第29話 「レイア、身ごもる」

 私は眠い目をこすり、まぶたける。時計を確認すると八時半過ぎ、どうやら翌朝のようだ。まだ眠い状態だが、上体を何とか起こし、辺りを確認する。


 レイアの姿が無い。もう先に起きているようだ。衣服を着替きがえ、ベッドから降りる。


 食卓のある部屋に移動すると、レイアがぐったりしてテーブルにしている。


「レイア!?」


 私はレイアにけ寄り、背中にれる。顔色はわからないが、元気がない事だけは確かだ。


「レイア、大丈夫か! 一体何があったんだ!?」


「タクト…… 起きてから調子が良くないのじゃ」


 いつものきらきらかがやく瞳から少し生気せいきが感じられなくなっている。今までに見た事の無い程弱っている。


「ヒールをかけようか?」


「いや、すでにかけておる。じゃが、なぜか気分がすぐれないのじゃ」


 回復魔法は万能のはず。今まで効果がないなんて無かった。


「そうなのか? ヒールで回復しないって何だろう」


「わらわにもわからぬのじゃ」


 体力的な問題ではなさそうだ。という事は病気系か?


「レイア、キュアをかけてみる。念の為、ハイヒールとダークヒールもかけてみる」


 私は考え付くすべてを試そうと、レイアに魔法をかけた。少しやわらいだようだが、レイアの様子が劇的げきてきに変わる事はなかった。何か方法はないかと考えるより、医者に頼るのが得策と私は思った。


「レイア、魔界には病院という場所はあるのか?」


「病院?」


「けがをしたり病気になったりした者がなおしてもらう場所だけど」


「ああ、あるのはあるぞ。魔療院まりょういんじゃな。わらわも行くことはあるぞ。診断だけの事がほとんどじゃが」


 なるほど。回復魔法があれば難病とかも治りそうだしな。とりあえずあるならてもらうにしたことは無い。


「レイア、その魔療院まりょういんてもらおう。何かわかるかもしれない」


「そうじゃな。わらわもそうしたい」


「よし、準備して行こう」


 私は手早く準備を済ませ、レイアと共に魔療院まりょういんへ向かう事にする。


「レイア、魔療院まりょういんの場所はわかるか?」


「ああ、地図を出す」


 レイアはモニターを出現させ、魔王城からの魔療院まりょういんの場所がしるされた地図を出してくれる。縮尺しゅくしゃくを下げて周辺が広がると、いくつか点が出てくる。


「ここじゃな」


 レイアはいくつかある中の赤い点を指さす。


「わらわが利用している行きつけの魔療院まりょういんじゃ」


「よし、そこへ行こう」


 私は座標ざひょうを確認し、魔法を唱える。


「グレーター・テレポート」


 次の瞬間、私とレイアは魔療院まりょういんの入口の前に移動した。やはり魔法は便利すぎる。


「ここじゃ。もう診察しているようじゃな」


 前の世界での中型の大きさくらいの病院に似ている。建物は六階建ての草色のレンガづくりの壁で、どうやら入院部屋もありそうだ。私は大きな入口の扉を開ける。


「そこそこ魔物がいるな」


 扉を開けると、患者かんじゃとみられる魔物や、従業員の魔物が見受けられる。多くの長ロウソクのあかりが室内をらして比較的明るく、患者かんじゃが長ソファーに座っている。


 私とレイアは受付と思われる窓口へ進み、窓口のゴブリンをおぼしき女性に声をかける。


「いらっしゃいませ。あ、魔王様!!」


 受付のゴブリンじょうがレイアに気づく。まあ気づくよな。王様がいきなり来るようなものだし。予約も入れず来てしまったから仕方ない。


「その魔王様をて頂きたいのですが」


 私はゴブリンじょうに話しかける。彼女はすぐに対応してくれる。


「かしこまりました。直ちに診察するよう連絡いたします。魔王様の担当医師は本日勤務きんむしておりますので、しばらくお待ちくださいませ」


 ゴブリン嬢はそう案内すると、手際てぎわよく仕事している。レイアの主治医しゅじいに連絡しているようだ。


「魔王様、こちらの水晶に手を当ててください」


「わかった」


 レイアは言われた通り青い水晶に手を当てる。どうやら身体の様子を読み取っているようだ。魔界でもそうだが、この世界は、たまに前の世界よりすごい技術がシステム化されているような気がする。魔法の恩恵なのだろうか。


「ありがとうございます。準備がととのい次第、お呼びいたします」


 私はレイアの方を見て話しかける。


「そうじゃな、この様子だとそう時間はかからないじゃろう。待つとしよう」


 まだ少ししんどそうなレイアを先導し、私はいている患者かんじゃ用ソファーを確保して座らせる。


「ありがとうタクト。そなたも座ってくれ」


 レイアはとなりのシートをすすめてくれる。遠慮えんりょなく座らせてもらう。座って三十秒ほどして、レイアが呼ばれる。やはり早かった。


 指定された診察室の扉をノックすると、入るよう呼ばれる。扉を開けると、部屋にはダークエルフとおぼしき中年の医師が席に座っており、サキュバスの看護師がとなりに立っている。


 部屋は草色のレンガづくりの壁だが、ベッドと机、医療器具以外は綺麗きれいだ。


「どうぞ中へ。 付きいのかたは申し訳ありませんが、廊下ろうかの席でお待ちください」


 サキュバスの看護師かんごしに言われ、レイアは診察室の中へ、私は外で待つことにする。扉が閉められ、私は廊下ろうかにあるソファーに座り、レイアの原因が大したことでない事を祈っていた。


 しばらくして、診察室の扉が開き、看護師かんごしが出てくる。


「付きいのかた、診察が終わりましたので、中にお入りください」


 私は案内を受け、診察室に通される。レイアがちょうどドレスを着終えたところで、患者用の椅子いすに座ろうとしていた。


 ダークエルフの医師は自分の机の椅子いすに座っている。医師が私を見て話し始める。


「タクトさんですね。私は診察医のエルミールと申します。このたびは魔王様とのご結婚、おめでとうございます」


「あ、ありがとうございます。はじめまして、タクト=ヒビヤです。早速さっそくですが、レイアはどういった症状しょうじょうなのでしょうか?」


 挨拶あいさつもそこそこに、私はレイアの状態が気になってエルミール先生にたずねる。


「ご心配な気持ち、さっします。これからお話ししますので、おかけください」


 エルミール先生のすすめにしたがい、私は椅子いすに座る。


「魔王様に問診し、身体の状態をさせていただきました。その結果、魔王様の症状しょうじょうが分かりました」


 私は少し身構え、エルミール先生の言葉を待つ。


「おめでとうございます。 魔王様はお子様を身ごもっております」


 えっ!? 頭が真っ白になる。


「えええええっ!!!!!」


 エルミール先生の診断に驚きがれてしまう! レイアに子供!? 誰の?


「な、何をおっしゃってるんですか!?」


 私の問いに、レイアが流し目で答える。


「わらわとそなたの子ができたと言っておるのじゃ。何を驚くことがあろうか?」


「まだ貴方あなたとの事は断定できていませんが、間違いないでしょう」


 エルミール先生がレイアを補足して説明する。私の子だと?


「それが本当だとしても、早すぎやしませんか?」


 私は率直そっちょくな質問を投げかけていた。わかるのって三~四か月かかるはずだ。なぜ今なのだ?


「平均的な魔族の妊娠にんしん時期は人間より早いです。ですが、魔王様の場合は確かに早いかもしれませんね。くわしい事は私にもわかりません」


 エルミール先生の診断にレイアが答える。


「わらわは遅いと思っておった。もしかしたら子供ができぬ身体になってしまったのかと、不安じゃった」


 レイアの言葉にエルミール先生が驚く。


「そうなのですか。レイア様のお母様も、それほど早かったとは記録にございませんでしたね。歴代の魔王様の記録でも、確か無かったと思いますよ」


「わらわの場合はほかの魔物を産み出したりしておるからのう。その感覚があるのかもしれぬ」


 もはや人外の領域りょういき過ぎて、付いていけていない。理解しようとすること自体無駄むだなのかもしれない。私はもう一つの質問をすることにする。


「それで、生まれるのは大体いつ頃なんでしょうか?」


 エルミール先生は私を見て答えてくれる。


「そうですねぇ。今の様子ですと、大体一か月後くらいでしょうか」


「えええええええっ!!!!!!」


 早すぎる!!! どんな早くても十か月後とかではないのか!? まったく、魔族とは人間の物差しではかれない異様いようなものなのだな。


「取り乱してすみません。いくらなんでも早すぎませんか?」


「そうですね。ですが、中のお子様の様子からして、そのくらいかと。成長がいちじるしいですから」


「わらわはそうは思わんぞ。魔物なら、その日のうちに産み落としておるからの」


 レイアの基準がおかしいだけで、異常だと思う。という事は、懸念けねん事項が出てくる。


「そうなると、レイアが戦争に参加するのはきびしいでしょうか?」


 私の問いにエルミール先生は少し考えて答える。


「そうですね。母子ぼしともに戦争に出て戦うのはよくないかと。後方で指揮をるくらいなら、問題ないでしょうね」


「そうじゃな。わらわもそうするよう努めよう」


「わかりました。ありがとうございます」


 とりあえず浮かんだ疑問は解決した。驚きが嬉しさを上回っていたが、気がゆるんだせいか徐々じょじょに嬉しさがこみ上げてくるのを感じる。


「最後に、治癒ちゆ魔法をかけておきます。あとは経過を見つつ、できるだけ安静をたもってください」


 エルミール先生がレイアに専用の特殊な治癒ちゆ魔法をかけてくれる。その後、私とレイアはエルミール先生に挨拶あいさつし、診察室をあとにする。


 帰りの受付をませ、魔療院まりょういんから出ると、私はグレーター・テレポートを唱えてレイアと共に魔王城に戻った。


 メイド達が私とレイアをむかえ入れ、世話をしてくれる。私はレイアをベッドへ寝かせてもらうよう依頼した。


「じゃあ、ゆっくり休んでほしい。身体、大事にしないとな」


「感謝する、タクト。そなたの子を身ごもれて、わらわはすごく嬉しいぞ」


 レイアの笑顔がまぶしすぎる。が、忘れてはいけない話をする。


「レイア、さっきの戦争の話なんだけど」


「どうした?」


「私は大局たいきょく采配さいはいとかには向いていないんだ。だから、先生が言っていたように、後方での指揮、よろしく頼むよ」


「ああ、その事か。わかった。指揮はまかせよ」


「ありがとう、レイア。レイアが休んでいる間、私はできる事をやっておくよ」


「うむ。あまり無理はするなよ。わらわは少し休ませてもらう」


 レイアはそう言うと、メイド達に連れられ、私室の寝室へと向かう。レイアと別れた私は、私室ではない目的の場所へ向かうつもりだ。

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