第48話 「友、グラズトとの再会」

 私達は一旦次の目的地への準備をする為にレイアの私室へ戻ることにする。


「レイア、ちょっと戻るよ」


「うむ。あいわかった」


「テレポート」


 私達は私室へと転移する。部屋はすでにメイド達が掃除を終えて静まり返っている。やはりこの空間は住み慣れた部屋のように落ち着く。


「レイア、疲れてないか?」


「全然平気じゃ。疲れなどまったく無いぞ」


 レイアは笑顔で応えてくれる。そんなレイアの肩を不意に抱き寄せ、両手でしっかり包み込む。


「ど、どうしたというのじゃ!?」


「少しこのままでいさせて」


 レイアのぬくもりと鼓動こどうを感じつつ、ひと時の幸せをみしめる。腕をゆるめ、レイアの顔を見てそっと口づけする。彼女もすべてを受け入れ、この時を共有してくれている。


「ありがとう」


 レイアを自由にした私は、これから行く目的地の話をする決意を固めた。


「レイア、私はこれからアビスに行って、友グラズトに会いに行こうと思ってる」


 私との余韻よいんひたっていたレイアは急に目を見開き驚く。


「グラズトじゃと!」


「そうだ」


「タクトが言っておった友とは、あやつだったのか!! とんでもない奴を友にしたものじゃな!!」


 グラズト。魔界の地下深く、深淵しんえん世界アビスに住む悪魔公デーモン・ロードの一人。レイアが驚くのも無理はない。


「レイア、知り合いだったのか?」


「知り合いというか、関わりたくない奴の一人じゃな。あやつを一言で言うと……」


 レイアは鬼のような形相ぎょうそうに変わって叫ぶ。



「『変態』じゃ!!!」



「そ、そこまで言わなくても……」


 私はレイアをなだめ、取りつくろおうとする。


「まあ、行けばわかる。先に言っておくが、以前そなたにわらわに告白する奴はおらんと申したことがあるがの」


「ああ、あったな」


「あやつはわらわの基準からして、じゃ」


 レイアがここまで取り乱すのも珍しい。まあその気持ちはわからなくもない。私も散々な目にったからな。


「うんうん。レイアも苦労したんだな」


「しかしまあ、よくあやつを手なずけたな。タクトはまったくすごいやつじゃ」


「いや、それがそうでもないんだ。まあ行けばわかるよ」


 私はレイアがちゃんと警戒してくれている事を確認できてよかったと安堵あんどし、再度警戒だけはするよう伝える。


「じゃあ、行くか」


「場所はわかっておるのか?」


「一応ね。行くのはかなり大変なんだよ」


 そう。彼に会うには人間にはまず無理なのだ。私も彼に会えたのは、エレノーラ様が導いてくれたからだ。人間界に帰る際、彼女が座標を記録するように指示してくれなければ、二度と行けなかったと思う。


「これから連れて行くから、心の準備はしておいて」


「あいわかった」


 私は意識を集中させ、グラズトのいる邸宅ていたくの座標を確認する。その中で彼の気配を探知する。彼の禍々まがまがしい気配……、見つけた! 四十七階層だ!


「アビスの深淵しんえんよ、我々を正しき場所へ導け。グレーター・テレポート!」


 私は慎重しんちょうに術を発動させる! 私とレイアの身体は部屋から消え、次の瞬間、大きな洋館の一室に転移する。多少魔力は消耗したが、うまくいったようだ。





「よし、行けた!」


 私とレイアは中広間にいる。目の前には五人の女をはべらせた背の高い男が玉座に座っている。まるで今来ることをわかっていたかのように、


「ようこそ我が屋敷へ。よくぞれたものだな」


 私達を緑の瞳で見下すその男の皮膚は黒く輝き、少しとがった耳と口には黄色い牙がのぞく。王者の衣装をまといワイングラスを持つ姿は威厳いげんに満ちている。


「ああ、会いに来たよ。グラズト」


「我が友タクトよ、久しいな。会えてうれしいぞ。そして魔王クライスライン。相変わらず美しいな」


「グラズト……」


 グラズトはグラスを女に渡し、玉座を立つ。2メートルの長身が私達に歩み寄る。レイアの前にひざまずき、手を取り口づけする。


「お久しぶりです。魔王クライスライン。ようやく俺と共に過ごす気になったか」


 グラズトはレイアを見上げ、得意げに語る。レイアはというと、気色悪いものを見る顔だ!


反吐へどが出るわ! そんなわけなかろう。今日は夫のタクトと共に来ただけじゃ」


 レイアの言葉にグラズトがずっこける! すぐ立ち上がり、驚きを隠さずまくしたてる。


「ななななんと!! 夫だと!! 貴様達、結婚したのか!! バカな! あり得ぬ!! 信じられん!!」


 焦りまくるグラズトの反応は滑稽こっけいだが納得だ。私がレイアに変わって説明する。


「実はそうなんだ。私の方から告白したんだ……」


 私の言葉に再度尻もちをつく。よほど驚いたのだろう。


「お、お前から告白だと!! 正気か!? この女は魔王だぞ!」


「それが嘘ではないのじゃ。わらわ達は夫婦なのじゃ」


 レイアが左手を差し出す。グラズトは手を取ろうとして気づく。そしてレイアに引き上げられ立ち上がる。


「ゆ、指輪!! まことなのか……」


 グラズトは私の方を見て、私の左手を確認する。私はグラズトに会いに来た経緯けいいを話そうと切り出す。


「今日来たのは別に結婚したからじゃないんだ。ちゃんとした場でじっくり話したい」


 グラズトは私の意図を察し、女達を解放し戻らせた後、別室へ案内してくれた。私達は席に着き、戦争の事を彼に話した。


「そうだったのか。あのレムナムグルスが動いたとはな。上でも混沌こんとんとしてきたな」


「是非貴方にも力になってもらいたいんだ」


 グラズトは少し考えてから私に答える。


「俺は別にくみする分にはかまわんが、俺もアビスで戦争中なのだ。まあ、今のところは目立った戦闘はないがな。それでもいいのか?」


かまわない。お願いしたい」


 私は頭を下げる。その姿を見てグラズトが答える。


「もう一つ、俺が味方に付くという事は、他の悪魔公デーモン・ロード達はほぼ敵という事になる。特にデモゴルゴンとオルクスは直接の敵になるが、いいのか?」


「いいよ。君が味方だからいいんだ。君が必要だ」


 私の決意にグラズトの顔はゆるみ、六本の指を広げた右手を差し出す。


「わかった。俺は君達の側に着こう。だが、後悔するなよ」


「ああ。よろしく頼むよ」


 私はグラズトの右手を取り、握手を交わす。レイアもホッと安堵あんどのため息をらす。こうして友との久しぶりの再会は、混沌こんとんと邪悪をはらむ事なく無事に終わったのである。




「ところで、あの女は来てないが、もう一緒にはいないのか?」


 グラズトが不意に私にたずねる。少し顔色が曇り出す。


「ああ。今は一緒にいない。エレノーラ様とは一か月前に離れて、この前少し会ったきりだよ」


 私の言葉にグラズトは安堵あんどのため息をらす。


「そうか、それはよかった。あの女だけは勘弁かんべんだ。俺の安住の地が荒らされてしまう!」


「そ、そんな怖がらなくても。君ほどの実力があれば大した事ないだろう」


 私の言葉にグラズトは目を見開き、過剰かじょうに反応する。


「大した事ないだと!! あれはもはや人間ではない、『災厄さいやく』だ!」


「いや、一応れっきとした聖女なんですが……」


「我々にとっては最悪の魔物でしかない。二度と呼んでくれるな」


「呼ばなくても勝手に行くから! あの人アビス大好きだから……」


 私の言葉にグラズトは愕然がくぜんとする。そんなに怖いのか……


「わかったよ。今度会ったら行かないように伝えておくから」


「おお! 感謝するぞ。さすが我が友だ!」


 グラズトは目をかがやかせて私の手を取り笑い出す。彼の敵がこの姿を見たらどんな顔をするのだろうと私は内心思ってしまったのだった。


 この後三人で戦争についての打ち合わせをおこなった。目的を果たした私とレイアはグラズトに別れの挨拶あいさつをし、グレーター・テレポートで魔界へと戻る。その頃にはすっかり夕刻を回ってしまっていたのだった。


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【まめちしき】


【アビス】…………混沌こんとんと悪が実体化した無限の階層を成す奈落界。デーモン・ロードとアーク・デヴィルが支配する次元界である。本作では地底世界である魔界のさらに地底奥深くに存在する深淵しんえん世界となっている。


【グラズト】…………暗黒のプリンス。アビスの完全制服をもくろむデーモン・ロード。専制君主にして力で支配するすべての者の守護者。アビスの三つの階層を支配している。色欲をとし、常に多くの女を従えている。戦術家で優秀な剣士だが、最大の特徴は誘惑と二枚舌だ。常に狡猾こうかつで、卑怯ひきょうをこよなく愛する。全てのデーモン・ロード、アーク・デヴィルと敵対しているが、特にオルクスとデモゴルゴンとは尋常じんじょうならざぬ因縁いんねんで長き間あらそっている。ちなみに彼の邸宅ていたくは四十五階層、四十六階層にも存在する。

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