第50話 「菌の女王ザグトモイ」

「レイア、お疲れ様。付き合ってくれてありがとう。今日の予定はあれで最後だった。あとはゆっくりしよう」


 レイアの私室に戻った私は、午後の間ずっと一緒だったレイアに感謝する。


「そうか。わらわはまだ大丈夫じゃが、タクトがそう言うならそうするかの。明日の夜は結婚式じゃしのう」


 レイアはメイドが用意していた紅茶を飲みながら明日の披露宴ひろうえんに思いをせているようだ。


「レイア、今日の事なんだけれど……」


「む? いかがしたか?」


「私はやはりレイア以外の女性と交わる事に、どうしても抵抗があって……」


 私は自分の中にある想いを吐露とろしようとした。


「タクトよ。皆まで言わなくてよい。そなたの気持ち、わからなくもない」


 レイアは私の目を見つめて話を続ける。


「その気持ちは必要なものとわらわも思うぞ。大切にするがよい。じゃが、わらわは今後もそなたはと思うのじゃ」


「なぜそう言い切れるんだ?」


 私は素直な疑問を投げかける。


「それはの、そなたがだからじゃ」


 レイアの言葉に私はハッとさせられる。


「タクトはこれまで様々な偉業をやってのけた。わらわと出会ってからでもそれはわかる。そして、出会う前もきっとそうであったとな……」


「レイア……」


「きっとこれからも、色々なものを見せてくれるのじゃろう。決して買いかぶっているわけではないぞ。わらわもその景色をタクトと共に見てゆきたいと思っておる」


 レイアは紅茶を飲み、一息ついて話を続ける。


「わらわを愛してくれた上で、他の女も幸せにする。それがタクトにはできるとわらわは思っておるのじゃ」


「レイア……」


 レイアは本当に私を信じてくれているんだな。だがそんな立派な男でもない。それがもどかしく、レイアに申し訳ない。


「すまない。私はレイアが思うような人間じゃない……」


かまわぬよ。タクトがどう考えようが、失敗しようが、これからどうなろうがな」


 レイアは私をじっと見て答える。


「そなたのわらわへの愛は本物じゃと、わらわは信じておるでな」


 レイアの言葉に私の心は洗われ、悩みが氷解ひょうかいしていくのを感じた。


「ありがとうレイア。まだまだ全然至らない私だけど、これからもずっと、レイアを愛し続ける」


「それでよい。それでこそタクトじゃ」


 レイアと私は笑いあう。その日はメイド達も囲んで夕食を共にした。


 夜は激しく身体を求めあい、さらに絆を深めていった。その後、朝からいそがしく動き回った事もあり、深い眠りに落ちる。



◆◆◆



「それじゃあ、行ってくるよ」


 朝食を済ませた私はレイアに挨拶あいさつし、再びアビスへと向かう事にしている。


「今日は夜から結婚式じゃからな。ちゃんと戻ってきておくれ」


 レイアは朝から披露宴ひろうえんの準備でいそがしくなる。メイド達もレイアの衣装などであわただしく動いている。


「そうだな。打ち合わせもあるし、午後には戻ってくるつもりだよ」


 私はレイアにキスを交わしてから、転移の準備を始める。


「グレーター・テレポート!」


 レイアの微笑ほほえむ姿が視界から消え、私は目的地へと移動する。





 幸せな光景から一転、辺りは黄土色のもやに包まれ異臭がただよう。アビス第222階層。シェダクラーと呼ばれるその領域は泡立あわだつ沼地が広がっている。


「うっ! さすがにくさいな」


 あまりの異臭につい声を上げてしまう。私は臭いの無効化ディスペル・スメルの魔法をかける。ついでに状態異常無効化のバフもかけておく。やはりアビスはどこも過酷かこくである。


「おお、あれだな」


 私はすぐに目的の宮殿を見つける。フライを唱え宮殿を目指す。眼下には異形いぎょうの魔物が何十体もいるが、無視して進む。宮殿の建物入り口前に降り立つと、目的の相手が私を出迎える。


「お前か? 妙な胸騒むなさわぎの元凶は…… 私がザグトモイと知っての事か?」


 異形いぎょうの女性が私を前に口にする。深い紫色の長い髪に額に四本の長い角、皮膚は灰色、青、紫、黒が渦巻うずまいている。紫の両眼で私をにらみ、長い鉤爪かぎづめの両手で威嚇いかくしている。


『ブっ!』


 不意に私の鼻から鮮血せんけつき出す。彼女の異臭とき気のする容貌ようぼうにではない。


「すまない。その……服を着てくれないか!」


 彼女の禍々まがまがしいはずの上半身が、私にはただの全裸ぜんらの巨乳にしか見えない。私の股間こかんもすぐいきりってしまう。


「はん? 何を言い出すかと思えば。気でも触れたか? まあ、こんな所にノコノコ来るのは頭のイかれた奴しかおらんがなあ!」


 ザグトモイは目を見開き、狂気に満ちた笑みを浮かべて舌をめずる。私はたゆんたゆんと揺れる両乳が気になって仕方ないが、意識を彼女の眼に集中させてやり過ごそうとする。


「おやぁ? 私の姿とにおいを物ともしないくせに、胸に反応しているのか? 面白い。実に興味深いな!」


「顔もなかなかのものです。目が離せません」


 私は気をらすつもりで言った。が、私の狙いは外されてしまう。


「魅了もかかっておらぬようだな。不思議な男だな、お前」


 ザグトモイは慎重しんちょうに私を見極めるが、次の瞬間下半身の触手を伸ばしてくる!


「くっ!」


 私は触手を巻き付けられ、自由をうばわれる。引き寄せられた直後、彼女の胸の感触が顔全体に広がる!


「あっ!!」


 彼女の触手と両腕が私を拘束こうそくし、取り込もうと試みる。が、例の呪いが発動する!


「何だこれは!!」


 ザグトモイの身体を光が包み込み、私の意志とは無関係に浄化が始まる。ただれた皮膚は完治し、触手は青々と活力にあふれ、べとついた紫の髪はサラサラに変化する。こしに付いた胞子袋は消え、くびれが現れる。身体全体にまとわりつく悪臭も完全に消滅する。


「これは……一体どうしたというのだ? こんな事が……」


 彼女は自分に起きた体の変化を何度も首を振って確かめている。私はようやく意識を取り戻すことに成功する。


「また発動したのか……」


「一体何をした!?」


「これは私にかかった呪いが発動したみたいで……」


 私は要を得ない説明をしてしまう。当然理解できないだろうな。ザグトモイは私をじっと見つめ言い放つ。


「この私を侮辱ぶじょくするとは! すぐに殺してやろうと思ったが……その身体でつぐなえ! そしてたのしませて見せよ」


 ザグトモイは股間こかんから触手を伸ばし、私の股間こかんに接続する! 突然の思わぬ事態に意表を突かれ私は成すがままになってしまう。


「一体何を!? ぐっ!」


 私の問いを無視して頭を胸に押し付ける。触手とこしを小刻みに動かし、ザグトモイの表情は愉悦ゆえつに変化する。


「おおお!! いいぞ! もっとだ。もっとたのしませろ!」


 彼女の言動で私はとりあえずの意図いとを理解した。抵抗をやめ、状況を整理する。


「わかった」


 私は彼女の両胸に手をえ、優しくみはじめる。それ以降、彼女の愉悦ゆえつ恍惚こうこつに満ちたあえぎ声が辺り全体に大きくこだました。


 周囲にいる魔物達も一切いっさい手出しすることなく、時間だけがただ過ぎ去っていった……



◆◆◆◆



「見事だった。満足したぞ、人間」


 私を解放したザグトモイは長い髪をいじりながら下半身の触手たちを収納する。大きな両胸をとりあえず布で巻きおおってもらっている。


恐縮きょうしゅくです。こちらこそ何と言っていいやら……」


 私はもやもやした気持ちのまま答える。一体何をしに来たんだ?


「で、今日は何をしに来たのだ? 話を聞こう」


「ありがとう。実は、貴女に味方になってもらいたくて来たんだ」


 私は戦争の事、すでにグラズトに協力してもらう事になったことなどを話した。


「グラズトか……。大したものだな。奴は好かぬが、よかろう。力になってやる」


 彼女の言葉に喜びがき上がってくる。


「ありがとう! ここまで来てよかったよ」


「だがそんなに期待はしないでくれ。で、私は何をすればいい?」


「それはまた追って連絡させてもらうよ。まだ仲間にしたい人がいるから」


「そうか。ちなみにその者は誰だ?」


 ザグトモイの問いに私は笑顔で答える。


「マルカンテトさんです。私の仲間から訪ねるように言われたので」


 私の答えに彼女の顔がくもる。


「彼女か。なるほどな。だが、説得は難しいだろうな……」


「なぜです?」


 私の問いにザグトモイは驚きの表情を見せる。


「知らんのか……。なら教えてやる。彼女が一番この世でみ嫌っているのが、グラズトだからだ」


 なるほど。彼が味方だと無理なわけだ。だが、引き下がるわけにはいかない。


かくして頼んでも無理かな」


「ああ。そういうのはすぐ見破る奴だからな。逆効果だ」


「わかった。忠告ありがとう」


「私は何もしてやれんが、やるだけやってみるがいい」


「ああ」


 貴重きちょうな情報をくれただけで有難い。私は彼女に別れの挨拶あいさつをし、次の目的地へと向かう事にするのだった。


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【まめちしき】


【ザグトモイ】…………菌類きんるいの貴婦人。混沌こんとんにして悪の存在。アビスの第222階層、シェダクラーに存在し、ジュイブレクスと激しい領土争いをしている。。物質界に異常な興味を持つ。カルト教団を設立し、世界の様々な災害に陰で関与させている。大の戦闘好きで、戦争では常に最前線で戦う。彼女の身体は菌類でできているため、植物クリーチャーの特徴をたくさん持っており、また周囲にある木や土の中を通る事により、短距離なら瞬間移動できる。


【シェダクラー】…………アビスの第222階層に位置する泡立つ沼地。悪臭を放つ泥がにじみ出ており、ステュクスかわの二本の支流にはさまれた土地。知性を持たないスライムからなる平原のそこかしこに低い小丘やきのこの森がある。ザグトモイと”顔なきもの”ジュイブレクスの二人のデーモン・ロードが支配している。


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