第36話 「タクトの決意表明」

 レイアが私を連れてテレポートした場所は、とある何の変哲へんてつもないダンジョンの行き止まりである。両側が灰色のレンガの壁で、前方も壁しかない。後方だけ暗闇が長く奥まで広がっている。


「ここは一体? 行き止まりみたいだけど」


 私がイグノール達と魔王城を攻略した時は、最短ルートを探って上を目指したので、今いる場所がどこなのかわからなかった。


「第七階層迷宮のネズミ返しの一つだ。少しだけじっとしていてくれ」


 レイアの指示に従い、様子を見守る事にする。レイアが呪文を唱えると、行き止まりの壁から扉が浮き出してくる。


「おお! これは隠し扉か?」


「そうだ。人間がここまで来た事はないな」


 レイアは扉を開け、中に入る。続いて部屋に入ると、四方しほう五十メートルほどはあり、様々な種類の魔族が働いている。その中の一人が私達に気づき、近づいてくる。六本腕の魔物、侍従じじゅう長の地獄の使いアシュレである。


「魔王様、早速お越しいただき恐縮きょうしゅくです。こちらです」


 私達はアシュレに案内され、文官達の待つ場所へと向かう。


「アシュレ、早速さっそく状況を教えよ」


「魔族の長達から戦争の準備が間に合わないと報告が来ておりまして、対応に追われております」


「わらわのドッペルゲンガーが対応しておろうが」


「実は、対応に苦慮くりょしている件がございまして、彼らでも処理しきれないようです」


「そうか。では文官達に話を聞こう」


 文官達の働くスペースに到着すると、彼らは私達を迎えてくれた。


「ご足労頂き感謝いたします、魔王様」


「うむ。その前にわらわのドッペルゲンガー達を呼んでくれ」


「かしこまりました」


 文官の一人がテレポートで消えると、程なくして三人のレイアを連れて戻ってくる。彼女達はそれぞれ赤、青、緑のドレスを着用している。


「レイアが三人も!!」


「驚いたか? 紹介しよう。彼らがわらわの仕事を手伝ってくれているドッペルゲンガー達だ」


 レイアの紹介に呼応して、三人のレイアが変身を解いていく。灰色の肌をしたスキンヘッドの人型の生物は、眼がタコに似て、口が無く、ひょろ長い手足で、足のサイズと指の長さが人間の倍の大きさに見える。


 「はじめまして、タクトです」


 私が挨拶あいさつすると、頭の中に言葉が流れてくる。彼らはテレパシーで会話するようだ。私がレイアの夫と知っているようで、友好的に挨拶あいさつを返してくれる。


 レイアが私とのやり取りを見届けて、文官達に向き直る。


「早速だが、状況を説明せよ」


「実は、ナイトシェイドとラークシャサの長から陳情ちんじょうがございまして……」


 文官の一人がレイアに事情を説明し始める。どうやら彼らはこの戦争への参加を拒否しているという事だった。その対応をレイアに求めているようだ。


「そうか。少し待っておれ」


 レイアが文官達に答えると、私を見て意見を求める。


「タクト、今意見して来ている種族は、魔法にけておる。そなたが求めている人材そのものだ。どうじゃ、会ってみぬか?」


 レイアの提案は私にとって実に魅力的であり、計画を成功にみちびく予感さえした。だが、今の私には実績がない事も感じている。


「ぜひ会ってみたい。でも、その前にやりたい事があるんだ」


「やりたい事とは何じゃ?」


「うん、国のみんなに話したい事があるんだ。放送はできるかな?」


「ああ、できるぞ。いつ始めたいのじゃ?」


「今から準備できるかな?」


「あいわかった。しばし待ってくれ」


 私の申し出をレイアは受け入れ、文官達には問題を引き受けるので任務に戻るよう指示する。さらに文官の一部に放送のセッティングを指示したレイアは、十分後には放送の準備を整えてくれた。


「思う存分話すがよいぞ、タクト」


「ありがとう、レイア」


 私はレイアに微笑ほほえみ、放送カメラのある演説台に向かう。前には各地の状況を数十枚のモニターが映し出している。演説台の前で深呼吸し、文官の一人に合図する。彼は私の合図でモニターのスイッチを入れる。


「――リータ魔王国の皆さん、突然の放送ですみません。どうかそのままで聞いてほしい。私は魔王クライスラインの夫、タクト=ヒビヤです」


 各地で私の声に反応する魔族達が映っている。私は続ける。


「先日魔王クライスラインから発表があった通り、異世界から召喚された人間の私は、魔王と結婚しました。そして今、リオリス魔王国から宣戦布告を受け、戦争に向けての準備を魔王と協力して進めようとしています」


 モニターの中には私の映像に反応する者も現れ始める。


「私は人間だが、この国を立て直すため、戦争に勝つため、そしてこの国の魔族の皆さんのために働き、力を尽くす事を約束します。その上でこれから私がやる事は、この世の善でも悪でも偽善ぎぜんでもない、まったく新しい事です」


 私の言葉に、作業の手を止める魔物達も出てくる。私は頭の中の計画をつむぎ出し、言葉にする。


「私がやろうとしている事は、国土こくどから悪臭と汚物を排除はいじょし、整備する事。汚物処理できる下水施設しせつを作る事。上水施設しせつを作って皆さんに飲み水を行き渡らせる事。そしてその上で、各魔族の体質に合った生活環境かんきょうを提供する事です」


 計画の全容が魔王国中に伝わる。驚き、立ち上がる魔物もいる。私は話を続ける。


「今話した計画を、私と魔王の結婚式が終わってから着手し、戦争の前日までに完成させる予定です。しかし、私がやる事を受け入れがたく、理解できない方もたくさんいると思います。だから、皆さんの意見、知恵と力を貸してほしいのです」


 私の狂気とも言える計画と依頼を魔族の者達は黙って聞いている。突拍子とっぴょうし過ぎて言葉が出ないだけなのか。私はめの言葉を頭の中でつむぎ出す。


「計画は進めますが、皆さんの意見を盛り込んで行いますので、協力をお願いします。私は魔王と共に、そして、皆さんと共に生きていく事をこの場でちかいます。どうか私を仲間にしてください。お願いします!」


 私は深く一礼した後、モニターを見渡す。反応は様々だが、文官達や部屋にいる魔物達は拍手して私の演説を好意的に受け入れてくれている。私は文官に合図し、モニターのスイッチを切ってもらう。私の中にあるものをほぼすべて伝える事ができたと思う。


「実に良き演説じゃった。さすがわらわが認めただけの事はある」


 レイアが興奮こうふん気味ぎみに私をねぎらう。


「ありがとう、レイア。君のお陰だ」


「じゃが、最後の言葉は滑稽こっけいじゃったの。まあ、タクトらしいと言えばそうじゃがのう」


 レイアが思い出し笑いをしている。確かにちょっと蛇足気味だったが、魔族達も笑っているのだろうか。


「必死過ぎてつい出てしまった。笑われても仕方ないか」


「そうじゃな。まあ皆にも伝わったじゃろうて。それと計画の事じゃが、各魔族の長に伝令を送って意見を集めさせる。まかせてくれ」


「ああ、助かるよ。ありがとう」


 私の計画がこの国の魔族達に受け入れるかは不明だが、この国を完全に立て直す第一歩はみ出せたと思う。彼らの反応を待つ間、私は次の計画を進める事になる。

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