第28話 「ふたりの絆」

 私は引き込まれた部屋から出て、レイアの私室へ戻るべく歩き出す。すると、突き当たりに女性が立っているのが見える。どうやらメイドの一人のようだ。


 を進めていると、メイドは私の姿に気づき、お辞儀じぎする。メイドは私に近づき、話しかけてくる。


「タクト様ですね。お待ちしておりました」


 メイドは私を先導し、扉の前で止まりノックする。


「魔王様、タクト様がお戻りになられました」


「通してよいぞ」


 レイアの声が聞こえる。


「かしこまりました。失礼いたします」


 メイドは丁寧ていねいに扉を開け、私を通してくれる。


「どうぞ、お入りくださいませ」


「ありがとう」


 私は誘導ゆうどうを受け、部屋を見て中へ入る。奥にレイアが座っている。


「遅くなってしまった。ごめん、レイア」


「心配したぞ。まあこちらへ来て、座るのじゃ」


「レイア、心配させてまない。ありがとう」


 私はレイアの元へ歩み寄り、向かいの椅子いすに座る。


「して、いかがしたのじゃ?」


 レイアが少し顔をしかめ、私にたずねる。五分でむところが一時間近くかかったのだ。当然の疑問である。


「実は、トイレから戻る途中で、フィナーンにつかまり部屋に閉じ込められたんだ」


 私はこう話を切り出し、フィナーンから因縁いんねんと告白を受け、流れで彼女と関係を持ってしまった事を正直に話した。レイアは私の話を一つ一つじっくり聞いてくれた。


「なるほどのう。そういう事があったのか。遅くなるのは仕方ないかのう」


「成りきとはいえ、レイアを裏切ってしまった。まだ結婚してくれて、日もっていないのに、ほかの女性に手を出してしまった。本当にすまない! どんなばつでも受ける」


 私は頭を下げてから、レイアの目を真っぐ見て謝罪しゃざいする。


 レイアも私の目をらさず、すべて聞いてくれた上で、少し沈黙し、考えているようだ。


「なるほど、‘’裏切る‘’とはそういう事を言っておるのか」


 レイアの口が開いた。


「よいか、タクト。魔界では結婚しようがすまいが、複数の異性と関係を持つなど、いたって普通の事なのじゃ。それは裏切りではない」


「ええええっ!?」


 まさかレイアからと言われるとは思ってもみなかった! 人間の私としては衝撃的事実だ。


「そなたがこれから出会う魔族の男は、何人もの女を囲っている者がざらにおるわ。何なら四天王の男は全員、そうじゃぞ」


「そうなのか!」


「そうじゃ。わらわとフィナーンはいなかっただけじゃ。女も何人もの男がおる者もめずらしくないぞ」


 人間だと権力者や性にだらしのない奴くらいのものだと思っていたからなあ。魔族と我々とは根本的に価値観が違うのかもしれないな。


「じゃあ、レイアは私がした事を聞いてどう思ってるんだ?」


 ここまで言われたらもう聞くしかないだろう。そんな私の問いに、レイアはにっこり微笑ほほえんで続ける。


「タクトはわらわの事を裏切ったと思っておるようじゃが魔族の事情を差し引いても、わらわはそうは思っておらぬ。なぜなら、タクトがわらわを愛してくれている事は、よくわかっておるからのう」


 私はレイアの発言に、返す言葉が見つからない。こんなできた妻、人間にだってそういないだろう。人間じゃないけど。


「タクトはフィナーンと関係を持ったことを話してくれただけで、わらわの事を嫌いになったわけではないのだろう?」


 フィナーンの事で言えた義理じゃないが、それでも。


「ああ、最高に愛してる」


「それが言えるなら、何も心配しておらぬ。それがわらわの気持ちじゃ」


「レイア…… 本当にありがとう」


 私はレイアの寛容かんようさに心打たれ、それ以上の言葉が出なかった。


「それに、タクトはフィナーンの気持ちを受け入れてやったのじゃろ?」


「あ、ああ。最初はレイアを裏切れないと思ってた。だけど、私に真剣に気持ちをぶつけてくれたフィナーンの覚悟かくごに心打たれたんだ。それに、人生で初めて女性から告白を受けて、むげに断れなかった」


「告白を受けて断れなかったとは、どういう事じゃ?」


 私は、一瞬言葉に詰まった。心にさささったままのあの日の事。過去のみっともない自分。笑われて幻滅げんめつされるかもしれない。


 でも、フィナーンとの事を許してくれたレイアには、話す必要があると思う。私は意を決してレイアに打ち明けることにする。


「昔の話だ。私がまだ中学生だった頃、自分が好きになった人に告白してひどいフラれ方をしたんだ。あ、っていうのは、拒絶きょぜつされるって事だ」


「ふむ」


「その時の事が今も心に残っていて、その……人から拒絶きょぜつされることのこわさがずっと忘れられないんだ。だからそうなるのが嫌で、人との距離を取るようになったんだ」


「なるほどのう」


 レイアは私の目を見て、じっくり聞いてくれている。


「それだけが原因ではないけれど、私は前の世界にいた時から今まで、告白されたことが無かったんだ」


「そうなのか。意外じゃのう」


「だから今日、フィナーンから気持ちを伝えられた時、すごく嬉しかった。そして、私を好きになってくれたフィナーンに、昔に私が受けた嫌な気持ちをさせるのは絶対にダメだと思ったんだ。だから好き嫌いじゃなく、受け止めようって思ったんだ」


 私は一旦話を止めて、反応を待つことにした。何を言われても受け入れようと覚悟かくごする。


 するとその後、レイアは一旦私から顔をらして話し始める。


「そうか。タクトは過去に、辛い経験をしたのじゃな。タクトの心の中の思い、よくぞわらわに話してくれた。わらわはそれが嬉しいぞ」


 再びレイアは私の目を見て微笑ほほえんでいる。こんな私の気持ちをんでくれるのか。レイア、人としても最高だぞ!


「それに、フィナーンを思いやる気持ち、よくわかった。前にも話したが、魔族に愛は気にせずともよい。それより、あやつの気持ちを踏みにじらず、よく受け止めてくれたな。わらわからも礼を申す」


「えええっ!!?」


 礼を言われるとは思わなかった。どうなってるんだ魔族って。さっぱりわからん。


「何じゃ? あやつはわらわの大切な腹心じゃぞ。大事な戦争の前に気持ちを切らされる方が大変だったわ。もしそうなってれば、今頃どうするかそなたと考えねばならぬところじゃった」


「そんな…… 本当にそれでいいのか、レイアは」


「くどいな。わらわがよいと言っておるのがすべてじゃ」


「レイアには頭が上がらないよ」


 もはやそう言ってれ笑いする事が私の精一杯せいいっぱいだ。


「そうじゃ、ついでに言っておこう。これからタクトは、様々さまざまな女にみとめられ、フィナーンのように告白を受ける事があるやもしれぬ。その時は、わらわに遠慮えんりょせず受けるがいい」


「えっ!?」


 どういう事だ? 私にそんな魅力があるわけないし、受けろって。何よりレイアに対して失礼じゃないか。


「そしてその者に愉悦ゆえつとそなたの思いやりを与えてやってくれ。わらわは、女など何人連れてこようが構わぬ」


「そんな…… そんなこと言うなよ、レイア。しかってくれた方がまだいい」


 無理だ。こんな美しい妻を前に浮気を肯定こうていされたところで、私にはできない。もともとそんな度胸どきょうもなかったが、そういう次元の話じゃない。


「まあ、そなたは下衆げすな考えで動くやつではないと知っておるからの。今回のように、正直に話してくれさえすれば、それでよいのじゃよ」


 私は謝罪しゃざいした意図いとがズレ出していると思った。気持ちをちゃんと言わねば。


「私は、レイアが好きなんだ。ずっと一緒にいたいんだ」


 レイアは一瞬固まった後、うつむいてばつが悪そうに言ってくる。


「か、かん違いするでないぞ。わらわも、タクトを好いておるのじゃ。これからも共にいてほしいのじゃ」


 おおおおおお!!!! 何とありがたい言葉!!!! それを聞きたかった! でもレイア、魔族だから面白いの間違いなのでは?


 それに、何かれてるみたいで可愛いぞ。まあいい。好意には好意で返さねば男じゃない。


「レイア、ありがとう! 私もレイアをずっと愛してる。これだけはこれからも変わらない」


 私の言葉を聞いたレイアの瞳がかがやほおは少し赤らんだように見えるのは気のせいだろうか。何か可愛い。


「うむ。それが聞ければ十分じゃ。じゃが、フィナーンのやつには一応ばつを与えておくとするかの。そなたと一緒に申し開きせなんだしのう」


「確かに。さそったんだけど、断られてしまったよ」


「そうかそうか。それはけしからんのう」


 レイアは目を閉じ、うなずきながら私に言った。その後、少し間をおいて私に話す。


「よし、この話は終わりじゃ。タクトも今日は疲れたじゃろう。食事をませたら、すぐ寝るとしよう」


「そうだなぁ、色々ありすぎて疲れたよ。そうさせてもらうよ」


 レイアはメイドに食事を運ぶよう伝え、この後二人で食事を共にした。こうして、長い一日が終わりを告げたのである。

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