第6話 「大恩人エレノーラ様」

 グレッグと別れた私は、テレポートで聖女エレノーラ様の住まい、カルシミール大聖堂へと移動する。


 王国の中心部からやや東側に位置する大聖堂は、民衆から愛され訪れる人が後を絶たない。


 今日は国の休息日のため、人影は少ない。


 私は門番に掛け合い待機する。門番はほどなくして私を通してくれ、建物の扉まで歩くと、エレノーラ様が出迎えてくださった。


「師匠、先ほどはありがとうございました。国王陛下への謁見えっけんが終わったので会いに来ました」


「よく来てくれましたね。待っていましたよ。さあ、おはいりになって」


 エレノーラ様は聖女の笑顔で出迎えてくださる。ありがたや。私はこの世界に召喚されて以来、ずっとエレノーラ様に色々手取り足取り教えて頂き、長い時間接してきた。


 それでも、エレノーラ様のこの笑顔だけは永遠に飽きないだろう。私がそう妄想してデレデレしていると、エレノーラ様がクスクス笑われている。だが、そんなエレノーラ様も可愛らしいのだ。


 私は少し広々とした個室に通され、席に着いた。エレノーラ様付きのメイドがすぐに近づいてきて、手際よく紅茶を出してくれる。


「ありがとうございます」


 私が礼をすると、メイドは私に微笑ほほえんで一礼し、後ろに下がっていく。

 

「どうぞ。ちょうど新しいお菓子もありますので、召し上がってくださいな」


 エレノーラ様がすすめてくださる。

 

「では、いただきます」


 私はお菓子と紅茶を頂くことにした。奥にも部屋があるが、数名のメイドがせわしなく動いている。廊下を歩いていた際も、数名のメイドとすれ違っている。


「何かあわただしそうですね」


「ええ。実は、陛下から突然、私の解任の通達がありまして、今は引っ越しの準備に忙しいのですよ」


「え? 師匠が解任?」


 思ってもみない事で私は驚きを隠せなかった。


「一体何があったのです?」


「さあ、私にもわかりませんの。貴方達が魔王討伐を果たして、陛下のご様子が変わったとしか」


「そうなんですか。実は、私もその事でエレノーラ様にお話ししようかと思い来ました」


「まあ、そうでしたか。お聞きしましょうか」


「はい、実は……」


 私はグレッグに話した時と同様、陛下から言い渡された事実のみをエレノーラ様にお話しした。

 

「まあ!それはひどい話ですわね。魔王討伐は誰もが果たせなかった事ですのに」


「ええ。師匠に調査して頂いた通りになりました」


「ですね。まさかここまでとは……」


「師匠にも被害が及んでしまい、申し訳ない限りです」


「気になさらないで。私は貴方の味方です」


「ありがとうございます。でも、まさか師匠まで解任なさるとは。もっとひどい事を考えているのかもしれないな」


 私は焦りすら感じてしまっている。嫌な予感しかしない。もっと行動を早める必要があるのかもしれない。

 

「師匠、折り入ってお願いがあるのですが」


「何でしょう? 私にできる事でしたら」


「イグノール達を助けてあげてほしいのです。彼らは今回の功労者です。また陛下が何をしでかすかわからない。ですから、一緒にいてあげてほしいのです」


「わかりました。イグノール様の事は任せてください」


「よろしくお願いします」


 エレノーラ様は頷き、真っぐな目で私を見て話される。

 

「それにしても、私の召喚した方が、ここまで立派になるとはね。私も召喚冥利みょうりに尽きますわね」


 エレノーラ様がにっこり微笑まれる。


「あの日、召喚してやってきた貴方は、ひどく驚き、取り乱しておりました。まあ無理もありません。突然訳も分からずこの世界に飛ばされたのですから」


「ええ。全く」


「それでも貴方は、それ以上腐ることもなく、私達の説明を熱心に聞き、理解を示してくださいました。私は今でもすごい事だと感心しております」


「それは師匠が懸命けんめいに私に慈愛じあいをくださったからですよ」


「まあ、お上手ですこと」


 エレノーラ様がクスクス笑いだす。

 

「私は確かに様々な事を教えましたが、貴方は私が思う以上に吸収し、期待以上に応えました。今の貴方があるのは、その勤勉さと実直じっちょくさです」


「この世界に慣れるのに必死でしたからね…… それと、私のいた世界にあまり未練がなかったこともあるかもしれません」


「そうなんですの?」


「ええ。最初は正直戸惑いもありましたが、向こうでやり残したこともなかったし、どうしても一緒にいたい人もいなかった。それが大きいかもしれません」


「貴方ほどの方なら、言い寄ってくる女性もあまたいたでしょうに」


「いいえ。私は元の世界では大した人間ではありませんでしたよ。私がもしそう思われているとしたら、それは師匠の功績です」


「まあ、お上手ね。何も出ませんわよ」


「師匠が弱くて何のとりえもない私を強くしてくださった。私にとって師匠はかけがえのない太陽のような存在です。本当に心から感謝しています」


 エレノーラ様は顔を赤く染めてうつむき加減である。

 

「そんな、お恥ずかしいですわ。まあ、放っておけないというところもございましたが」


 しばし沈黙の時が流れる。私は再び紅茶をすすり、お菓子をしょくした。


 思えば、学習能力も、異常なまでに習得した魔法にしても、この世界に召喚されなければ身につかなかったであろう。エレノーラ様には本当に感謝しかない。


「師匠、よろしいでしょうか」


「何でしょう?」


 伝えるかどうか悩んでいたが、決心がついた。私はエレノーラ様に打ち明ける事にした。その前に、メイド達を人払いし、二人きりにしてもらう。


「実は、私は魔王を殺さず、この指輪に封印したのです」


「え? どういう事ですの?」


「陛下には討伐という事で角を持参しました。ですが、実際には殺してはいないのです」


「それは一体なぜですの?」


「はい。殺さなかった理由は二つあります。一つは陛下が今回の追放を言い渡した際の保険です。魔王を殺すと他国との国力のバランスが崩れることになります。ですので、イグノール達にさきんじて封印したのです。これは見事に予想通りになりました」


「なるほど。確かに魔族との戦闘で経済が回っている事もありますしね。それで、もう一つというのは?」


「はい。もう一つが私の本当の目的です。それは、私は魔王に恋してしまいました」


「ええええっ!!!」


 エレノーラ様が驚くのも無理はない。エレノーラ様でなくても驚くだろう。


「魔王は女でしたの?」


「そうです。それも、ものすごく可愛くて美しい女性でした」


「それは驚きですわね。私も知りませんでした」


「もちろん、それまでに遭遇した魔物の中にも女性タイプの存在はたくさんいました。ですが、魔王は別格で断トツに美しかったのです」


「貴方がそこまで言うのだから、相当なのですね。今まで貴方がそんな話を私にしてくることなどありませんでしたから」


「イグノール達も普通に魔王と戦っていたので、他の者から見れば、魔王に対してそこまでの魅力を感じていなかったのかもしれません。討伐した後も、皆、私の行動やこの話にも驚いていましたし」


「魅了のたぐいでもないのですね」


「はい。状態異常無効のバフはかけてましたし、魔法は効いていたと思ってます」


「ということは、貴方にだけ有効だった可能性があるのですね?」


「それは何とも言えないです。もしかすると他の男性も美女と思うかもしれません」


「魔王は危険な存在ですからね。そのせいで倒せないとなると、大問題ですものね」


「確かに」


「それで、貴方はどうするおつもりですか?」


「はい。魔王城に戻って、魔王を復活させようと思います」


 エレノーラ様の表情が曇る。


「貴方、何を言っているのか、わかっているのですか?」


「人間にとってまずい事は承知しょうちしています」


「それだけではありませんが。それでもやると?」


「私はもう一度魔王と話がしてみたい。本当に悪い存在なのか、確かめたい」


 私の発言に、エレノーラ様はしばし沈黙して考え込む。


「聖女の立場としては、貴方の行いには反対です。ですが、貴方がどうしてもやりたいというのであれば、引き止めはしません」


「師匠……」


 エレノーラ様はインベントリから一冊の本を取り出す。


「これを持っていきなさい。餞別せんべつです」


 私は出された本を手に取ってみる。

 

「これは、聖魔導書ですか」


「最上位の聖魔法が書かれています。もし、魔王が邪悪な存在なら、その魔法を使って完全に浄化しなさい。これは命令ですわ」


 エレノーラ様からいまだかつて無い程の圧を感じている。ここは大人しく同意しておくことにする。


「わ、わかりました」


「貴方にしてはなかなか面白い話を聞かせてもらいました。ですが、決して油断せぬように。これは貴方の師匠としての忠告です」


「か、かしこまりました」


 エレノーラ様は残っている紅茶を一気に飲み干す。


「私も今は何かと忙しいので、このくらいにしておきましょう。今すぐ魔王城に行って復活させなさい」


「え? 先ほどまで言っていた事と違うような……」


「口答えは許しませんわ。さっさと行っておやりなさい」


 エレノーラ様の圧が物凄ものすごいのですが。一体どうしたのかなぁ。


「わ、わかりました。師匠、一つお願いが」


「何ですの?」


「この後、イグノールに話を聞けなくなってすまないと伝えてもらえますか?」


「わかりました。伝えておきます」


「感謝します。では、行ってきます」


「吉報をお待ちしておりますね」


 私は魔導書をインベントリにしまうと、一礼してそそくさと部屋を後にした。何か気にさわったことでもあったのだろうか。いや、今は考えても仕方がない。

エレノーラ様のお怒りが頂点に達する前に退散する事だけを考える。


 しかしながら、この事が後に私とエレノーラ様にとんでもない事態を引き起こすことになるなど、今の時点では知るよしも無い。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る