第51話 「紅竜グレイリーとの再会」

 私はアビスから魔王城のレイアの私室へ転移する。見慣みなれたいつもの部屋がいとおしく感じられる。


「ふぅ、つかれたー」


 戻るなり椅子にこしかけ、ため息をつく。両腕を伸ばし背もたれに身を任せる。


「おかえりなさいませ」


「ああ、ただいま」


 メイドのエミルが私に気づき出迎えてくれる。


「おつかれ様でございます。紅茶をお入れしますね」


「ありがとう」


 エミルがれた手つきでティーカップに紅茶を注ぐ。ほのかな香りがただう。


「やっぱりここが一番落ち着くなあ」


 私のゆるみ切った姿にエミルがクスクス笑いながらミルク入りの紅茶を出してくれる。エミルに会釈えしゃくし紅茶を口にする。


美味うまいわあ。そうだ、レイアは?」


「魔王様はまだ式の準備でございます。お呼びいたしましょうか?」


「そうだな。もうお昼だし、呼んでもらえるかな」


「かしこまりました」


 エミルは深く一礼すると部屋を後にしレイアを迎えに行く。私は紅茶を飲み干しひと時の幸福を味わう。


「そうだ。アビスで結構汚れてるだろうし、風呂に入るか」


 思い立った私は席を立ち、空き部屋へと向かう。何もない部屋にあかりをつけ、錬金術でバスタブを用意する。


「よしこれで。あとはお湯だな」


 水魔法で適量の水を出し、水温調節して身体を入れる。


「いい感じだ。服も洗っておくか」


 水魔法で水の立方体を作り出し、中に服と装備を入れる。そこに風魔法でうずを作って回してみる。加減は難しいが三か月ずっとやっているのでれたものである。エレノーラ様様だ。


「ああ、うまく行った後の風呂は格別だなあ」


 正直あんなにうまく事が運ぶとは思っていなかった。最悪ボロボロになって死んでたかもしれない。本当に帰ってこれてよかった。


 石鹸せっけんの成分をお湯に混ぜて泡風呂あわぶろにし、体と頭を洗ってから新しいお湯を発生させて洗い流す。床にもお湯が飛び散るが、すべてを魔法で宙に集約させた後に消滅させる。


「やっぱり魔法は便利だわー」


 洗っていた服と装備の水を消滅させ、服のしわを伸ばす。床に落ちた服を不器用に着るとバスタブを魔法で消滅させる。


「すっきりしたー」


 私は乾いた髪をきながらレイアの私室に戻る事にする。




 部屋に戻るとすでにレイアが食卓に座って私の帰りを待ってくれていた。


「おかえりタクト。無事に戻ってくれて何よりじゃ」


「ただいま、レイア。一緒に食べよう」


「うむ。アビスではどうだったのじゃ?」


「ああ、色々あったよ」


 私は笑いながらレイアにアビスでの出来事を語った。食事をしながら二人の話ははずむ。


「ザグトモイとそんな事になったのか。早速さっそくようやったのう」


 彼女と不意にまぐわってしまった事をレイアは感心して聞いてくれる。


「そうなんだよ。急な事で抵抗もできなかった。いい方に転んだからよかったけどね」


「やはりわらわの申した通りになったの。さすがはタクトじゃ」


 レイアは満面のみで語る。私ではなくレイアがさすがだと思う。こうなってはザグトモイさんに子供ができない事を祈るしかない。


「彼女との子供が今から楽しみじゃの」


「いや、楽しみって……そこは楽しまない方がいいのでは」


「何を申しておる。にぎやかになった方が楽しいではないか」


 レイア恐るべし……。私にはまったく理解できない。まあそこがレイアのいいところでもあるのだが。


 私は食事を口に運びつつ、マルカンテトさん達の話も伝える。レイアは食事の手をゆるめずに私の話を興味深く聞いてくれる。


「なるほど。危ない橋を渡ったという事か。それにしてもタクトの師匠は何をやらかしておるのだ?」


 レイアはエレノーラ様に興味津々きょうみしんしんのようだ。まあ普通にそうなるか。


「私もくわしい話はあまり知らないけれど、結構ヤバい事をたくさんしているらしい」


「グラズトも相当びびっておったからの。あやつがあそこまで取り乱すのは初めて見たぞ」


 レイアは肉と野菜を交互に口に運びながら感心している。デーモン・ロード達が恐れる所業ってどんなのだろう、私も知りたい。




「そう言えば、レイア」


 私はふと前から思っていた疑問をレイアに投げかける。


「何じゃ?」


「結婚式で思ったんだけど、レイアのお父さんとお母さんって来てくれるのだろうか?」


 私の質問にレイアの食事の手が止まる。フォークを皿に置き、レイアが答える。


「いや、ぬよ。というか、のじゃ」


「それはどういう事なんだ?」


「わらわの父上がな、魔王の地位をわらわに引きいでからすぐに、神々にとらえられ天上界に拘束こうそくされたのじゃ」


 レイアは淡々たんたんと話し、食事を再開する。


「何でとらえられたんだ?」


「悪さが過ぎたのじゃ。母上も同行という形で一緒に今も拘束こうそくされておる」


「そうだったのか……すまない」


 何か悪い事を聞いてしまった気がする。いつも明るく毅然きぜんとしているレイアの意外な一面を垣間かいま見たようだ。


「タクトが気にする事でない。当然の結果じゃし、わらわも気にしておらぬよ」


 いい返しが見つからず私は返事を保留してしまう。しばらく黙って食事が進んだ。




「む、通信か」


 レイアがテレパシーで会話しているようだ。


「わかった。城の中へ通せ。そうじゃな、第七階層の大広間へ案内してくれ」


 通信しながらレイアは笑顔を見せている。


「レイア、何かあったの?」


「ああ。グレイリーが来てくれたようじゃ。なかなか早かったのう」


「グレイリーってあの、ガーライルの?」


「そうじゃ。双子の弟じゃ。そしてわらわの昔の友なのだ。楽しみじゃのう」


 紅竜ガーライルが巣へと飛び立ってそう日はっていない。無事帰還きかんして話が伝わったのか。


「そうだな。私は初めてだけど、楽しみにしてるよ」


「うむ。そうとわかればさっさと食べて出迎えにゆくぞ」


 私達は食事をませ、グレイリーの待つ第七階層へと向かう。




「おお! グレイリー、よく来てくれたのう!」


「魔王様、おなつかしゅうございます。お目にかかれて光栄です」 


 巨大なレッド・ドラゴン、グレイリーがレイアを見てこうべれる。


「よいよい。もっと楽にしてよいぞ。まこと久しぶりじゃの」


「はい。レイア様、お元気そうで何よりです」


「そなたもな。会えて嬉しいぞ。ささ、語ろうぞ」


 レイアはグレイリーの間近まで近づき再会を祝う。私もレイアに付きって彼を見上げる。


「初めまして。レイアの夫のタクトです」


 グレイリーは大きな黄緑色の両眼で私をじっと見て答える。


「貴方がタクトさんですか。初めまして、グレイリーです。話は兄から聞いています。お強いそうですね」


 紅い竜は物腰ものごし低く私に問いかける。とてもあのガーライルの兄弟とは思えない応対だ。

 

「いや、そんな。ガーライルさんはものすごく強かったですよ」


「そうでしたか。兄が聞くと喜びますよ」


 グレイリーが微笑ほほえんで答える。竜ってこんな表情もできるのか。兄とは大違いだ。


「タクトも聞くがよい。わらわとグレイリーはの……」


 レイアが切り出すと、そこから三十分ほど話がはずんでいった。だがそれはまったく退屈させることのない貴重きちょうな話ばかりだった。




「魔王様、申し訳ございません」


 きぬ話の中、地獄の使いアシュレが部屋にやって来てレイアに報告する。


「何じゃ? アシュレ」


「はっ! メイド達が準備の為レイア様を探しておりましたゆえ」


「ああっ! そうじゃった!」


 レイアはすっかり忘れていたようだ。あわてているレイアも可愛い。


まぬ、グレイリー。夜にわらわ達の結婚式があるのじゃ。そなたも出席するがよい」


「ありがとう、レイア様。私にかまわず行ってください」


「うむ。また会おうぞ。タクト、そなたも来るのじゃ」


「ああ、わかったよ。グレイリーさん、また後ほど」


 グレイリーを残し、私達はアシュレと共に部屋を出て行った。グレイリーはレイアが用意した食事の続きを楽しむようだ。




 それから私とレイアは式の準備に追われる事になり、またたく間に時が過ぎていったのだった。



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