺したわけでもない。私が会いに行ったら、床に倒れて死んでいた。肝硬変だそうだ。
悪党には悪党の末路がある。私は粗末な墓石の前で煙草を取り出した。この男が好きだった銘柄だ。一〇〇円ライターで火をつけ、線香がわりに置く。
特に他に言いたいこともなかった。一億五〇〇〇万は国が没収してどこぞに消える。私は風を吸い込みながら背を伸ばし、唇を噛んだ。
「マリ奥様をコケにすると、殺すぞ」
背後に居た双子が、私を薄笑みを浮かべ見つめる。
今日は互いに女らしい格好をしているが、ことと次第によっては、次の瞬間には相手を血だるまにする。
双子が交互に私に言った。
「わたくし達の主人は、獅子森様を甘く見ていたようです」
「なにぶんまだお若く、経験がなく」
「お勉強はできるんですがね」
「お勉強のできる馬鹿ですね」
「でもこの国の権力者って、だいたいそんなカンジでしょう?」
「八割がたそうですよね」
私が黙っていると、双子が私のそばに寄って来た。バケモノのくせに、私より顔が可愛くてムカつく。双子が交互に言う。
「侘びを入れたいらしいんですよね」
「獅子森様の根回しがエゲつなくて、泣いちゃったんですよね」
「えーんえーん、おねえちゃーん、って」
「うわーんうわーん、いもうとちゃーん、って」
「なにぶん馬鹿なので」
「お勉強のできる馬鹿なので」
「どこでも指定の場所にノコノコ出て行って、靴を舐めるそうです」
「まあそれは比喩ですが」
「もちろん比喩ですが」
「ミユ様からお伝え下さい」
「わたくし達は舐めませんが」
「そこまで付き合う義理はないんで」
喋りながらどんどん顔を寄せてくる双子が、私の殴られた跡を見ているのだと気づいた。私は煙草を取り出してくわえた。双子が一人はマッチを取り出してこすり、もう一人はその火を両手でかばう。私の傷を見ながらだ。
私は煙を吸い込み、二人の顔に吹きかけた。咳き込む双子の肩を押し、岬を降り始める。
「同情するよ。馬鹿に飼われて、さぞ辛かろうよ」
「私はテレサ」
「私はミーシャ」
「また遊びましょう」
そんな仕草をしたことは一度もなかったのに、私は双子に背を向けたまま、中指を立てていた。
かわいこぶった、異常者ども。
マリ奥様のお屋敷に戻るまでに、このしかめっ面をどうにかしなければならなかった。
マリ奥様は、私のヤクザの顔が嫌いなのだ。
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