19-2. 甘話休題(エドアルドside)
「これがトマス氏の言っていた、魔石を判別するルーペになります。こちらが何も手を入れていない魔石です。ただの石ころに見えますが、ルーペで覗き込んでみてください」
「わぁ、すごい!本当に光って見えますね!そういえば、クライスさんの魔石は色がついてますし、息を吹きかけると淡く光りますよね。あれが手を入れた魔石なんですか?」
「そうです、実際に使用する時に石ころの見た目のままでは大変不便ですから、魔石の力が持つ色を表面に滲ませています。私はこれを研磨、と呼んでいます。淡く光るのは、人の目でも認識可能なレベルに魔石の力を放出させているからですね。私の場合は言葉で術式を組んで、息を吹きかける事で魔石にそれを定着させて石の力を引き出しています」
何とも甘酸っぱい空気を纏いながらその後動けずにいた二人に、魔石道具とやらを見たらどうかと助け船を出した。最初は照れ隠しのようにぎこちなく説明をするクライスとそれを聞くカティアさんだったが、話をしているうちに二人とも夢中になってきたらしい。先程の空気が嘘のように近い距離で話にのめり込んでいる。状況がそうさせなかったとはいえ、24にもなるのに女性の影もない弟分のおそらく初恋がこれで良いのだろうかと心配にはなるが、本人達が楽しそうなら口は出さない方が良いだろう。
「エディ、良い援護射撃でしたね」
「姫様…?」
サリタニアがにこにことこちらを見ている。援護射撃とは、先程クライスが顔を真っ赤にして怒ったあれのことだろうか。純粋に良かったという気持ちで言っただけなのだが、クライスはカティアさんに知られたくなかったのだろうか。お互い初めてならば良いじゃないか。
「私は援護射撃をしたつもりはなかったのですが…」
サリタニアは基本聡明で的確な行動を取れる少女だが、侍女達の影響か人の恋愛話を好み、カティアさんが寝込んだ夜のクライスの様子から何かを察したようで、何とか二人が良い雰囲気にならないかと思っているらしい。何か陛下の命があるらしいのでカティアさんもただの平民扱いにはならないとは思うのだが、仮に二人が好き合ってしまったら今後壁はないのだろうかと少し不安になる。この二人には傷ついてほしくはない。
「エディと奥様は、貴族の中でもおしどり夫婦として有名ですからね。どんどんアドバイスをしてあげてくださいな」
「えぇ…有名なんですか…」
「あら、自覚はないのですか?あなたの奥様、プリメーラは貴族女性からの憧れの的なんですよ。皆貴方達のような夫婦関係が理想のようです」
「周りにはどんな風に見えているのですか…」
思わぬところから流れ弾が飛んできてしまった。確かに妻との仲は良好だが、そんな憧れの的になる程他の家との違いがあるとは思えない。
「エディはプリメーラ一筋で気付いてないかもしれませんが、ご自身がどれだけ女性から人気があるのか自覚した方が良いですよ」
「別にこんな私を好いてくれている妻は大事にしなければというだけで一筋というわけではないのですが…私の不注意で周りの女性に恥をかかせないように今後気を付けます」
「そういうところですよ」
何がそういうところなのだろうか。恋愛脳になってしまった女性の思考は時々わからなくなる。主の言葉を無視するのもどうかと思ったが、どう返したら良いか分からずテーブルで仲睦まじく魔石に夢中な二人に目を遣った。こちらの方がよほどおしどり夫婦に見えるのではないかと思うほど話が盛り上がっている。クライスの顔も今まで見たことがないほど穏やかなものだ。その顔に、このまま本当に夫婦になってくれたら良いとも思ってしまう。
「あ、すみません」
カティアさんが肘で魔石を落としてしまい拾おうとするのと同時に、クライスも魔石を追ってお互いの頭をぶつけた。何をやっているんだ。
「すっすみません!」
「いえこちらこそ注意が足りませんでした…申し訳ありません」
また甘酸っぱい空気が流れてきた。10代の少年少女の恋愛か。今後ずっとこんな感じなのだろうかと、少しだけ胸焼けがした横で、サリタニアは目をキラキラと輝かせていた。
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