DAY2‐1 カミカミオトコ 前編

 カミカミオトコを捕まえに行こうと、そういう話になった。言い出したのは片目のサエコで、マリ奥様だけパスした。ニンギョは片目のサエコに貸しを作ってお姉さんぶるのが狙いで、私はカミカミオトコが気になって眠れないからOKした。

 カミカミオトコは以前、片目のサエコを半殺しにした半グレのガキで、数日前に釈放されてシャバに戻っているという。本名は謎。少年法に守られたせいだ。片目のサエコと同じように半殺しにされた被害者や、完全に殺された被害者の遺族が居場所だけ突き止めて、片目のサエコに連絡してきたらしい。


「片目のサエコを片目にしたのが、そのカミカミオトコ?」


「違う。これは別のヤツにやられた。カミカミオトコはあたしの体に噛み傷をつけた。場所は言いたくない。ふつうの女なら自殺を考える場所だよ。だから、ぶっ殺すんだ。あいつは殺さなきゃダメだ」


 片目のサエコのどピンクの眼帯から、透明の汁が流れた。頭に血が上ると出てくる汁だ。ニンギョが黒いジャケットとズボンを履きながらウンウンうなずいた。


「復讐ね。大事よ。法律がきちんとケジメつけないなら自分でヤるしかないね」


「カミカミオトコは議員の息子だから慎重にやらなきゃまずいんだ。奥様に迷惑がかかる」


「甘いよ。奥様がパスしたのはケツ拭かないって意味だよ。何かあったら死刑になるのは私達だけ」


 私の言葉に片目のサエコが笑った。何がおかしいのか知らないが、事実だ。復讐の結果はやった本人達が背負う。

 マリ奥様から離れた私達は、ただの反社会的な犯罪者だ。ヤるからには徹底的に、完璧にだ。私は自分の部屋に飾ってある水色と黄色のプラスチック銃を取ってきた。ウサギのアニメキャラクターのタグがかかっていて、おもちゃの水鉄砲にしか見えないが、実銃だ。発射するのは本物のタングステン弾。

 世界の銃事情はとっくの昔に鉄製からカーボン製やプラスチック製にシフトしている。未だに銃といえば金属製と思っているのは日本人だけだ。一見おもちゃにしか見えない銃こそ、最高の実用性を発揮する。

 武器はこれでいいが、見てくれはどうしよう。髪型は? 服は? なるべく私の正体から離れたのがいい。ふわふわにカールさせた茶髪でダサいセーターでも着てみようか。だいだい色に、森の編み込みがしてあるやつ。だぼだぼのジーンズを履いて、とどめはお子ちゃまな感じのスニーカー。涙袋も盛ってみよう。

 銃をチェーンでベルトにつないで屋敷の玄関に出て行ったら、ニンギョにゲラゲラ笑われた。今時そんなやつ居ない。八〇年代かよと。

 指ぬきグローブはめてるやつに言われたくない。

 この場で一番ダサい片目のサエコが、どこから調達したのか、ひどい黄色の軽を出した。片目のサエコが一番運転が上手い。頭をブンブン振り回すから、助手席に居るやつはたまらないけれど。

 私達はカミカミオトコの居る満田町まんでんまちに行き、駅のパーキングに車を停めた。降りて歩き出すと、すぐに警官が職質をしてきた。高圧的で嫌な警官だ。警官の態度を見れば町の傾向が分かる。

 ニンギョが名刺入れを取り出し、警官に一枚渡した。さっと顔色が変わる。誰の名刺を渡したかは考えたくない。

 警官が去って行くと、今度は悪名高い募金団体のキャッチが寄って来た。うっとうしいので片目のサエコを先頭に立たせて突っ切る。この凶悪ヅラが目に入らんやつだけかかって来ればいい。


「カミカミオトコ、捕まえるね? 殺すんじゃなく?」


「生きてりゃどんな状態でもいいよ」


「作戦はドウスルーノ?」


 片目のサエコが首をボキボキ鳴らしながら答える。


「あの野郎は議員のママに買ってもらったマンションにこもってる。チンピラ仲間と女を連れ込んでよろしくやってるってよ。カミカミオトコを守ろうとするやつは、全員ぶっ殺していい。三人でかたまって最上階を目指す」


「そういうの、カチコミって言うんだよ。作戦じゃない」


「ミユとニンギョはカミカミオトコの顔を知らないだろうけど、これだけ覚えとけばいい。タイガリュウジにそっくりなやつ」


「んあ?」


「太河龍司だよ。ほら、居んだろ。芸能人の。元アイドルグループの。麻薬所持で去年逮捕されたやつ」


 地上波も新聞も見ない私はニンギョに視線を送る。ニンギョはささやくように「八重歯のイケメン」と言った。さらに「色白王子様系美男子」とつけ加える。

 めんどくさいのでスマホで太河龍司を検索した。トンボメガネのアフロのおっさんが出てきてビックリする。「それ、同姓同名のミュージシャン」。ニンギョのささやき声にうんざりする。

 アフロを五人ほど下るとようやくイケメンの画像が出てきた。手錠をかけられはなを垂らし、むせび泣いている。過去はどうあれ、今はアフロの方が人気があるらしい。


「ここだ。日が暮れてから攻めるぜ」


 片目のサエコの声に、スマホから顔を上げる。目の前に典型的なタワマンがあった。


「何階建て?」


「三〇階。でも人が住んでるのは二五階から上だけ。タワマンは落ち目だから」


「まるで籠城戦ね。敵が来ても下に逃げられない。助けさえ呼ばせなければやりたい放題よ」


 私達は日が代わった瞬間を攻め時とし、一旦解散した。

 私はマリ奥様から渡された今月のお小遣いでエステマッサージに飛び込み、植物園を散歩してリフレッシュしてから、回らない寿司屋で大トロとウニと卵ばかり食べた。仮眠を取ると反射神経がにぶるので、残った時間を公園で太極拳をして過ごし、時間きっかりにタワマンの前に戻った。

 片目のサエコとニンギョはすでに来ていて、それぞれの髪を嗅ぐとステーキとおでんの出汁の臭いがした。

 だからこの二人はダメなのだ。消臭スプレーを貸してやり、気配を消して敵地に乗り込む。タワマンのゲートをまずどうやって突破するのかと思えば、片目のサエコが住人用のカードキーを取り出した。


「被害者遺族のおばさんがさ、空き部屋を契約して調達してくれたんだ」


 指紋もバッチリ。そう言う片目のサエコが誰かの指紋のついたシートを取り出して、認証装置に当てる。ゲートが開いてけっこうだが、あまり外の人間の助けを受けると命取りになる。片目のサエコにそう伝えると、彼女は声を落とした。


「カードキーと指紋をくれたおばさんは死んだよ。あたしに決心させるためだってさ」


 それ以上訊くのは野暮だった。私達は黒いテープで目隠しされた監視カメラの下を通り過ぎる。死んだおばさんの仕掛けかどうかは知らないが、とにかくお膳立てはされているということだ。

 私達はただ獲物を狩ればいい。

 マリ奥様のしつけで指紋を消されている私達は、そこらじゅうを好きに触りながらエレベーターに乗る。ボタンは二五階までしかなかった。重力を感じながら、片目のサエコに確認する。


「邪魔なやつは全員殺していいんだよね?」


「二五階に着いたらすぐ分かるよ。ここの住人は全員有罪。カミカミオトコの正体を知ってるやつしか居ない」


 片目のサエコが変な刃物を取り出す。先ごろ気になって調べてみたが、これはどうも銃剣というやつらしい。柄が片側だけカールしてる、古いナイフだ。どピンク趣味な片目のサエコの持ち物の中で、どピンクじゃないめずらしい品だ。

 首をめぐらせるとニンギョが鉄のハンマーを握っている。ホームセンターで売ってる何の変哲もない金槌だ。だが、身長二メートル近いニンギョが振るえば誰の頭蓋だって砕ける。私はベルトの銃のチェーンを外した。

 二五階に着き、エレベーターの扉が開く。あやうく死ぬところだった。上半身裸の大男が金属バットをフルスイングしてきた。自分達の階に無断で上って来た相手を迷わず殺しに来る。確かに、まともな住人じゃない。

 みずから尻餅をついて大男の股下にすべり込んだ私は、迷わず両手の銃の引き金を引いた。

 ガスガスという銃声がして、大男の正中線に弾が埋まる。押し潰される前に床をすべって廊下に逃れると、左右から「えっ」という声が聞こえた。ゴルフクラブとダーツの矢を持ったタトゥー入りの男が二人、私を見ている。


「えっ、じゃねえんだよ」


 寝返りを打つように交互に仕留める。二五階の廊下はまるでスラムで、カラースプレーの落書きだらけだった。壁際には体中に噛み跡のペイントがされたマネキンが神像のように突っ立っている。

 なるほど、全員関係者だ。

 片目のサエコとニンギョがエレベーターから出てきて、廊下を走り出す。エレベーターの緊急停止ボタンはちゃんと押されていた。私が立ち上がって後を追ったのと同時に、ほぼすべての部屋のドアが開く。カタギなら絶対に出さない声が廊下に充満し、武器を持った男や女が襲いかかって来た。

 煙草と、酒と、あぶった合成麻薬の臭いがした。長ドスやスタンガンが視界に踊る。

 ヤクザ衰退後の裏社会にはびこるものが、私達に大挙してきていた。

 片目のサエコが吼え、スタンガンを突き出してきた男のわき腹を小刻みに刺す。その頭上をニンギョのハンマーが流れ、長ドスの女の顔を砕いた。

 ニンギョが即死した女の体を蹴り飛ばし、人垣が一時後退する。私は伏せろと叫びながら人垣にめちゃくちゃに弾を撃ち込んだ。

 悲鳴は上がるが、誰も逃げ出さない。ヤクザよりタチが悪い。虐殺をするつもりはなかったので、持ってきた弾がすぐになくなった。銃にチェーンをつないで手放す。

 足元に転がっていた日本刀を拾い上げると、他の二人に追いつく。マネキンを振り回してきた男をニンギョがマネキンごと壁に蹴りつけ、何度も靴底を食らわせてへし折る。片目のサエコが危なっかしい動きで警棒を避け、敵の喉を突いた。苦しむ男を殴り倒し、耳の穴に銃剣を突き込む。

 マリ奥様がパスしたのは正解だ。このマンションの連中、私達よりイカれてる。

 死んだ仲間のズボンを脱がせてかぶろうとする最後の敵を斬り倒すと、私は各部屋を覗いて外部と連絡を取っているやつがいないか確かめた。

 部屋はほとんどが空で、人影があってもみんな正気じゃなかった。

 脱法ハーブに溶けているやつ、自殺しているやつ、何をしているのか理解したくもないやつ。何人かカタギっぽい女達が居て、その誰もが身動きできない状態だった。

 片目のサエコの視線を感じる。私は女の一人の体を調べた。噛み跡があった。一生残ると一目で分かる傷だった。


「どう思う?」


 片目のサエコの問いに、私は考えた。私達は別に正義の味方じゃない。むしろ真逆だ。そこを履き違えてはいけない。

 自分が正しい存在だと勘違いした悪人は、何より醜い。

 片目のサエコを見て、私は答えた。「知らないよ、ばーか」。片目のサエコが無言で笑った。

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