DAY2‐2 カミカミオトコ 後編

 そう、それで、カミカミオトコだ。私達は階段でさらに上を目指した。二六階の住人はさっきの騒ぎですでに駆けつけていて、どの部屋も空だった。二七階は部屋なしの壁ぶち抜きフロアで、大麻の鉢で埋め尽くされていた。

 権力を持ってるやつとその身内は、犯罪し放題だ。敵は同じ犯罪者くらいしか居ない。

 二八階。すべてのドアを開けて敵を殺す。鍵をかけている部屋はひとつもなかった。

 二九階。私でも知ってるような大物の詐欺師や暴走族のOBが豪勢な部屋に住んでいた。こいつらは下の麻薬中毒者どもが怖くないのか。話の通じる相手だが、どうせ生かしておけないので殺す。マリ奥様のビジネス相手ではないはずだ。

 少し疲れたので、暴走族OBの部屋で休む。冷蔵庫の中にあったキャビアの缶をみんなでスプーンで頂く。飲み物は酒以外は炭酸水しかなかった。ペリエで乾杯。トイレを済ませて最上階へ。

 三〇階。ここにもしカミカミオトコが居なかったら、虐殺損のくたびれもうけだ。

 階段を上ると赤絨毯が敷いてあって、でっかい扉が目の前にあった。「おおー、ラスボスっぽい」と取っ手を握ると、なんとカギがかかっている。

 二人を振り返ると、深刻な顔をしていた。ニンギョはともかく、片目のサエコがその顔をしていたらダメだろう。

 私は扉を観察した。カードキーの差込口はなく、鉄製ではなく木製の扉だ。ぶ厚いが、鍵穴自体は原始的なつくりに見える。そして扉の下には、わずかに隙間があった。気密性の高いマンション内で扉が開かなくなるのを防ぐためだ。

 ということは、ふつうの家屋の玄関扉ほどは頑丈ではない。はずだ。

 室内ドアの形式なら、おそらく内開き。

 私は扉を何度かノックして、でっかさをこけおどしと断定した。「蹴破ろう」と主にニンギョに強く主張し、三人でいっせーのせで靴底を叩き込む。

 こういう時に肩をぶち当てるのは間違いだ。ドラマ以外でやれば、脱臼して泣くはめになる。

 悪くない手ごたえならぬ足ごたえに、何度か繰り返し蹴りつける。ひざを痛めないように慎重にリズムよく攻撃すると、原始的なカギが、バァンとはじけて扉が開いた。あなたは馬鹿だから黙ってニコニコしてなさい。とは言うが、それはマリ奥様に比べての話だ。マリ奥様はドアを蹴破っても誉めてくれない。

 扉の向こうは惨たんたる有様だった。家具はひとつもなく、部屋中の壁と天井にめいっぱい引き伸ばされた写真が貼ってある。

 それは暴行された女達の写真で、噛み傷と顔が必ず写っていた。

 だだっ広いフローリングの果てに、裸の男が座っている。壁にすがりついて、私達を見ていた。

 カミカミオトコ。私達が近づくと、彼はいきなり私に飛びかかってきた。ギョッとするほどすばやく手馴れた動きで、私の背後に回り、首をロックしてくる。

 柔道の締め落としだ。あごを引いて防ごうとすると、カミカミオトコがカエルの潰れたような声を上げた。片目のサエコが顔をぶん殴ったのだ。

 床に転がるカミカミオトコを何度も蹴りつける片目のサエコに、私は咳をしながら文句を言った。


「格闘技使うなんて聞いてないよ!」


「あたしも聞いてねえ。ムショだか少年院だかで習ったんだろ」


 凶悪犯に暴力の技術を仕込んでシャバに帰すなんて、どうかしてる。

 息を整える私の目に、両目のサエコが映った。

 部屋の隅の壁にへばりついて、呆然としている、ツインテールの女の子。

 ニンギョに背中をさすってもらいながら、私もカミカミオトコに蹴りを入れた。

 そうして私達は、彼を確保したのだった。



 一週間後。私達はマリ奥様のお付きで政財界のパーティーに出て、そこでカミカミオトコの議員のママが次回出馬を断念したと聞かされた。タワマンの出来事は案の定ニュースにならず隠蔽されたようだが、議員ママは精神を病んでしまったそうだ。


「あんた達が何をしたかは言わなくていいわ。私はお悔やみの手紙を書いて、彼女を忘れるから」


 マリ奥様はそう言いながらも、よく笑う片目のサエコが気になって仕方ないようだった。本来私達の中で一番年下の彼女は、この日だけは年相応に輝いて見えた。

 私とニンギョはと言うと、カミソリの刃入りの入れ歯をつけた片目のサエコが、拘束されたカミカミオトコをじっくりカミカミする長尺の動画を撮るのを手伝わされて、完全に、グロッキーだった。

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