第36話 「冷血王と悪虎王」

「あっ…… あっ…… そこっ! あっ!」


「じゃあここは?」


「そこも良いっ! あっ! あっ!」


 寝室のベッドでうつせに寝ているレイアがあえぎ声を上げている。そのかたわらで私はレイアの背中をさわりながら、ある場所を探している。中央から少し上、背骨のとなりのくぼみにある少し固めの小山こやま。そこめがけて絶妙な力で親指を当てる。


「あああぁっ!!!! そこじゃ!!!」


 そこは心兪しんゆというツボの場所だ。


 第七階層での問題を片付けたレイアが、帰る時に私に肩こりがひどいと悩みを打ち明けてきたのだ。私は私室に戻ると、レイアを寝室のベッドに鎧だけ脱がせて寝かせ、マッサージをしている。


「あっ…… あつ…… 気持ち良いぞ!」


 この世界に召喚されてからの能力ではない。私は前の世界でレイアと同じ悩みを持ち、頻繁ひんぱんにマッサージに通っていた。そのせいで、身体のどこを押すと気持ちがいいのかがわかるようになった。私が前の世界ですでに持っていた数少ないスキルの一つである。


「す、すごいなタクト…… はぁ…… はぁ…… 毎日してほしいぞ……」


「もちろんだ。レイアが喜んでくれるなら」


 私が答えた時にちょうどレイアの意識が途切れてしまったらしい。私もよくある事だと同意する。あれは抵抗できない。


 レイアが眠りについた後も、私は二十分ほど背中と肩、首のりをほぐしていた。


「おっ!!」


 突然の事に私はビクッとする。レイアの中でスイッチが入ったのか、頭を起こし意識を取り戻す。


「何かあったか?」


「おぉ。 通信が入ったでの。 少し待ってくれ」


 どうやらテレパシーで会話しているようだ。私が見守る中、上体を起こし、鎧を着用している。少しして通信が終わったようだ。


「タクト、すまぬが一緒に来てくれぬか」


「いいけど、どこへ?」


「魔王の間じゃ。下で話していた王達が城まで来ているらしい」


「わかった」


「それと、まこと気持ち良かったぞ。つかれもすっかり取れたようじゃ」


 レイアはつややかな笑顔でそう言うと、私に近づき、口づけしてくれる。


「身体を楽にしてくれた礼じゃ」


 レイアの最高のご褒美ほうびに、私の顔も心もほっこり笑顔になる。レイアはベッドから降りると、私の手を取り魔王の間へ向かう。


「うわ! ちょ、ちょっと待ってくれ」


 レイアに引っ張られながら心の準備ができない私に、モードの切り替わったレイアが説明してくれる。


「あやつらは凶悪じゃ。わらわにすら手を出すような奴でな、覚悟はしておいてくれ。わらわは手出しせず見守るしかできぬが、タクトはおのれで身を守ってくれ」


「わかった」


 レイアからのテレパシーでこれから会う二人の王のデータを脳内に受け取る。魔王の間に入った私達は、魔王専用の椅子まで移動する。近くまでやって来た時、レイアが魔法でもう一つ椅子を用意してくれる。


「タクト、そなたはこの椅子に座るがよい」


レイアの気づかいがこまやかで嬉しい。


「ありがとう、レイア」


「うむ。ではここへ二人を通すぞ」


「わかった」


 レイアは自らの席に着き、テレパシーで従者に指令を送る。その約二十秒後、二人の王が魔王の間の中央に転送されてくる。一人は五メートル以上あろうかという巨大な黒光りする身体を持つ人型の怪物。もう一人は二メートルほどのとらの頭を持つ人型の生物である。


 巨人の方がナイトシェイドの王、ナイトウォーカーのノーリス。残忍な性格で冷血王の異名を持つ。全身殺気に包まれたその巨体の眼から、私に向けてにらみをかせる。


 次の瞬間、私に向けノーリスから恐怖の洗礼ともいえる威圧が襲い掛かる! だが、私にもともと掛けられた”呪い”が発動する。威圧は反射し、ノーリスの片目に返される! 思わず目を抑えながらも、もう片方の腕で全力の一撃を放ってくる!


「えっ!?」


 高速の拳に私は驚くが、到達する頭上でノーリスの拳から順に溶けるように形を失っていく。ノーリスは肩から下の腕を失い、絶叫ぜっきょうする。またしても私の”呪い”が発動したようだ。ノーリスは再生を試みようとするが、彼の思惑おもわく通り再生する事はなく、相当混乱している。


「またあれか。まったく師匠は……」


 私にかかった”呪い”。それは聖女によって召喚された際に勝手にかかってしまった効果らしい。どうせなら祝福や福音ふくいんの方がよかったのだが。敵対する邪悪な力をね返し、おそい来る邪悪な肉体を浄化する。そして……。


「これは! 腕が勝手に再生!?」


 ノーリスの肩の付け根から、白い腕が再生していく。そこにはもう悪の力は宿ってはいない。これも私に掛けられた”聖女の呪い”の一つらしい。奇跡を目撃するノーリスは、片目に異変がある事を察知する。瘴気しょうきが消え、闇ではなく光を感じ取っている事に気づく。


「私は一体…… どうしたというのだ……」


 両ひざをつきうつむく巨体は混乱の中、戦意を喪失そうしつしてしまう。突然の不意を突いてきたノーリスだったが、一部始終しじゅうをレイアは冷静に見つめていた。


 レイアはもう一人の王の動きも捉えていた。ラークシャサの悪虎あくこ王、セラネム。 ――レイアが送ってくれたデータによると、常に秩序にして悪の存在。悪の権化ごんげともいうべきラークシャサの頂点に立つ王。魔法が得意で、多彩な攻撃呪文を得意とする。


 セラネムが魔法を発動するモーションを私はとらえる。マズいものが来る事を察知するが、セラネムが魔法を唱える。


「くらえ! ブラックホー」


 次の瞬間、セラネムの両手に黒く渦巻うずまく玉と、それをおおう透明の四角い結界が出現する。


「バカな!! これは一体。グオオオ!!!」


「それはマズい。ここで使うものじゃない」


 そう。彼が放とうとしていたのは極大呪文、ブラックホール。もし完成して放たれていれば、私はこの部屋もろとも吸い込まれて無くなるところだった。


 私は手を打った。セラネムが呪文を唱える最中に、時空魔法時間停止タイム・ストップを掛け、 ブラックホールが生成される直前に彼の両手に結界魔法を掛けたのである。驚くのも無理はない。突然手が動かなくなったと思ったのだろう。


「くそっ! この魔法を解きやがれ!」


 セラネムが怒りにまかせて悪態をつく。


「黙れ」


 セラネムをレイアがたしなめる。さらにあきれ顔で彼らをさとす。


「まったく、ちっとも成長しとらんな、貴様ら。わらわの城と夫を壊すためにここまで来たというのか!? まったくもってくだらぬ」


 レイアの怒りの目を見て、百戦錬磨ひゃくせんれんまのノーリスとセラネムが戦慄せんりつする。


「タクト、魔法を解いてやってくれ」


「わかった」


 私は結界魔法を解いてやる。だが、ブラックホールの効果でセラネムの両手は消失している。


「私の手が!」


 失った手を見てセラネムがなげいている。


「はいはい。わかったよ。ハイヒール」


 私は聖魔法を使う。セラネムの両手が再生する。


「これでもう悪さはできないだろう。反省してくださいよ」


 再生した手を確かめるセラネムに対して私が言い放つ。もちろんである。


「そこの二人、この男がわらわの夫、タクトじゃ。おぬし達も自己紹介してやってくれ」


 レイアが私を彼らに売り込んでくれる。何とできた妻だろう。私は彼らに会釈えしゃくし、自己紹介する。そしてレイアに圧倒されながら、ノーリスとセラネムが自らの自己紹介をしてくれた。


「おぬし達が戦争に参加したくないという事は承知しょうちしている。そこでだ。このタクトの願いを聞いてやってはくれぬじゃろうか?」


「願いだと?」


「はい。実は兵糧ひょうろうの輸送で魔法にたけた人材を探していまして、何人か紹介してもらいたいんです」


 私の願いにノーリスとセラネムが顔を見合わせる。セラネムが突然笑い出し、私に答える。


「何じゃ、そのような事か! たやすい御用だ。わかった。我々にまかせてくれ」


「おお! ありがとうございます。詳細しょうさいはまた追ってお知らせします」

 

 私はあっさり計画実行の手段を手に入れる事ができた。これもレイアの思惑おもわく通りなのだろう。そして、彼らもまた、戦争に参加しない口実こうじつを得る事となった。


「実に面白き奴だ。今度会う時また手合わせ願おう」


 ノーリスが私を気に入ってくれたようだ。


「いや、丁重ていちょうにお断りしたいです。はい」


「まあ、りないやつらじゃからのう。タクト、また相手してやるがよい」


 レイアはそう言って私に微笑ほほえみかける。私もまた、れ笑いを返す。


 やがて私達に一礼し、目的を果たした冷血王ノーリスと悪虎あくこ王セラネムは、魔王城を後にするのであった。

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